2015年07月30日

事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想(1/5)

目次

(1)専門分野の教育=学習という観点から読み解くと
(2)事実を提示した後にその論理を説く
(3)教科書は論理的なアタマ創りに資するもの
(4)研修医 北条亮先生から学ぶこと
(5)事実をありのままに反映しそこから論理を引き出す

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(1)専門分野の教育=学習という観点から読み解くと

 本稿は,『医学教育 概論(5)』を取り上げて,その感想を認める論考である。

 『医学教育 概論』シリーズは,この第5巻から第三部「臨床医学の学び編」に入っていく。臨床医学教育の問題点に関しては,次のような新聞記事もあった。

「埼玉医大脳神経外科教授藤巻高光氏(3)医学教育担う人材育てよ(医師の目)

 日本の医学教育に変革の嵐が吹き荒れようとしている。2023年から米国の外国人向け医師国家試験の受験資格が変わり,受験生は国際認証を受けた医学部での修学を求められるようになるからだ。

 現在の日本の医学部の実習時間数では国際認証を得るのは難しい。日本の医学部では,4年生までに一般教養や基礎医学と臨床医学を学び,その後の約1年半が病院実習である。一方,米国の医学部は大学院に相当するので年限が4年間で,初年度から臨床医学を学び,病院実習は診療に参加して日本の研修医並みのことを行う。

 このように,日米で教育制度が大きく異なるうえ,卒業時の臨床能力には格段の差がある。米国の教育レベルに合わせるには,時間数も内容も十分ではないのである。

 時間数だけでいえば,臨床研修が義務化された04年以降,日本の医学教育は実質8年になった。6年間の学部卒業後2年間の臨床研修を経て正式に医籍登録されるからだ。この2年を加えれば米国の基準を満たしているが,これは問題の一部にすぎない。教育内容の充実こそ課題なのである。

 日本でも知識偏重への反省から,課題解決型学習や診療参加型の実習が取り入れられるようになったが,まだまだ足りない。

 臨床実習中に医学部生に質問すると,学部で学んだ知識で答えようとする。実習体験を基に考えるよう促すと,ようやく自分の頭で考え始める――。こうした問答を繰り返すことが実践力をつける教育法である。

 ただ,教員にとってこれは片手間でできることでない。医師として身につけるべき医学知識は膨大で,しかも増え続けている。実習中心の教育で修得させるには,多くの症例を与えて関連する知識を最大限に学べるような指導が必要だ。

 ところが,日本の医学部の教員数は欧米の3分の1から20分の1と圧倒的に少ない。この人数で,それぞれが懸命に診療,教育,研究をしているのである。医師の献身的犠牲の上に成り立つ医療は,もはや限界に近づいている。教育内容を充実させるため,教員数が現状のままで実習時間を増やすことが容易でないのは明らかだ。

 変革の嵐をくぐり抜けた先に,日本の医療がさらに輝く展望を持ちたい。それには,ようやく増えてきた医師の卵の能力を伸ばす環境を整えるとともに,臨床,研究,教育の3つとも担える人材を育て確保していく必要がある。」(2014/12/04 日本経済新聞 夕刊 )


 ここでは,米国に比べて医学生の実習時間が少ないこと,臨床研修も含めると日本の医学教育は米国の基準を満たすが,課題解決型学習や診療参加型の実習がまだまだ不足していること,医学部の教員数が欧米に比べて圧倒的に少ないので,人材を確保していく必要があること,が説かれている。

 ここで説かれていることは,現象論としては,それなりに妥当な内容も含むが,やはり肝心の点が抜け落ちている。それは,『医学教育 概論』シリーズの感想でくり返し触れてきたように,現在の医学には科学的医学体系がないということが無視されている点である。したがって,臨床医学教育の改革のためには,科学的医学体系の構築とそれに基づいた医学教育理論の構築こそが急務で必須のことなのである。それなのに,そこを無視して,単に学習方法を変えたり,実習を増やしたり,教員を増やしたりするだけでは,根本的な解決には至らないのである。

 『医学教育 概論(5)』では,臨床医学教育について,その歴史的な経緯を踏まえて問題点が指摘されており,医学教育改革の原点が「統合カリキュラム」にあることや,その統合カリキュラムによって医学教育界の論理性が後退してしまったことが非常に論理的に説かれている。また,最後の2課では,消化性潰瘍を取り上げて,その把握の仕方が「バランス説」から「ピロリ菌感染症説」へと変化していったことや,その変遷がどのような問題をもたらしたかが,具体的に説かれている。研修医になられた北条亮先生のレポートも,いままで以上に冴えわたっている印象である。

 本稿では,このような『医学教育 概論(5)』を取り上げ,とくに専門分野の教育や学習を行っていく際に,どのような点をヒントにするべきか,どのような点を学びとって活かしていくべきか,という観点から,感想を認めていきたい。本書には,ある警察学校の教官が『医学教育 概論』シリーズを学んで「とても役立つ」といっていたというエピソードが紹介されている(p.203)。警察官を育てるのに役立つならば,筆者の専門である心理臨床の専門家を育てるためにも,役立つに違いない。また,教える側からすれば「教育」となるが,教わる側からすれば「学習」である。したがって,本書を専門分野の教育=学習という観点から読み取っていこうとするのが,本稿の狙いである。

 では最後に,いつものように本書の目次を掲載しておく。


医学教育 概論 (5)

第29課 臨床医学教育の現状 (1) ――事実を概観する

 (1) 『医学教育概論』 第三部では臨床医学の学びを説いていく
 (2) 医師の診療能力の向上を主眼とした教育改革の頓挫
 (3) 歴史的経緯をふまえて大学医学部の臨床医学教育の現状を概観する
 (4) 2年間の一般教養の後,4年間の専門教育を行った1940―60年代
 (5) 診療実習を大幅に導入し専門科目を統合・前倒しした1970―90年代
 (6) 医学生の実践的訓練のための諸制度や教育・評価法が整備された
 (7) 教育内容の精選と学生主体の学習への転換を図った2000年代
 (8) 何のために・何を・誰に教えるのかを明確にしなければならない
  研修医の学び ― Der Weg zur Wissenschaft 29 ―

第30課 臨床医学教育の現状 (2) ――問題の所在

 (1) 実質8年と化した医学教育の5年余を占める臨床医学教育
 (2) 医学教育改革によって実力のある医師が育つようになったのか
 (3) 初期臨床研修制度の成果を実感できない研修指導者達
 (4) 改革による臨床実習の形骸化を懸念する実習指導者達
 (5) 大学で学んだ多くのことが現場では役に立たないと感じている研修医
 (6) 医学教育には科学的医学体系と教育理論が必要である
 (7) 学んだ知識を実践に役立つものにする訓練とは
 (8) 臨床実習をどのように積めば医師としての実力がついていくのか
 (9) 試験によって学生の学習を動機づけ・方向づける現代の医学教育
 (10) 主体的な学びの姿勢を欠く現代の医学生
  研修医の学び ― Der Weg zur Wissenschaft 30 ―

第31課 現代の医学教育改革の原点 「統合カリキュラム」 を問う

 (1) 臨床医学教育に求められている三つの指針
 (2) 現代の医学教育改革の原点的指針である 「統合カリキュラム」
 (3) 問題解決能力養成を目的とした臓器や症候別のカリキュラム統合
 (4) ドイツ式カリキュラムから米国式の問題基盤・自己主導型カリキュラムへ
 (5) カリキュラム統合の背景1 ――膨大化した知識による医学教育の破綻
 (6) カリキュラム統合の背景2 ――教育内容のスリム化のための再編の必要性
 (7) 教科書を用いて統合による医学教育の質的変遷を検証する
  研修医の学び ― Der Weg zur Wissenschaft 31 ―

第32課 科学的医学体系なしにはカリキュラムの統合はできない

 (1) 医学教育現場を大きく変えた 「統合カリキュラム」
 (2) 「統合カリキュラム」 では教育内容を整序できなかった
 (3) 部分の学びに終始し人間の全体像に到達しない 「統合カリキュラム」
 (4) 医学教育の致命的欠陥は科学的医学体系の欠落にある
 (5) 科学的医学体系に基づく学びを 「呼吸器疾患」 を例に説く
 (6) 科学的医学体系を基盤に医師としての考え方の基本を習得させる
 (7) 基本から応用への上達の段階がない医学教育
  研修医の学び ― Der Weg zur Wissenschaft 32 ―

第33課 「統合カリキュラム」 のもたらしたもの ――医学教育界の論理性の後退

 (1) 科学的医学体系に基づく統合が医学教育の構造を変える
 (2) 教科書から総論が削除された事実は文化遺産の論理化の後退を意味する
 (3) 学ぶべき文化遺産を 「道具」 と称する教育観が教科書の論理性を後退させた
 (4) 『新臨床内科学』 〔初版〕 の総論に見る思想性と論理性
 (5) 素朴ながらも医療実践のあるべき姿を説いていた 『新臨床内科学』 〔初版〕 総論
 (6) 論理化・理論化されていない経験的な直観では実践の指針になりえない
 (7) 米国の経験至上主義が浸透し歪んでしまった診断論
 (8) 学制改革・統合カリキュラムによって思想性・論理性を育む場が失われた
  研修医の学び ― Der Weg zur Wissenschaft 33 ―

第34課 事実的進歩と論理性の後退の乖離がもたらす医療・教育現場の混乱

 (1) 「統合カリキュラム」 の目的や理念が50年を経ても実現していない現実
 (2) 教科書には医師としてのアタマをつくるための一貫した筋道が要求される
 (3) バランス説 で消化性潰瘍を説明した 『新臨床内科学』 〔初版〕
 (4) 消化性潰瘍診療に関わる画期的な進歩 ――胃酸分泌抑制薬とピロリ菌の発見
 (5) 消化性潰瘍を バランス説 と ピロリ感染症説 で説いた 〔第8版〕
 (6) 消化性潰瘍を ピロリ感染症説 で説くために矛盾する事実を削除した 〔第9版〕
  研修医の学び ― Der Weg zur Wissenschaft 34 ―

第35課 病気の一般論を用いて消化性潰瘍の論理を導く

 (1) 専門家を志す人間にとっての寮生活の意義
 (2) 「統合カリキュラム」 がもたらした論理的実力の後退
 (3) 消化性潰瘍診療に関わる事実的進歩と病気の把握の変遷
 (4) 病気を把握するには事実に貫かれる論理を導きだす作業が必要である
 (5) 消化性潰瘍の把握は 「バランス説」 から 「感染症説」 へと推移した
 (6) ピロリ感染症説 は消化性潰瘍の多くの事実を無視した単なる解釈である
 (7) 消化性潰瘍の論理は病気の一般論から事実を見ていかなければ正しく導けない
 (8) 事実を正しく把握し実践に活かすためには論理的実力の養成が必要である
  研修医の学び ― Der Weg zur Wissenschaft 35 ―

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 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する