2015年07月02日

一会員による『学城』第12号の感想(1/13)

《目 次》(予定)

(1)「まわりみち」が『学城』第12号の全体を貫くキーワードである
(2)超一流を目指す師弟関係のあるべき姿とは
(3)言葉には像を形成する実力がある
(4)自問自答による像の明確化・論理化とはどういうことか
(5)自分が理解できる例で考えることの重要性
(6)言語は多数の事実を集約し論理的に捉え返したものである
(7)基本的な論理を徹底して学び実践に適用する
(8)基礎となる論理を繰り返し学ぶことの重要性
(9)論理能力はいかにして養うのか
(10)弁証法の法則を医療現場での教育に適用する
(11)全てに筋を通すとはどういうことか
(12)区別より連関に着目する必要がある
(13)「まわりみち」は認識発展の論理構造である


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(1)「まわりみち」が『学城』第12号の全体を貫くキーワードである

 本ブログに『学城』第1号の感想小論を連載したのは、2015年3月29日から4月10日までの13日間であった。連載第1回には、「本来であれば、本日から『学城』第12号の感想小論を掲載する予定であったが、第12号は残念ながらまだ世に出ていない」として、『学城』第1号の感想小論で代替する旨述べておいた。しかし、ちょうどその連載期間中に『学城』第12号が発刊されたのである。このことは連載第4回に、「待ちに待った『学城』第12号が遂に発刊された」と記した通りである。それから約3月が過ぎたが、今回もまた当初のブログ執筆計画を変更して、ここに『学城』第12号の感想小論を認めることにする。

 前回、当初のブログ執筆計画通りにいかなかったことは、『学城』の原点、学問の原点、自分自身の学びの原点を確認する結果となって、かえってよかったのではないかと思っている。このことを弁証法的に捉えると、「まわりみち」の効用ということになると思う。普通に考えれば、「まわりみち」というものは何か余計なもの、無駄なものというイメージがあるかもしれない。しかしそうではないのである。弁証法の基本書・教科書である『弁証法はどういう科学か』においても、著者の三浦つとむさんは、「まわりみちということの重要性」(p.224)を説いておられる。まっすぐに進んだのでは解決できない問題も、「まわりみち」を経ることで解決することができるとして、エネルギー形態のまわりみち、精神的な交通でのまわりみち、自然のまわりみち、国家戦略におけるまわりみちなどを紹介しておられる。

 今回、『学城』第12号全体を貫くテーマを考えてみると、ちょうどこの「まわりみち」ということがテーマとなっているのではないか、と思わされた。北條論文では、これから先に進むためにこれまでの修業過程を総括するという「まわりみち」を経ているといえるし、神庭論文も、現代看護教育を考察するに際して、もう一度ナイチンゲール看護論を説き直すという「まわりみち」を辿っている。悠季論文では、アリストテレスの哲学がアラビアに「まわりみち」した過程の考察が大きなウエイトを占めているし、加納論文も弁証法を理解するために武道空手を例に妄想するという「まわりみち」を進んでいる。浅野論文は、「生命の歴史」を追求してきた道のりを振り返っているという「まわりみち」の側面があるし、北嶋・志垣論文も、改めて障害児教育の科学的な実践方法論を説いている。P江論文では、治療論の構造論を展開するために、また戻ってこれまでに明かにされた病態論から説き直されているし、「新・医学教育概論」も「医学教育概論」という発表済みの論稿をもう一度原点から説き直されているのだろうと思う。極めつけは最後の南郷論文で、これはこの『学城』誌上でこれまでに発表された「武道哲学講義」について、先へ進むのではなく、再度説き直す、それも詳説する形での、という「まわりみち」だと思う。

 巻頭言でも、ヘーゲルが『哲学原論』を執筆できなかった、つまり哲学を完成させる前に急逝してしまった理由として、『精神現象学 序論』に続いて、『エンチュクロペディー』という哲学の構造論を説くという「まわりみち」を経ずして、いきなり大『論理学』へと進んでいったからである旨が説かれている。また、編集後記においても、『武道哲学講義』の内容がより深化してきていることに鑑み、「学問への道を初学者向けに説いたもの」(p.211)をも合わせて、『学城』第12号に掲載したことが述べられている。これは、読者に対して、単に真っ直ぐ学問の最先端を歩み続けていくというのではなしに、「初学者向けに説いたもの」を学び直すという「まわりみち」を要求していることでもあり、合わせて、日本弁証法論理学研究会としても、「初学者向けに説いたもの」を執筆し返すことで、さらなる学問の発展を図っているということでもあろう。

 本稿では、以上のように、『学城』第12号全体を貫くテーマは「まわりみち」ということにあるとして、掲載されている論文の1つ1つについて順次、感想を認めるとともに、「まわりみち」の構造をより深く把握していくことを目的として執筆していくこととする。

 では最後に、『学城』第12号の全体の目次を以下にお示しする。

学 城 (学問への道)  第12号


◎南郷継正  巻頭言
          ― 大哲人ヘーゲルの急逝の 「無念」 を想う

◎北條翔鷹  実戦部隊飛翔隊修業の総括小論 (2)
          ― 1983年〜1988年3月の実戦部隊飛翔隊合宿修業小論

◎神庭純子  現代看護教育に求められるもの (1)
          ― 弁証法・認識論から説くナイチンゲール看護論

◎悠季真理  哲学・論理学研究余滴 (3)

◎加納哲邦  『武道哲学講義』 は 「弁証学への道」 を探る試み

◎浅野昌充  「生命の歴史」 の歴史 〔5〕
          人類の起源 (1)
          ― 「考えて行動する」 動物 = ヒトはいかにして生まれたのか

◎北嶋  淳  人間一般から説く障害児教育とは何か (6)
  志垣  司  ― 障害児教育の科学的な実践理論を問う

◎瀬江千史  「医学原論」 講義 (10)
          ― 時代が求める医学の復権

◎瀬江千史  新・医学教育 概論 (1)
  本田克也  ― 医学生・看護学生に学び方を語る
  小田康友
  菅野幸子

◎聖  瞳子  医療における理論的実践とは何か
  高遠雅志  ― 初期研修医に症例の見方、考え方の筋道を説く
  九條  静  〈第4回〉 急性A型肝炎 (3)
  北條  亮

◎橘  美伽  武道空手上達のための人間体を創る 「食事」 とは何か

◎南郷継正  武道哲学講義 〔9〕
          ― 学問とはいわば世界地図を描くことである (増補版)
          (2008年冬期ゼミ講義詳説)

◎悠季真理  編集後記
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 ・一会員による『学城』第12号の感想
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 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
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 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
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 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
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 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
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 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
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 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
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 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
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 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する