2015年06月28日

高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く(2/5)

(2)『邪馬台国の秘密』のあらすじ

 本稿は高木彬光の『邪馬台国の秘密』というベッド・ディテクティブをとりあげて,そこから認識論的に学びとれることを論じていく論考です。前回は,探偵がベッド上で限られた情報から謎を解いていくという形式のベッド・ディテクティブの説明をした後,高木のベッド・ディテクティブ三部作のうち,2作目にあたる『邪馬台国の秘密』が最も完成度が高いと説きました。さらに,邪馬台国論争を紹介し,問題となる『魏志・倭人伝』の部分を解説したところまででした。

 今回は,『邪馬台国の秘密』とはどのような物語なのか,あらすじを紹介したいと思います。なお,本稿においては『邪馬台国の秘密』のネタバレがありますので,それを嫌う読者の方は,ご遠慮ください。

 物語は,主人公である神津恭介が入院している場面から始まります。恭介は見舞いに来た親友で推理作家の松下研三に退屈しのぎにまた『成吉思汗の秘密』の時のような歴史の謎解きのテーマはないかと尋ねます。乗り気がしない研三でしたが,渋々,邪馬台国はどこにあったかという謎を提示して,二人で取り組むことになりました。『魏志・倭人伝』を知らないという恭介に対して,研三が説明します。

「今日はごく一般論からゆきましょう。『魏志』というのは,三世紀のころ,中国の歴史でいえば,いわゆる『三国志』の時代に,洛陽に都を定めて,北部中国を制圧していた『魏』の国の正史だと思ってくださいな。その中にこの『倭人伝』が含まれているのです。古代日本の姿を詳しく文書におさめた最古の記録だということだけは絶対間違いありません。ただ,詳しくといったところで,原文の漢文は約二千字ぐらいのものですが,邪馬台国はこの中に一瞬姿をあらわして後はたちまち幻のように消え去ってしまうのです。ですから,邪馬台国の秘密を解く鍵はこの『魏志・倭人伝』が唯一のもので,極端なことを言えば,ほかにはないのですよ」(p.15)


 要するに,邪馬台国がどこにあったかという謎を解く鍵は,わずか二千文字ぐらいの『魏志・倭人伝』しかないのだ,ということです。こういったごく限られた少数の情報から,論理的な推理によって,邪馬台国のあった場所を比定していこうというのが,本書の狙いなのです。

 続いて,これまでの研究の欠陥を踏まえて,「方法論としての心得」がまとめられます。恭介は次のようにまとめています。

「一……『魏志・倭人伝』の重要部分には,いっさい改訂を加えないこと,万一改訂を必要とするときは,万人が納得できるだけの理論を大前提として採用すること。
 二……古い地名を持ち出して,勝手気ままに,原文の地名や国名をあてはめないこと。
 三……万一,その難攻不落の城にぶつかって,攻略不可能だと見きわめがついたら,そのときはいさぎよく,白旗をかかげてひきさがること。」(p.19)


 このような方法論・ルールに従って,入院中の恭介が,研三の助けを借りながらベッドの上で推理していくことになります。

 翌日から,研三が書き写してきた『魏志・倭人伝』の漢文と日本流の読み下し文をもとに,推理をはじめます。研三は,『魏志・倭人伝』を三つの部に分けていますが,はじめは,邪馬台国の場所に直接関係がある第一部を飛ばして,その風俗などが書かれている第二部を検討します。その翌日には,邪馬台国に関する論争史を研三がレクチャーします。そしていよいよ,第一部の検討に入り,使節団と一緒に紀元240年の京城から邪馬台国へ向かうベッド・トラベルが始まります。

 『魏志・倭人伝』では,朝鮮半島の帯方郡から出発して,対馬・壱岐を経て,九州に上陸することになっています。九州では末盧国,伊都国,奴国と進んでいきます。ここまでは従来の諸々の説でもだいたい見解が一致しているということで,定説に従って,壱岐から最も近い東松浦半島に上陸し,海岸に沿って東に進み,糸島半島の前原,博多付近へと進んでいきます。途中,研三がその地域やそれにまつわる歴史について解説を入れていきます。恭介は,従来の説や研三の解説を聞きながら,たびたび「そうかなあ?」とつぶやきます。結局,奴国の次にあるとされる不弥国がどこにあるかを確定できないまま,壁にぶち当たってしまいます。

 ところが,研三が推理旅行の記念のために,宮崎康平『まぼろしの邪馬台国』を読むように勧めたことから,事態は一変します。研三がしおり代わりに挟んでいたはがきの送り主が「夏樹静子」であったことから,恭介は「夏の海――玄界灘は静かなり」という連想を働かせます。また,そのはがきが挟んでいたページには,1700年前の海岸線が書かれていたのでした。それによると,定説で魏使が歩いてきたとされている唐津街道は,当時は大部分が海の中だったということになるのです。

 仮に便利な唐津街道が水中であったとしても,それに沿う形で山道を陸行した可能性もあります。しかし恭介は,次のように述べて,その可能性を否定します。

「そうだとすると,いままでの『定説』には実におかしなところが出て来る。60キロの道を大荷物をはこんでの道中では,一日で行けるかどうかわからないよ。しかも350メートルの高さの峠を越えて歩いて来るわけだろう。山道の途中のどこかから,壱岐の島が見えるということもとうぜん考えられるだろう。まあ,それだけの難路を越えて,副吉あたりに出て来た彼等が海上に壱岐の島影を見つけたらどういうことになるだろう? なぜここまで船でつれて来なかったかと,かんかんに怒り出すんじゃないだろうか?」(p.222)


 つまり,東松浦半島あたりに上陸して,博多あたりまで陸行するということはありえないことだ,ということです。そして恭介は,「夏の海は静かなり」という連想を元に,魏使たちは夏にやってきて,壱岐から静かな玄界灘を横切って神湊に上陸したという説を着想します。これが神津説の大きなポイントの一つです。神湊上陸説の根拠は,神湊が風に強い古代の港であること,壱岐からの距離が東松浦半島までであれば「魏志・倭人伝」にある千餘里の半分くらいしかないが神湊であれば辻褄が合うこと,水行の便利さを考えるとできるだけ東に行きたいが,これ以上東に行くと暗礁群があったり関門海峡があったりして格段に危険であることなどが挙げられています。

 こうなると,神湊がある宗像一帯が末盧国ということになり,それ以降の国の比定をもう一度やり直す必要が出てきます。そこで神湊から辿り直してみると,伊都国は豊前市を含む一帯,奴国は中津市近く,次の不弥国は宇佐の手前の豊前長洲あたりということになります。これはほぼ自動的・機械的に決まってくるといっていいでしょう。

 それでもまだ謎は残っています。「南,邪馬台国に至る。女王の都する所なり。水行十日,陸行一月」の部分をどう解釈するかという問題です。ここの問題に関して恭介は,「余里」を誤差と解釈することで乗り越えます。順に説明します。

 まず,恭介は一枚の紙を研三に見せます。そこには以下のようなことが書かれていました。

「(1)帯方郡――狗邪韓国   七千余里
 (2)狗邪韓国――対馬国    千余里
 (3)対馬国――一大国     千余里
 (4)一大国――末盧国     千余里
 (5)末盧国――伊都国     五百里
 (6)伊都国――奴国       百里
 (7)奴国――不弥国       百里

 (8)帯方郡――邪馬台国 一万二千余里

 (9)○○――邪馬台国  水行十日陸行一月
 (10)△△――投馬国   水行二十日」


 これは「魏志・倭人伝」の旅程の里数日数を抜粋したものです。不弥国から邪馬台国までの距離は,従来,(1)から(7)までの数字を足したものを(8)から引くことによって算出されていました。「余里」というのを省いて計算すると,1300里ということになります。1300里というと,狗邪韓国(釜山)から対馬までの距離や対馬から壱岐までの距離に匹敵することになります。従来の説は,ほとんどが不弥国から邪馬台国までの距離は1300里であると考えていました。

 ところが恭介は,この従来の説に異論を唱え,見事にこの距離の問題を解決してしまうのです。恭介の論理的な推論を見ていきましょう。

 恭介は,水行の場合にどのようにして距離を測ったのかについて,次のように述べています。

「とうぜんのことだが,精確な海図があるわけじゃないんだし,たとえば現在のわれわれが日本全図を持ち出して,釜山―対馬―壱岐―博多と直線距離を測って行くようなことは,三世紀の人間にとっては,それこそ人智を超越した神わざとしか思えなかったろう。彼等にとっては,航海に費やしたおよその時間から,距離の大ざっぱな見当をつけるしか方法はなかったろうし,そうなれば,切りすて切りあげ四捨五入さえ出来なくなったかもしれない。いわゆるプラス・アルファといった含みで誤差を書き出す。それが(1)から(4)にあらわれて来る『余里』の意味じゃないのかな?」(p.305)


 すなわち,当時の人が舟で進む場合の距離というのは,それほど正確に測れるものではないから,おおよその数字を出して,誤差をプラス・アルファの意味で「余里」として表現している,ということです。

 そこで恭介は,もう一枚の紙を示します。

「10パーセント   一万一千七百里
 13パーセント   一万二千里
 15パーセント   一万二千二百里
 20パーセント   一万二千七百里
 23パーセント   一万三千里」(p.306)


 これは,(1)から(4)までの水行の部分を「余里」を除いて加えた一万里を基本として,誤差をいくつか想定して足し,それに不弥国までの陸行七百里を加えた数字です。

 これを示したうえで,(8)の帯方郡から邪馬台国までの距離である「一万二千余里」を,「一万二千里から一万三千里のあいだ」と解すると,先の13パーセントから23パーセントの誤差を考えた時の数字に一致すると指摘するのです。ここから,不弥国は邪馬台国の隣接国という結論が導き出されます。なぜなら,帯方郡から邪馬台国までの距離と帯方郡から不弥国までの距離が同じになるからです。

 ここまでくればあとは論理的な強制によって,「水行十日,陸行一月」の謎も解けてしまいます。恭介と研三は次のようなやり取りをします。

「「僕の作った一覧表をよく見たまえ,この(7)と(8)の間に,たとえば(7’)として,
 不弥国――邪馬台国  実質的ゼロ里
 という一行が入ったと仮定しよう。この実質里程ゼロという感覚は,いまの『誤差論』からとうぜん出て来るはずなんだよ。
 この一行を書き加えたとしたならば,そのときには,帯方郡から邪馬台国まで,コースは全部一貫して,どこにも空間は出て来ないんだ。(1)から(7’)までのどこをとりあげてもいいんだが,その間に『水行十日,陸行一月』を必要とするような,長いセクションがあるだろうか?」
「とうてい考えられませんね……となると,(9)に出て来る○○は,帯方郡に相当するという見方しか出来ないことになりますね。」
「そうだろう。この『謎の千三百里』をゼロと考えた場合に,『水行十日,陸行一月』という日程は,帯方郡から邪馬台国までの全コースに相当するものだという結論はほとんど自動的に出て来るんだよ。……」」(p.320-321)


 すなわち,恭介の誤差論からの論理的な帰結として,「水行十日,陸行一月」というのは,その前に出てくる不弥国(や投馬国)からの行程ではなくて,出発点の帯方郡から邪馬台国までの日程である,ということになるのだということです。

 ここから恭介は,邪馬台国は宇佐にあったのだという結論を導き出します。そして宇佐神宮の3回の大修理・改築の際に目撃されている石棺こそが,卑弥呼の墓であると推理するのです。

 以上が『邪馬台国の秘密』のあらすじになります。
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 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言