2016年01月02日

年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して(2/5)

(2)昨年の研究会活動の総括

 本稿は、昨年1年間の京都弁証法認識論研究会の歩みを振り返り、今年1年間、どのような課題に取り組んでいくのかを明確にしようとするものです。前回は、その前提としての世界や日本の情勢を見てきました。一言で言えば、アメリカの覇権国家としての地位が衰退する中で、既存の秩序に挑戦しようとする動きが激化してきているのであり、それに対して、欧米諸国は対決姿勢を示しているのであり、その背後には新自由主義政策による格差の拡大があるということでした。こうした中で日本はどのような歩みを進めるべきなのかが大きく問われているのであり、このような歴史的岐路に立たされた日本に対して、道標としての学問を構築することこそが我が研究会の使命なのだということを説きました。今回は、その目標に向けて、この1年間どのような研鑽を行ってきたのかの総括を行いたいと思います。

 我々は昨年はじめの小論「年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く」において、昨年1年間の課題について、以下のように定めていました。

 まず研究会全体の課題としては、ヘーゲル『哲学史』を俎上に載せ、集団的な討論を通じて、古代ギリシャ哲学のアリストテレスまでの部分を読み進めていくことを挙げていました。国家的生活の発展過程と哲学の発展過程とはあくまでも一体のものとして理解されなければならないことを念頭におきつつ、一昨年のシュヴェーグラー『西洋哲学史』で学んだ哲学の歴史の一般的な流れに上書きする形で、その過程的構造を明らかにしていくことを課題としていました。

 次に各メンバーの専門分野(経済学、教育学、認識学(心理学)、言語学)の課題としては、アダム・スミス、デューイ、フロイト、時枝誠記など、個別科学史上の偉大な人物の著作を検討することを通じて、哲学史の流れとの関係も意識しながら、個別科学史の構造的な把握を深めていくことを挙げていました。

 では、これらの課題に取り組む中で、我々はどのような成果を挙げることができたのでしょうか。個々の専門分野における成果に関わっては、これまでにブログに掲載した小論を参照していただくとして、ここでは研究会全体としての成果をまとめておきたいと思います。

 まずヘーゲル『哲学史』の学びに関わっては、ギリシア哲学第1期(タレスからアリストテレスまで)の流れについて、ヘーゲル哲学の観点(全世界は絶対精神の自己運動であるという観点)から捉え返すことができたという点が大きな成果だと言えるでしょう。もう少し具体的に言えば、「ヘーゲルは学問の世界と実体の世界とを二つ描いて、両方の図式の対がいわば重なり合うレベルで一致した時に、本当の学問の成立であるとしたのだ」(南郷継正『武道哲学講義(第一巻)』現代社、p.98)という吉本隆明さんの把握に基づいて、ヘーゲルがギリシア哲学第1期をどのように捉えているかについて理解を深めることができたということです。

 ギリシア哲学第1期には、世界(の原理)とは何かが大きく問われたのでした。これに対して、「水」(タレス)などとする感性的な把握から、「数」(ピタゴラス派)という過渡的な段階を経て、不動の「一」(エレア派)という抽象的な把握にまで至ります。エレア派は、存在(有)のみが存在する(有る)のであって、非存在(無)など存在しない(無である)としました。「実体の世界」と「学問の世界」という2つの世界の対立の図式を描いていたものの、変化してやまない「実体の世界」なるものは偽である(存在しない)と主張したのです。それに対して、ヘラクレイトスは変化してやまない「実体の世界」の存在を認め、変化そのものが真であり、存在(有)と非存在(無)の統一としての変化こそが真なのではないかと主張しました。これを受けて、全世界を運動・変化させているものこそが原理ではないかという問いかけが生まれ、そのような存在としてヌース(アナクサゴラス)が打ち出されるようになったのでした。

 このヌースは「実体の世界」とは区別されたところに存在するものだとされましたが、その中身は何もありませんでした。そこで、ヌース(思想)が世界に能動的に問いかけて、具体的な内容を自分のものとしていくことが新たな課題として浮上してくることになりました。この課題に取り組んだソフィストは、自分の主観を尺度として全世界を評価していきました。それに対してソクラテスは、理性的な人間こそが尺度だとして、そのような人間が志向する普遍的な内容として真・善・美を打ち出しました。

 ソクラテスの打ち出した真・善・美を核として、「実体の世界」に対立する「学問の世界」といえるほどのものを築いたのがプラトンです。プラトンは「実体の世界」の諸々の事物の範型としての理念(イデア)が存在する世界というものを設定し、唯一絶対的な存在である神による世界の創造を説くようになりました。しかし、現実の事物と理念とを画然と区別してしまったのでした。それに対して、アリストテレスは、両者が重なり合って発展していくものであると捉え返して、具体的で活動する理念を打ち出したのでした。そのことにより、個々の具体的な事物をそれなりに概念的に把握して「実体の世界」全体を網羅した学問の体系をそれなりに創り出したのです。しかし、ひとつの絶対的な概念で全体を一本の筋にまとめ上げることはできなかったため、これが第2期の課題として浮上してくることになったということでした。

 このように、ギリシア哲学第1期の流れを把握することが非常に大きな成果であったと言えるでしょう。 

 また、昨年の年頭言では掲げていませんでしたが、夏目漱石の文学作品を読み進め、そこから漱石自身の認識の発展を読みとることができたことも成果として挙げられます。そもそもこれは、漱石が描く小説中の諸人物の心に着目すると同時に、それらを書いている漱石自身の心〔認識の発展〕にも着目していく、という二重の観点から、認識論の学びを深めていくためのものでした。小説中の登場人物の心についての検討は、これまでに掲載した小論「夏目漱石を読む」を読んでいただくとして、ここでは、夏目漱石の認識の発展を振り返っておきたいと思います。

 漱石の初期の作品を見てみると、種々の問題が比較的簡単に解決されている様子が窺えます。例えば、『虞美人草』では、傲慢で虚栄心の強い美女・藤尾にひかれていた小野さんが、宗近君の説得によって、結婚の約束があった小夜子との関係を取り戻すに至ります。また、哲学者の甲野さん(漱石自身を表した人物とされます)は、作中で様々に繰り広げられる出来事を高い視点から俯瞰的に眺める実力者として描かれています。

 ところが、後期の作品になると、それが大きく変化します。例えば、『こころ』においては、先生とKとお嬢さんの三角関係がKの自殺という(決して問題が解決されたとは言えない)形で幕を閉じています。そして、先生自身(この先生が漱石を表した人物とされます)も苦悩のあまり最終的には自殺するに至ります。

 つまり、漱石は当初は種々の問題は自らの力をもってすれば簡単に解決できるものだと考えていたものの、徐々にその問題の困難さとともに、自らの実力不足を痛感するに至ったということです。そうした中で、改めて自分自身を見つめ直した作品が自叙伝とも言える『道草』であり、そこで獲得したより高い視点でもって問題が解決される過程を描いていったのが『明暗』だということでした(もっとも『明暗』は未完の作品となります)。

 この一連の流れは、素朴に問題を片付けられると考えていた段階から、そう簡単ではないという段階を経て、それでも片付けることができるのだという確信の段階に至るという否定の否定の過程だと言えます。このように漱石の作品をとおして、漱石自身の認識の発展を弁証法の論理でもって読みとることができたのが、大きな成果だったと言えるでしょう。

 以上、1年間の研究会の活動についての総括を行ってきました。ヘーゲル『哲学史』を題材として、古代ギリシア哲学の第1期の流れを把握するとともに、夏目漱石の文学作品をとおして、漱石自身の認識の発展を辿ることができたということでした。一言で言えば、認識の発展(人類の学問的な認識の発展、個としての人間の認識の発展)を論理的に捉えることができた1年間だったと言えるでしょう。
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 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
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 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
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 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
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 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
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 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
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 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言