2015年07月14日

一会員による『学城』第12号の感想(13/13)

(13)「まわりみち」は認識発展の論理構造である

 本稿は『学城』第12号の感想を認めることによって、特に全体を貫くテーマである「まわりみち」という観点から、この第12号の中身を主体的に自分の実力とすることを目的として、これまで第12号に掲載されている11本の論文を取り上げ、その要約を行い、学ぶべき点を明かにしてきたものである。

 ここで、『学城』第12号全体を貫くテーマである「まわりみち」ということの中身を、大きく「説き直し」、「一般論を媒介すること」、「具体的な例を媒介すること」という3つに括った上で、この3つの視点からこれまでの展開を振り返っておきたい。

 まず、「まわりみち」の中身として「説き直し」という側面から検討を加えたものとして、本連載第2回で取り上げた北條論文、第6回で取り上げた浅野論文、第7回で取り上げた北嶋・志垣論文、第8回で取り上げたP江論文、第9回で取り上げた新・医学教育 概論、第12回で取り上げた南郷論文がある。

 北條論文では、『学城』第6号で一度説かれた自分自身の原点、つまり海保教官からの指導によって学んだ空手基本技の修得過程が再度説かれていた。これは『学城』第9号の悠季真理論文で説かれていたアリストテレスの学びの方法、つまり学んでは概括し、概括してはまた学ぶという過程のくりかえしの上の繰り返しということを実践するものではないかとしておいた。

 浅野論文では、「生命の歴史」を構築してきた過程、すなわち、ダーウィン、オパーリン、ヘッケルそれぞれの生物学史上の役割と限界、また人類の起源を解明してきた過程を改めて一歩一歩着実に辿り返されていた。このことによって、「生命の歴史」の論理構造を深めようとしておられることを説いた。

 北嶋・志垣論文では、障害児教育の実践方法論という大事な論理について、実践を通じた認識の発展を踏まえてしっかりと自分の言葉で説き直しておられた。そして、これこそ学問構築の方法論であるとしておいた。

 P江論文では、医学の構造論である治療論を明かにするために、病態論に立ち戻って説き直されていた。これは理論を構築する過程で「きちんと通るべき道筋」であって、一度説いたことでも分かったことにせず、しっかりと説き直す必要があることを教えられたのであった。

 新・医学教育 概論では、これまでに発表されている『医学教育 概論』をもう一度説き直すことが目的であると説かれていた。基本的な事項を何度も説き直すことによって、論理能力が身につくのではないかと述べておいた。

 そして最後に、南郷論文では、『学城』第7号で説かれていた「2008年冬期ゼミ講義」の内容そのものが、ヨリ詳細に、ヨリ突っ込んだ形で展開されていた。この方法こそ、上達のための必須の過程ではないかと説いておいた。

 次に、「一般論を媒介すること」という形で「まわりみち」を実践している論文について振り返っておこう。それは本連載第3回で扱った神庭論文、第10回で扱った症例検討論文、第11回で扱った橘論文である。

 神庭論文では、単に事実を事実的に振り返るのではなく、その事実の意味を問うてみる、「人間とは」「人間の育ちとは」「看護とは」「弁証法とは」「認識論とは」という論理から事例を考えようとしてみることが必要だと説かれていた。これは、具体的な事例から論理に「のぼる」ことで、対象の構造を明らかにしようとすることだと思う。

 症例検討論文では、病気の状態を正しく理解するために、正常な生理構造はどのようなものか、それはどのような過程でどのように創られてきたのかが問われていたし、また、肝臓とは何かを考えるために、「生命の歴史」にまで遡って検討されていた。常態論や医学体系の全体像(表象図)、「生命の歴史」という一般論から筋を通して事例を見ていく必要性が説かれていたのであった。

 橘論文では、武道空手上達のために食事について説かれ、その食事について考えるためにここでも「生命の歴史」が登場していた。人間に関わる全ての問題は「生命の歴史」からしか説けないとも述べられていたわけであるが、これこそ筋を通して考えていくということだと説いておいた。

 最後に、「まわりみち」の中身の3つ目として、2つ目に取り上げた「一般論を媒介すること」とは逆の構造、すなわち「具体的な例を媒介すること」が説かれていた加納論文について振り返る。

 本連載第5回に取り上げた加納論文では、難解な南郷先生の『武道哲学講義』第1巻を読み解くために、自分が分かる例で考えてみる、具体的には、弁証法を論じていた学者を古代ギリシャから順次取り上げて、その実力を武道空手の実力として捉え返されていたのであった。こうした過程を通じて、学者の実力の内実を少しでも理解しようとしておられたのであった。

 以上、「まわりみち」の構造を大きく「説き直し」、「一般論を媒介すること」、「具体的な例を媒介すること」の3つに括ってこれまでの展開を振り返ってみた。ここでこの3つの視点をさらに一般化するとどうなるか、抽象度をもう少し上げて考えてみたい。

 「説き直し」をするという「まわりみち」も、「一般論を媒介すること」という「まわりみち」も、「具体的な例を媒介すること」という「まわりみち」も、端的には、認識の発展がどのようになされるのかの論理構造を説いたものであるといえるのではないか。つまり、どのようにすれば学問を構築できる認識を創出することができるのかといえば、それは何度も何度も基本的な論理を「説き直し」、「一般論を媒介」したり「具体的な例を媒介」したりして、事実と論理を「のぼりおり」する研鑽を続けていくことである、ということである。「学問への道」を歩むためには、こうした様々な「まわりみち」を経ることを、厭うことなくやり続けていかなければならないのだ、ということである。この過程的構造を説いたものが、本連載第4回で取り上げた悠季論文である。学問の歴史(人類の系統発生における認識の発展)はアラビアを経由することなしには発展しえなかったのであり、また、そのアラビアではイブン・ルシュドが抽象度を変えて3種類の注解書を執筆することで実力を養ったことも紹介されていたのであった。

 このように考えてくると、『学城』第12号では、学問構築のための方法論がしっかりと展開されていることが分かってくる。これは特に第12号において集中的に説かれているとはいえ、これまでの『学城』誌上においても折に触れて言及されていたことでもある。それぞれの専門分野において学の創出を志す我々京都弁証法認識論研究会は、今後も引き続き、認識の発展を図るべく、『学城』に学び続けていく決意である。

 なお、蛇足ではあるが、南郷論文の最後に「「批判」との文言の意義を日本でまともに説いた人物は、かつての東京大学総長の林 健太郎、その人の若き日の執筆になるものである。」(p.210)と突如述べられている文言の意味は、本ブログに掲載した「2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章(7/10)」(2014年9月10日掲載)を参照していただければ了解いただけることを、本稿の終わりにあたって説いておく。端的には、カントのいう Kritik を「批判」と訳すのは不適切であると説いたのは桑木厳翼ではないか、という我々の見解に対する回答である。

(了)
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 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言