2015年09月29日

学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想(1/5)

目次

(1)頭脳を学問化可能なものとしていくための実践とは
(2)唯物論を自らの頭脳の内に創り出していく
(3)原点に遡ってそこから考える
(4)古代ギリシャの社会的認識の流れを辿る
(5)唯物論を把持しつつ学問の原点から辿り返す

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(1)頭脳を学問化可能なものとしていくための実践とは

 『南郷継正 武道哲学 著作・講義全集 第11巻』で予告されていた悠季真理(ゆうき・まこと)先生の待望の哲学書が8月に発刊になった。タイトルは『哲学・論理学研究(第一巻)』であり,副題に「学的論文確立の過程的構造」とある。

 本書は,『学城』所収の論文が基になっているが,大きく加筆・修正されている。それも,一貫した主題のもとに再構成されているため,通して読んでみると,『学城』で読んだ時とは,全く違った印象を受ける。その一貫した主題とは,ズバリ,「学問上達論」である。ここに関して,「まえがき」の冒頭で次のように説かれている。

「本書は,学問としての哲学の構築を志して以来,二十余年に亘る日本弁証法論理学研究会での筆者の研鑽の歩みを振り返って総括し,学問構築のための基礎づくりとはどうあるべきかを説いた書である。端的には,学問を志す初学者用の,学問上達論[基礎編]と言ってもよいと思われるものに仕立ててある。」(p.3)


 すなわち,本書は,悠季先生の研鑽の過程を総括し,学問構築のための基礎づくりとはどうあるべきかという学問上達論を説いたものである,ということである。「学問上達論」という言葉は,聞いただけでわくわくするような響きがある。武道やスポーツ,それに楽器などと同様に,「学問」も上達可能なものであり,むしろ,偶然に左右されるような「素質」に頼るのではなく,正しく必然性のある上達プロセスを辿ことによってこそ,学問ができるようになっていくのである,ということが,この「学問上達論」という言葉からは伺える。

 また「まえがき」の続く箇所では,「本来の哲学研究とは,全学問分野を対象としつつ,それらを統括するべく,まさに自分自身の頭脳を哲学ができる頭脳として創出していけるような研鑽を積んでいくことである」とした上で,「本書は,……自らの頭脳を学問化可能なものとしていくための実践とはどういうものかを説いてくことになろう」(p.4)と説かれている。われわれの頭脳は,自然成長性に任せていれば学問化が不可能なのであるが,それを可能とするための目的意識的な実践方法が説かれていく,ということであろう。

 このような学問上達論の観点から,これまでの『学城』掲載論文が再編集されているのである。これまでの悠季先生の論文とは,『学城』第一号から連載されていた「古代ギリシャの学問とは何か」や「古代ギリシャ哲学,その学び方への招待」,それに,『学城』第十号から掲載されている「哲学・論理学研究余滴」のことである。前二者は,古代ギリシャ哲学史に関する論文であり,最後のものは研究ノート的なものであると,簡単に考えていた。ところが,それは全くの誤解だったのである。これらは全て,「学問上達論」を説いていたのであり,本書によってそのことが明確な形で浮き彫りにされているといえよう。

 本書は大きく二部構成となっている。「第一編は『学的世界観から成る哲学の構築を目指して』として,ここでは学問を志す上での重要事に関する論考を収めてある」(p.6)とのことであり,「また第二編は,『古代ギリシャ哲学,その学び方への招待』として,第一編をよりよく理解するための学び編となっている」と説かれている。通読してみると,第一編は,悠季先生の大いなる志や指導者としての責任感がひしひしと伝わってくるところもあり,感動的ですらある。弟子たちの学問的な実力を何としてでもつけてやりたいという責任感が強烈に感じられる。この責任感の背景には,「日本弁証法論理学研究会が学問を構築していかなければ,世界の学問が100年は停滞してしまう!」との危機感があるものと思われる。われわれも同じ危機感を共有して,ただ単に「悠季真理先生はすごい!」などと感心して終わるのではなく,むしろ悠季先生をわれわれのライバルとして設定し,「負けてなるものか!」という意気込みをもって互いに叱咤しながら,各自専門家としての責任感をしっかり果たしていかなければならないと痛感させられた。

 第二編は,古代ギリシャの哲学の生成・発展の歴史が,当時の社会的状況との統一で見事に解明されている。本第一巻で論じられているのはソクラテスまでであるが,これはちょうど,われわれ京都弁証法認識論研究会がヘーゲル『哲学史』の古代ギリシャの部分を読み進めている時期であるだけに,われわれに対する大いなるプレゼントであると受け止めた次第である。

 さて本稿では,以上のような内実を持つ『哲学・論理学研究(1)』を主体的に,われわれの実践に引きつけて読み込んでいきながら,本書の主題である学問上達論をしっかり理解することを目的として執筆していきたい。「まえがき」にあったように,「自らの頭脳を学問化可能なものとしていくための実践とはどういうものか」という問題意識をもって,この問題意識で問いかけながら学んだ内容をしっかりと自分のものとしていきたいと考えている。

 そこでまず,学問構築の前提とされる「学的世界観」とは何なのかということを考察したい。次に,原点から考えていくということについて,本書で説かれていることをしっかりと押さえ,われわれの実践にどう活かしていくのかを考えたい。最後に,現在われわれがヘーゲル『哲学史』の古代ギリシャの部分を読み進めていることを踏まえて,本書で説かれている古代ギリシャ哲学の発展の歴史を自分なりにまとめておきたいと思う。

 では最後に,本書の目次を掲載しておく。『学城』の熱心な読者であれば,ざっと見渡しただけで,『学城』論文では明らかに説かれていなかった内容が含まれていることが分かっていただけるはずである。



哲学・論理学研究 (第1巻)

■第1編 学的世界観から成る哲学の構築を目指して

第1章 学的世界観について

 第1節  学的世界観としての 「唯物論を自ら創り出せる」 とはいかなることか
 第2節  物の実体と機能との区別をつけることの大事性
 第3節  学的世界観から説く世界歴史とは
 第4節  アリストテレスは学的世界観をふまえてどのように説くべきか
 第5節  金属とは何かを分かるためには,地球の歴史を知らなければならない
 第6節  研究会で説かれる学的世界観とは

第2章 学問体系を創っていくとは

 第1節  体系とは何か,ヘーゲルの System との学的論理の違いについて考える
 第2節  シェリング,ヘーゲルについて思うこと
 第3節  概論化への労苦ということの意味・意義を考える
 第4節  『新・頭脳の科学』 について,現代の哲学の停滞について
 第5節  学問化とは事実の像から論理の像への発展である
       ――事実の像と論理の像の相違

第3章 学の体系化への出発点に立つために ――古代ギリシャ考

 第1節  滅ぼし合う対立物の統一とは,「過程の体系性」 の統一である
 第2節  学的レベルで思弁するとはどういうことか
 第3節  究明の方法そのものを問うていくアリストテレス
       ――問いかけ的認識の深まり
 第4節  「形而上学」 のそもそもの語源について
 第5節  『形而上学』 Α巻を読み直しての気づき
 第6節  時代性をふまえてアリストテレスを位置づける
 第7節  古代ギリシャでは自然の究明が主であったということの意義を説く
 第8節  アリストテレスの説く 「自然」 とヘーゲルの説く 「自然」 について
 第9節  アリストテレスのウーシアを実体と解することの誤謬

■第2編 古代ギリシャ哲学,その学び方への招待 〔前編〕

第1章 古代ギリシャのフィロソフィアとは

 第1節  日本語での 「哲学」 の意味と元の原語の意味
 第2節  これまでギリシャの学問はどのように把握されていたのか
 第3節  古代ギリシャという時代性の理解
       ――スコレー (閑暇) が生まれることによる認識の発展
 第4節  フィロソフィア (知を愛する) とはどういうことか (プラトン対話編より)
 第5節  フィロソフィアへ至る原初的段階 ――ヘラクレイトス

第2章 学問化への原点たるパルメニデス,ゼノンを説く

 第1節  ヘーゲルはパルメニデス,ゼノンをどのように評価しているか
 第2節  パルメニデスの生きた時代と社会について
 第3節  エレアの大政治家パルメニデスとその高弟ゼノン
 第4節  アリストテレスによるパルメニデスの記述
 第5節  パルメニデスの学問的実力とは
 第6節  パルメニデスの実力養成の過程とは (プラトン 『法律』 より)
 第7節  ゼノンのパラドクスの出てくる所以とその意味するもの

第3章 古代ギリシャにおける対話の始まりとその実態

 第1節  ギリシャ哲学を生み出したポリス社会とは
 第2節  古代ギリシャにおける対話とはいかなるものであったか
  (1) ソクラテスとニコマキデスとの対話 (クセノフォン 『回想録』 より)
  (2) ソクラテスとペリクレスの息子との対話 (クセノフォン 『回想録』 より)
  (3) ソクラテスとエウテュフロンとの対話 (プラトン 『エウテュフロン』 より)

第4章 ソクラテスの対話から視てとれる,ソクラテスの認識のレベルとは

 第1節  従来の哲学界でのソクラテスの評価
 第2節  ソクラテスまでの時代とソクラテスの生涯
  (1) ディモクラティア (いわゆる民主制) とは?
  (2) 民の統治の術としての弁論の発達
  (3) ソクラテスの生涯
 第3節  ソクラテスの対話の実態
  (1) ソフィスト批判
  (2) 物事の共通性に着目できるようになる過程とは
  (3) 論理もどき (?) 像形成への過程

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 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
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 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
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 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
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 ・道徳思想の歴史を概観する
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 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
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 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史