2015年09月04日

デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして(13/13)

(13)指導者の見解に自分の力で判断を下せる国民の育成が求められる

 ここまで『民主主義と教育』をとおして、デューイの教育論を概観するとともに、その歴史的な意義を明らかにしてきました。では、このようなデューイの教育論から、現代の日本に対してどんな主張を読み取ることができるのでしょうか。最後にこの点を明らかにするとともに、デューイ教育論の限界とそれを受けての私自身の課題を確認して終えたいと思います。

 デューイは、民主主義の社会とは指導者と国民の相互浸透が根幹をなすものだと考えていました。指導者の意志と国民の意志がしっかりと調和している状態、これこそが民主主義の理想だと考えていたのです。

 現在の様々な民主的とされる制度は、それを実現するための手段として存在しているのだと考えられます。議会制民主主義もその1つです。政治家(さらには指導者)を国民が選ぶということは、国民の意志の反映にほかなりませんし、選ばれた政治家によって議論がなされるということは、指導者と直接に国民との相互浸透が不可能であるために、媒介的に相互浸透を進めているのだということができるでしょう。

 このような観点からすれば、衆議院本会議における安保法制の採決はどのように捉えることができるでしょうか。あくまでも相互浸透を進めることが目的なのであり、長い時間審議をすることはそのための手段にすぎません。その観点からすれば、安倍首相の主張する「116時間の審議」という主張は正当性を欠くものです。「審議した時間が問題ではなく、審議を通して問題点が解明され、国民にも是非についてある程度理解ができたかどうかが問題である」という村山元首相の提言の方が妥当だと言えるでしょう。

 また、国会内では確かに多数を獲得したものの、納得できないという国民が過半数を大きく超えているという現状があります。そもそも国会というのは国民との相互浸透のための媒介的な場でしかなく、本質的には国民との相互浸透がいかに図れるかが問題なのです。その意味で、安倍首相自らがネット番組などに出演をして説明を行ったことは評価されるべきですが、「十分に理解されていない」と自覚しながら採決に至るのは、相互浸透が不十分であることを自覚しながらこれを止めるということであり、民主主義に反する行為だということができるでしょう。

 民主主義の社会は指導者と国民の相互浸透を根本に据えているということを踏まえれば、教師が何をすべきかも見えてきます。それはあくまでもこの相互浸透を促す人間を育てること、つまり主体的な人間を育てることです。具体的に言えば、政治的関心をもち、指導者の見解に対して自分の力で判断を下せる人間を育てることです。これこそが民主主義における教育だということができるでしょう。

 したがって、その教育の過程においては、多様な見解やその根拠となっている諸々の事実を示した上で、判断は子どもに任せること、それぞれの判断を討論によってぶつけ合い、相互浸透の過程を体験させること、このようなあり方が望ましいと考えられます。このような観点からすると、指導者の見解の正当性を子どもたちに教えていくことや、政府の政策は誤っていると確信する教師が自らの見解を絶対に正しいものとしてそのまま子どもに語ろうとすることは適切ではないと言えるでしょう。なぜなら、その見解こそが正しいのだと考えてしまいかねないからです。「教師が言うから正しい」ということにもつながりかねません。これではデューイの言うところの奴隷にすぎなくなってしまいます。

 このようにデューイの教育論は現代の問題へも示唆を与える歴史的な価値のあるものですが、やはりそこには限界も感じられます。端的には、学的体系性が乏しいということです。そのことは目次に最も顕著に現れています。

第1章 生命に必要なものとしての教育
第2章 社会の機能としての教育
第3章 指導としての教育
第4章 成長としての教育
第5章 準備、開発、形式陶冶
第6章 保守および進歩としての教育
第7章 教育に関する民主的な考え
第8章 教育の諸目的
第9章 目的としての自然的発達と社会的に有為な能力
第10章 興味と訓練
第11章 経験と思考
第12章 教育における思考
第13章 教授法の本質
第14章 教材の本質
第15章 教育課程における遊びと仕事
第16章 地理および歴史の意義
第17章 教育課程における科学
第18章 教育的価値
第19章 労働と閑暇
第20章 知的学科と実際的学科
第21章 自然科と社会科:自然主義と人文主義
第22章 個人と世界
第23章 教育の職業的側面
第24章 教育の哲学
第25章 認識の理論
第26章 道徳の理論

 
 この目次を見てまず感じることは、章が多いということです。通常であれば、「部」「章」「節」などの立体的な目次立てになっていますが、ここでは章のみであり、重要な項目を羅列しただけという印象はぬぐえません。しかし、デューイ自らが序において「同学部のキルパトリック教授から批判と、項目の配列に関して示唆を受けて、それを自由に利用させていただいた」と記しています。つまり、このような章立てについては、他の教授からの批判を踏まえて自ら十分に検討をした結果だということです。

 もちろん、大きな流れとしては教育とは何かを踏まえて(7章まで)、教育の目的論(8、9章)、対象論(10、11、12章)、方法論(13〜21章)について論じていると見ることもできます。しかし、そうだとしてもなぜ最後に「教育の哲学」「認識の理論」「道徳の理論」という章が来ているのかが不明です。それ以前にある「経験と思考」などは認識の理論の一部ではないのかなどの疑問が生まれます。

 そもそも学問体系とは、本質論、構造論、現象論という形で成立するものです。人間の体に喩えれば、アタマ(本質論)と胴体(構造論)と手足(現象論)があって、それらがしっかりとつながっているということです。このようにあるべきものがあるべき場所にあり(構造化されており)、それらが本質論によって統括されていてこそ学問体系と呼ぶことができます。

 このような観点からすれば、個々の論のつながりが曖昧なデューイの教育論は学問体系とは言えないでしょう。せいぜい体系化に必要な素材を提示したというところに留まっています。

 恐らくデューイは個々の問題について論じることを重視するあまり、その過程で浮上してきた論理をしっかりとあるべき場所に位置づけていくという作業を怠ってしまったということができるでしょう。あるいはその必要性を感じていなかった(そんなことをしなくても現実の問題は解ける)と考えていたのかもしれません。

 ここが歴史的に遺された仕事であり、これをしっかりと引き継いで教育学の構築を果たすこと、それによってデューイが理想としていた民主主義の社会を実現すること、これが私自身の歴史的な使命だと受け止めています。とりわけ現在は18歳選挙権の実施が迫っており、その中で政治的中立性の問題が大きく浮上してきていると言えます。これは非常に重要な問題であるため、今後も引き続き検討を深めていきたいと思います。
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 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言