2015年06月02日

臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想(1/5)

目次

(1)臨床心理学の具体で考えると?
(2)よい教科書の条件を考える
(3)精神医学でも病因を問題にすべき
(4)少ない事実から生活過程像を描く
(5)表象像を媒介にして論理的なアタマづくりを!

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(1)臨床心理学の具体で考えると?

 本稿は瀬江千史・本田克也・小田康友『医学教育 概論(4)』(現代社)から主体的に学ぶために,心理士として学びとったことを感想として認める論考である。感想文を書こうと思って読めば,そうでない場合よりも,より深く内容を理解できるであろうし,実際に感想文を書けば,本書から学んだことを自分なりのある程度まとまった像として,頭の中に定着させることができると考えてのことである。

 本書は,医学や医学教育の問題点を指摘して,根本的な解決策を提示するものである。一つの症例を提示して,それを現状の最良の医師が診断した場合と,科学的医学体系に基づく病気の一般論を踏まえて診断したばあいの違いが,鮮やかに説かれている。詳しくは,次回以降,本稿で説いていく予定であるが,ここで説かれている内容は,医学の一特殊分野である精神医学にもそのまま当てはまるものである。

 精神医学に関して,一年ほど前に以下のような新聞記事があった。


「精神疾患,病名に新指針,学習障害は「学習症」,アルコール依存症は「使用障害」。

 日本精神神経学会は29日までに,精神疾患の病名の新しい指針を公表した。読み書きが困難な学習障害は「学習症」,アルコール依存症は「アルコール使用障害」などに変更。差別意識や不快感を生まないようにし,病名を周知させる狙い。

 日本精神神経学会は医療施設や関係する学会などに周知し「徐々に浸透させたい」としている。

 米国の精神医学会が発行する精神疾患の新たな診断基準「DSM-5」が昨年策定されたのに伴い,英語の病名の翻訳でさまざまな用語が混在しないよう,関連学会と統一用語を検討した。

 指針では,子どもや若い世代の病気を中心に「障害」を「症」に言い換えた。不安感や動悸などが起こるパニック障害は「パニック症」とした。」(2014/05/30 日本経済新聞 朝刊)


 これは,米国精神医学会が新たな診断基準である「DSM-5」を策定したのに伴って,「差別意識や不快感を生まないように」病名の日本語訳を変更した,という内容である。ここで問題にしたいのは,米国精神医学会が作っているDSMという精神疾患の分類,診断のマニュアルである。

 精神疾患の分類マニュアルとしては,他に,世界保健機関のICD-10もよく知られている。いずれも同じような手法で診断できるようになっているマニュアルである。これについては,以下の記述を読んでいただきたい。

「なお,DSMやICDではいくつかの症状を列挙して,そのうちのいくつかを満たした場合にある疾患と診断するという操作的診断分類と呼ばれる手法が用いられている。これは,現在のところ精神疾患の病因が十分には明らかになっていないことから,症状に焦点を当てて分類することで,研究者や臨床家のコミュニケーションを容易にしようという目的がある。DSM-W-TRを例にとれば,病因を想定した分類は,外傷後ストレス障害,適応障害,一般身体疾患による精神疾患,物質関連障害の4障害のみである。また,こうした症状に焦点を当てた分類であることから,うつ病性障害と不安障害などいくつかの障害が同時に診断されることもあり,これを併存(comorbidity)と呼ぶ。」(大野裕「臨床心理学の理論的背景(2) 精神医学」,馬場禮子『改訂版 臨床心理学概説』放送大学教育振興会,2003年,pp.33-34)


 要するに,現在の精神医学では,「これとこれとこの症状がそろえば○○障害」などというような形で,診断が行われているということである。それは,「現在のところ精神疾患の病因が十分には明らかになっていないことから」「症状に焦点を当てて分類する」手法が採用されているからだということである。

 これは,『医学教育 概論(4)』で批判されているPOS(Problem-Oriented System)にのっとった,医師のアタマの働かせ方と論理的に全く同じであり,典型的な症状がそろわないと診断できない点や,病気の原因・病気に至る過程を解明できていないために根本的な治療ができない点は,本書での批判がそのまま当てはまるといってよいだろう。

 本書では,医学や医学教育の諸問題が一般的に述べられているのであるから,医学の一特殊領域である精神医学についても,本書の論理がそのまま通用するのは当たり前である。しかし,精神科病院に勤務する臨床心理士である筆者は,ここで説かれている内容をしっかり精神医学や臨床心理学の問題として読みかえて理解し,主体的に学びとっていく必要があると考えるのである。

 そこで次回以降,本書で説かれている内容を臨床心理士としてどのように学びとったのか,ここで説かれている内容を臨床心理学の具体で考えて,臨床心理士としての実力向上や精神科病院での業務にどのように活かしていくことができるのか,このような観点から,本書の感想を認めていきたいと思う。

 なお,本書の目次は以下である。本書の位置づけを簡単に確認しておくならば,『医学教育 概論(3)』からは,医学部での学びのゴールである「医師とは何か」を説いた第一部に続いて,第二部が始まっている。第二部では,医学部での6年間の全ての科目を,どのように学んでいったら医師としての実力がつくのかが,とくに一般教養と基礎医学の学び方に焦点を当てて,説かれている。本書『医学教育 概論(4)』でその第二部は終了である。『医学教育 概論(5)』からは第三部として,「臨床医学の学び編」に入っていくとのことである。



医学教育 概論 (4)

第20課 実力ある医師になるための学びの過程的構造

 (1) 学びの全体像
   ─「一般教養」 「基礎医学」 「臨床医学」 の関連
 (2) 人間という実体の構造を学ぶ 「解剖学」 「組織学」 「発生学」
 (3) 人間という実体の機能を学ぶ 「生理学」 「生化学」 「免疫学」
 (4) 現実的なニーズに基づく医学教育プログラムが必要である
 (5) 専門医の特殊な実力は医師としての基本的な実力の上にこそ築かれる
 (6) 医学部での教育は一般臨床医としての基礎的実力の養成を
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 20 ―

第21課 医学生のアンバランスな実力を生む現代の医学教育

 (1) 実力ある医師へ向けた実りある大学生活を
 (2) 医学生には文化遺産を整序した教科書の学びが不可欠である
 (3) 現代の学習教材の多様化の落とし穴  ─わかった気にさせられてしまう恐さ
 (4) 医学生の知識の著しい偏り  ─雑多な高度専門知識と欠落した基礎知識
 (5) 出発時にゴールとそこに到達するための学びの全体像が
    描けなければならない
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 21 ―

第22課 医学教育の体系性をふまえた 「基礎医学」 の学び

 (1) 医学教育改革には医学教育の体系性が欠落している
 (2) 一般教養から専門課程への学びの体系性を説く
 (3) 「生理学」 「生化学」 「免疫学」 とは何か  ―その学びの順序の必然性を説く
 (4) 器官・系統別統合カリキュラムでは人間の全体像が描けない
 (5) 生理学の知識は「内部環境の恒常性の維持」に結びつける
 (6) 生化学で学ぶ化学変化は生きている人間の全体像の中に位置づける
 (7) 免疫学は人間が外界と相互浸透して生きているしくみを学ぶものである
 (8) 医師として人間が生きている全体像を描けるようになるための症例の提示
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 22 ―

第23課 現代の実践方法論 「問題指向型システム」 を問う

 (1) 見事な基礎医学の学びは臨床実践を導く
 (2) 医師の合理的な思考を育てるために導入された問題指向型システム(POS)
 (3) 患者の事実を取りだすにも医師の実力を要する
 (4) 問題指向型システムに基づく問題リストと評価  ─研修医のレポートより
 (5) 問題指向型システムに基づく問題リストと評価  ─ベテラン指導医の見解
 (6) 優れた指導医は事実を的確に把握しその意味を考える
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 23 ―

第24課 病気の実体を把握できない問題指向型システムの限界

 (1) 優れた指導医の実力にみる問題指向型システムの限界
 (2) 病気の過程的構造に分けいった治療が必要である
 (3) 問題指向型システムでは 「病気の実体」 を把握できない
 (4) 病気の原因・病気に至る過程を解明しなければならない
 (5) 生物現象の 「絶対的必然的因果関係」 を実証しようとしたベルナール
 (6) 正常な生理構造をふまえて病気に至る必然的因果関係を
    把握しなければならない
 (7) 歪んだ生理構造を把握するための人間の論理的な構造像を示す
 (8) 人間の論理的な内部構造から人間が健康に生きていける条件が導かれる
 (9) 〔症例4〕 患者が潰瘍性大腸炎になってゆくプロセスを説く
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 24 ―

第25課 人間が生きている全体像をふまえて病気の実体へと論理的に迫る

 (1) 人間の論理的構造像の理解は病気の過程的構造を把握する鍵となる
 (2) 成長期の生理構造は生活過程でつくられる
 (3) 生理構造の歪みへと至らせた事実を生活過程にみる
 (4) 歪んだ生活過程(食事・運動・睡眠)がどのように生理構造を歪めたか
 (5) 「人間にとって健康な状態」 を考えるための理論が必要である
 (6) 人間は三重の生理構造を持った特殊な生命体として把握しなければならない
 (7) 生命体としての一般性とは何か  ―生きていることの本質は代謝である
 (8) 哺乳類としての特殊性とは何か
   ―運動を支える実体と機能の高度な分化
 (9) 人間としての特殊性とは何か
   ―脳の機能の一つとしての認識が無限に発展できる
 (10)人間が健康を維持できる食とは  ―食事が関与しない病気はない
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 25 ―

第26課 科学的医学体系に基づく実践方法論を駆使して病気の実体を解明する

 (1) 教育界の混乱が理論を渇望している
 (2) 実践方法論に必須の〔図3〕から〔図7〕を概括する
 (3) 人間の生理構造の特殊性をふまえて人間の健康とは何かを説く
 (4) 人間の健康の論理構造をふまえて〔症例4〕の病気の正体に迫る
 (5) 生理構造の歪みの過程を論理的に説く
 (6) 〔症例4〕 が潰瘍性大腸炎として現象した過程的構造に分けいる
 (7) 人間の正常な生理構造をふまえれば難病も治癒に導く道筋がみいだせる
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 26 ―

第27課 科学的医学体系に基づく実践方法論の習得の重要性

 (1) 生きている人間の生理構造を論理的に理解すれば病気の実体に迫ることが
    できる
 (2) 病気に至る過程的構造を把握すれば診断・治療の中身が違ってくる
 (3) 科学的理論に基づいた実践方法論とは何か
 (4) 病気とは何かの理論的措定とベルナールとの新たな出会い
 (5) 生理学を重視したベルナールと病的変化を重視したウィルヒョウ
 (6) 病的変化を健康の法則から説明したベルナールとナイチンゲール
 (7) 病的変化は単なる結果でありこれだけで病気の実体を説明することはできない
 (8) 科学的理論に基づく実践方法論にのっとったアタマの訓練を
 (9) 提示した図は専門課程の全体像を示すとともに実践を導く
 (10)カントも説く科学的理論に基づいた実践方法論の有用性
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 27 ―

第28課 読者の質問に答える

   ―学び方に焦点を当てて第一部・第二部を概括する
 (1) 日本の医学教育の形式面の充実と内実の停滞を憂う
 (2) 【質問1】 【質問2】 医師像を描くための早期現場体験実習はいかにあるべきか
 (3) 生の事実から表象像を描く訓練が医学生に欠けたる実力を補う
 (4) 【質問3】 生活過程を把握する実力を養うには一般教養が必須である
 (5) 【質問4】 一般教養を具体的な像としてイキイキと描くには
 (6) 常態論を学ぶには  ―具体的な教科書を提示する
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 28 ―


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 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2