2015年08月19日

フロイト『精神分析入門』を読む(上)(3/5)

(3)夢の潜在思想は検閲によって顕在内容となる

 前回は,『精神分析入門』で錯誤行為が扱われている部分を見てきました。錯誤行為というのは,言い違いや読み違い,度忘れなどの,誰もが体験するちょっとした間違いのことですが,これを偶然のせいにせずに,必然的な意味・意図・意向があると考えて,フロイトは二つの意図の衝突によって生じると結論付けたのでした。そして,不快からの心理的逃走こそが,錯誤行為の究極的な動機であると指摘したのです。

 さて今回と次回では,夢について扱っている部分を読み解いていきたいと思います。

 初めに,なぜ夢を扱うのかが説かれています。フロイトによると,夢の研究は神経症研究の最上の準備となるばかりでなく,夢そのものがまさに神経症的な症状であり,しかもすべての健康な人たちに見られる神経症的な症状であるという点で,夢の研究は計り知ることのできない利益をもつとのことです。それなのに,夢に対して学界が軽蔑の目を向けているのは,昔,夢を過大評価したことに対する反動だと説いています。

 また,夢は眠りを妨げる刺激に対する心の反応ではあるが,眠りを妨げる外界からの刺激は夢のごく一部分を説明しうるにとどまり,反応としての夢のすべてを説明することはできないので,そのことが分かって以来,眠りを妨げる内外の刺激を高く評価することをやめてしまったと述べられています。

 次に,夢判断の前提が説かれます。それは,夢は身体的現象ではなく心的な現象であるということ,および,夢を見た人はその夢が何を意味しているのかを知っているが,自分が夢の意味を知っているということを知らないのだということの二つです。そして前者は今後の研究の結果によって証明しようとしている前提であるが,後者は,他の領域では証明済みのものであり,その領域から転用しているだけだとフロイトは説きます。

 この他の領域とは,どのような領域なのでしょうか。それは催眠現象の領域です。フロイトはベルネームという研究者の実験を紹介しています。その実験では,初めの間は,催眠状態中であった過去のことを思い出せないと主張していた男が,促されると,ついにはあますことなく思い出したというのです。ここから,彼が最初から睡眠状態中の出来事を知っていたと結論することができるとフロイトは主張します。彼は自分が知っているということを知らずに,知らないと信じていただけだというのです。これは,夢の意味を知っているのに知らないと信じているだけだということと,論理的には同じことだといえるでしょう。

 夢を見た人がその夢の意味を知っているならば,夢判断の技法は,単純です。すなわち,夢を見た人にどうしてそんな夢を見るようになったのかと尋ね,その場での答えをその説明とみなそうというのが,夢判断の技法であるということになるのです。これが自由連想という技法です。

 この技法に対して,フロイトは反論を予想します。それはまとめると,以下のような反論です。

「夢をみた人がその場ですぐに思いつくことが,まさに求められている説明をもたらしてくれるとか,そこに至る糸口を与えてくれるとか考えるのは恣意的な仮定であって,むしろ思いつきはまったく随意的なものであり,求められている説明とは無関係のものではないのか。」


 これに対してはフロイトは,心の自由と恣意性に対する信念は非科学的であって,心的活動を支配している決定論の要請には屈しなければならない,と再び力強く主張します。そして,自分がみた夢について尋ねられた人が思い浮かべたのは,まさにこのことであって,他のことではないということを一つの事実として尊重していただきたいと願うと説いています。

 この問題は,フロイト自身も重要だと感じたのか,別の観点からも説明していきます。フロイトは自由連想はその人が出発点となる表象をしっかり念頭に置いたうえで行うのだということを強調します。だから,自由な連想による思いつきといっても,心の内部の,意味深い体制によって,いつも厳密に決定されているとフロイトは説くのです。すなわち,数々の思いつきも同じくたった一つの制約,すなわち発端となった一表象による制約を受けていると結論して一向にさしつかえない,ということです。

 フロイトは,錯誤行為の研究を適用して,夢の要素とは,本来的なものではなく,他のある物の代理物であるという見解を提示します。そして,夢判断の技法は,そういう要素についての自由連想によって,別の代理物を浮かび上がらせ,その別の代理物に基づいて,隠れているものを推測できるようにすることを目指すのだと説きます。

 ここでフロイトは,隠されたものを無意識的,夢の要素自体と連想によって新しく獲得された代理表象を意識的と呼ぶことを提案します。そうすると,夢は全体としてある無意識的なものの歪曲された代理物であるからして,夢解釈の課題は,この無意識的なものを発見することにある,ということになります。

 すぐあとで,フロイトは新たな術語を導入します。それは顕在内容と潜在思想という2つの術語です。顕在内容というのは,夢の物語るもの,夢の要素自体のことであり,潜在思想というのは,いろいろと思い浮かぶことを追求して到達できるはずの隠されている無意識的なもののことです。逆からいうと,夢の作業とは,無意識的な潜在思想を歪曲して,ある時は断片や仄めかしによる代理形成を行って,視覚的な映像をつくることにあるわけです。

 続いてフロイトは,回り道をすることによって,夢の本質を明らかにしようとします。その回り道とは,小児の夢の検討です。子どもが見る夢は,夢としては特殊性を持ちながらも,夢の普遍性に貫かれているはずです。したがって,小児の夢を検討すれば,そこではっきりと示されている夢の特徴こそが夢の本質なのではないかという仮説が立てられるわけです。また,そこには示されていない夢の性質は,夢の本質とはいえないということになります。

 はじめに,小児の夢は,夢の歪曲を欠いているために解釈の必要がない,顕在夢と潜在夢は合致していると述べられています。ここから,夢の歪曲は夢の本質ではないのだということが分かります。

 小児の夢は,残念な気持ち,憧れ,満たされなかった願望などをあとに残すような日中の体験に対する反応であり,この願望を,直接にむきだしに満たしてくれるものだとフロイトはいいます。ここから,夢の二つの性質が導かれます。ひとつは,夢は眠りの妨害者ではなく,逆に眠りの守護者であり,眠りの妨害者を取り除く役目を果たすものである,ということです。もう一つは,夢は単純にある思想を表現するのではなくて,幻想的な体験で,願望を満たされたものとして表現する,ということです。錯誤行為との比較でいうと,夢も妨害する意向と妨害される意向との妥協であり,妨害される意向とは,眠ろうとする意向であり,妨害する意向は何が何でも充足を求める願望だとされています。

 たとえば,ということで例を考えてみましょう。遠足に行きたかったのに雨で中止になってしまった子どもは,非常に残念な気持ちを抱えて眠りにつくことになります。そうなると,この残念な気持ち,満たされなかった願望は,眠ろうとする意向を妨害する可能性が出てきます。そこで両者の妥協として,遠足に行って楽しい体験をしているという夢を形成して,その夢が眠りの妨害者を取り除くわけです。

 このように小児の夢の検討を媒介したあと,成人の夢で通常起きる歪曲は何に起因しているのか,どういう役割を果たし,どのようにしてなされるのかが考察されていきます。フロイトは,老婦人が見た「愛の奉仕」という夢について分析します。

 この夢は,愛国的な義務を果たすために,軍人の愛の要求を満足させるべく,わが身を捧げる決心をして陸軍病院に赴いたという内容です。前後の文脈からすればそういう内容であることはまちがいないのですが,肝心の部分が雑音でかき消されたり,抜け落ちたり,抑えつけられたりしているのです。この夢は,ひどく厭わしい破廉恥な性的空想の典型なのですが,肝心の部分は夢の中には全く現れてこないのです。フロイトはこれを,第一次世界大戦当時の政治新聞に施された新聞検閲と同じだと指摘します。すなわち,都合の悪い部分は欠落させられたり,仄めかされるだけであったり,内容諸要素の編成替えがあったりするというのです。

 その際,検閲する側の意向とは,夢を見た人が目覚めている時に承認するような意向であり,検閲が加えられる意向とは,徹頭徹尾非難に値する性質のものであり,倫理的,美的,社会的な見地からして許しがたいものであり,人があえて考えようとはしないもの,あるいは嫌悪の念をもってでなければ考えられないようなものである,と説明されます。

 以上のような議論を通して,フロイトは,夢の歪曲とは,夜眠っている間にわれわれのうちに働く,なにかしら忌まわしい願望に対して,自我に容認されている諸意向によって行われる検閲の結果であるという説を採用するのです。
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 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言