2015年03月24日

弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想(1/5)

目次

(1)どうすれば実力ある臨床心理士になれるか
(2)臨床心理士にも一般教養は必須
(3)クライエント理解も全体から部分へ
(4)心理臨床の歴史を辿る必要性
(5)対象と武器を弁証法的に学ぶ


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

(1)どうすれば実力ある臨床心理士になれるか

 本稿は,一会員による瀬江千史・本田克也・小田康友『医学教育 概論(3)』(現代社)の感想文である。本書は,タイトルにあるように「医学教育」がテーマである。医学教育には社会的な関心も高く,以下のような新聞記事もあった。

「医学教育「脱ガラパゴス」,臨床実習,受け身から参加型へ――京大,学生は見学→直接問診,信州大,班ごとに現場→個別に。

 独自のスタイルで発展してきた日本の医学教育が,国際化の波を受けて大きく変わろうとしている。従来の臨床実習は見学主体の「受け身型」だったが,欧米で一般的な,学生が実際に患者と接する「参加型」へ転換。実習期間も延長しようと,各大学はカリキュラムの見直しを急ぐ。背景には,海外で進む医学教育の国際標準化の動きに加え,「海外で学ぼうとする学生や医師が少ない」との危機感がある。

 「医学生が主体的に考え,学ぶよう改める」。今年度からカリキュラムを大きく改編した京都大学医学部の新たな教育方針について,京大医学教育推進センターの小西靖彦教授はこう説明する。

 従来の一般的な臨床実習は,診察や治療を行う医師の傍らで学生が見学する形式。だが今後は学生が直接問診したり,症例検討会に参加して治療方針を自分なりに考えたりする内容に変える。

 実習期間もこれまでの59週間から73週間へと大幅に増やし,海外での臨床実習の参加も後押しする。小西教授は「数十年間ほぼ同じだったカリキュラムが,これから数年間で大きく変わる」と強調する。

 信州大学医学部は今年度から臨床実習の開始時期を半年前倒しし,4年生の9月から始める。従来,実習時は学生6人で一班を編成していたが,一人ひとり個別に現場で学ぶよう改める。

 県内の約30病院に協力を求め,150コースから学生が実習内容を選べる体制を整えた。ただ「受け入れ側に指導経験が無く,どこまで学生に任せていいか戸惑いも多い」(信州大医学教育センターの多田剛センター長)といい,現場の医師に直接説明して理解を求めている。」(日本経済新聞 2014年9月1日 朝刊)


 ここでは,国際化の影響で日本の医学教育が変わろうとしており,その中身は臨床実習を「受け身型」から「参加型」に転換し,実習期間も延ばそうとするものである,と紹介されている。

 しかし,このような医学教育改革は,ほぼ確実に失敗するであろう。そのことは,本『医学教育 概論(3)』を含む『医学教育 概論』シリーズの読者であれば常識である。たとえば,京大医学部では実習時間を大幅に伸ばし,実習の形式も見学型から直接問診型へ変えるとしている。しかし,実習時間を伸ばせば,それだけ,基礎医学や臨床医学についての座学の時間が短くなるということである。医学の知見は膨大な量になっており,それを習得するのに必然的に長時間の座学が要求されたからこそ,現在のようなカリキュラムになっているのではないのだろうか。単純に実習時間を伸ばせば解決するというような問題ではない。また,実習でいきなり問診するというが,はたしてそれが可能であろうか。まずは見学するということは妥当だと思われる。見学が受け身で直接問診が参加型だという捉え方自体が形而上学的なものである。問題意識をもって見学に臨めば,それは受け身ではなく参加型といえるはずであるから,論点はいかに問題意識をもって実習に臨ませるか,ということではないだろうか。また,信州大学医学部の方でも,実習の開始を前倒しすれば,それだけ基礎医学・臨床医学の学びがおろそかになるのは当然であろう。6人で一班だったのを個別に学ぶようにすることも,単純にいいことだとは言い難い。グループで議論しながら理解を深めていくということができなくなるからである。そして受け入れる側に指導経験がないということまで述べられており,このような方針転換が実を結ぶかどうかは,かなりあやしいといわざるをえない。

 何よりも一番本質的な点をいうと,科学的医学体系がない状態で,いくら医学教育改革を行っても徒労に終わるということである。なぜなら,科学的医学体系を把持して,それを適用することによってこそ,初めて見事な医療実践となるのであり,科学的医学体系を踏まえてこそ,そのような見事な実践を行える医師を育てる医学教育が可能となるからである。また,もう少し細かい点にも触れるとするならば,教育界全般に上達論がないために,適切に技を修得させることが難しいということもあるし,そもそも,現行の医学部の入学試験制度では,必然的に受験秀才しか医師になれないようになっており,医師に必須の感覚器官の実力がかなり乏しいというハンディキャップを背負っての医師への道となるという点もある。いずれにせよ,『医学教育 概論』シリーズの成果を踏まえなければ,医学教育改革は,いつまでも失敗をくり返すであろう。

 さて,本稿では,臨床心理士である筆者が,『医学教育 概論(3)』を読んで学んだ内容を認めていく。これまでも,「心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想」「全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想」「必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想」という3つの感想文を執筆してきた。本稿はこれらの続編である。

 なぜ臨床心理士である筆者が『医学教育 概論』シリーズの感想文を認めているのか。それには大きく二つの理由がある。第一に,認識学の構築を志す筆者としては,科学的学問体系のお手本としては,南郷学派の医学体系が最も分かりやすく,成果としてもたくさんの論文や著作が発表されているからである。その南郷学派の医学関連の著作の中で,最新のもの,いわば現時点での到達点であると考えられる『医学教育 概論』シリーズを本格的・主体的に学ぶために,このシリーズの感想文を認めて,ブログに投稿することにしたのである。

 『医学教育 概論』シリーズを取り上げた第二の理由は,本シリーズで扱われている専門領域が,筆者が専門としている心理臨床に非常に近いからである。医師は,人間の病気の診断と治療を専門とする職種であるが,われわれ臨床心理士は,いわば人間の心の問題のアセスメント(心理的見立て)とカウンセリング(心理療法)を専門とする職種である。現場としても,実際,筆者は精神科の病院に勤務しているし,精神科医と連携をとりながらクライエントの援助を行っている。したがって,医師と臨床心理士,医学と臨床心理学,医療と心理臨床は,非常に近い関係にあるといえるのであるから,前者について説かれている『医学教育 概論』シリーズは,後者にとってもほぼ直接に非常に多くのことが学べると期待できるのである。これが臨床心理士である筆者が『医学教育 概論』シリーズを取り上げる第二の理由なのである。

 以上のような理由から,『医学教育 概論』シリーズを取り上げていくわけであるが,本稿では主として,専門分野をどのように学んでいけば,実力ある臨床心理士となれるのかという観点から,学びとったことを綴っていきたいと思う。

 具体的な感想は次回以降に認めるとして,今回はいつものように,『医学教育 概論(3)』の目次を提示することによって終えたい。あいかわらず,目次を見ただけでもわくわくするような内容であるし,非常に論理的な展開になっていることが分かるというものである。



医学教育 概論 (3)



第12課 医学部6年間の学びの全体像を描く必要がある

 (1) 6年間の学びの全体像を説くのが本来の「医学概論」である
 (2) 「医学概論」の学びが6年間の学びの質を左右する
 (3) 大学のカリキュラムは医師への道を示す地図である
 (4) カリキュラムの歴史的変遷を概観する
 (5) 教養科目が大きく削減された現代医学教育
 (6) 一般教養の実力のなさが専門科目の学びを歪ませる
 (7) 「人間の病気」を専門的に学ぶ前に「人間」を学ばなければならない
 (8) 人間とは何かを学ぶに必須の一般教養科目
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 12 ―

第13課 人間とは何かを学ぶ一般教養の重要性

 (1) 一般教養の軽視が招いた医師の質の低下
 (2) 医師に必要な,人間が生きて生活している全体像の欠落
 (3) 基礎医学や医療倫理の学びだけでは人間の全体像は描けない
 (4) 人間は自然的外界・社会的外界との相互浸透によって生きている
 (5) 自然的外界との相互浸透の歪みが人間の生理構造を歪ませる
 (6) 人間を自然的外界の中に位置づける視点をもったナイチンゲール
 (7) ナイチンゲールの視点は一般教養の学びによって培われた
 (8) 教養科目の現状から本来の意義を見誤ってはならない
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 13 ―

第14課 人間は社会的存在であることを理解することが重要である

 (1) 一般教養の実力なしに専門科目の筋道を通した理解は不可能である
 (2) 人間は社会的存在である
 (3) 社会的につくられた認識によって生理構造が歪んでいく
 (4) 人間社会を学ぶための社会・人文科学系科目
 (5) 人間社会をイキイキと描くための学びの重要性
 (6) 人間社会の理解のために必要な歴史の学び
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 14 ―

第15課 医師に必要な一般教養の実力を自ら養うにはどうしたらよいのか

 (1) 一般教養の実力養成は中学の教科書の論理的な学びから
 (2) 全体像を描きそれを把持して部分の学びに入るのが学びの王道である
 (3) 学問的一般教養の学びが科学的理論を求めさせる
 (4) 医学教育の欠陥の源流をウィルヒョウ『細胞病理学』にみる
 (5) 専門課程の全体像を概観する ―「基礎医学」「臨床医学」「臨床実習」
 (6) 専門課程の全体像を理解する鍵となる医学教育の歴史
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 15 ―

第16課 医学教育の歴史から説く専門課程の学びの王道

 (1) 医学生がカリキュラムから描く医学教育の全体像
 (2) 問題基盤型学習では医師としての実力をつけることができない
 (3) 専門課程の全体像をつくるのに必要な医学教育の歴史と科学的医学体系
 (4) 臨床医学の前に基礎医学を学ぶ本当の意義を理解しよう
 (5) 医療実践の必要性から人間の正常な構造と機能は究明されてきた
 (6) ベルナールは,生理学は疾病解明のためにこそ必要であると位置づけた
 (7) 医学生が辿るべき学びの王道は「臨床→基礎→臨床」である
 (8) カリキュラムの中身のつながりの構造を明らかにする「医学体系」
 (9) 学問的作業によって構築された「医学体系」こそが専門課程の全体像となる
 (10) 専門課程の全体像とは「医学体系」の一般像である
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 16 ―

第17課 科学的医学体系から説く専門課程の全体像

 (1) 「実力ある医師とは何か」のゴールを明確にして,6年間の学びの全体像を考える
 (2) 「臨床→基礎→臨床」の過程的構造を考えなければならない
 (3) 現代の医学教育論には体系的な科学的理論がない
 (4) 「医学体系」の一般像である専門課程の全体像を概観する
 (5) 病気には病気になる過程があるということの理解の重要性
 (6) 「病態生理」は病気へ至る全過程の一部にすぎない
 (7) 学問的に概念規定した「病気とは何か」「治療とは何か」
 (8) 正常な生理構造を理論化した「常態論」 ―「生理論」との区別と連関
 (9) 基礎医学を総動員するだけでは常態論にはならない
 (10) 十九世紀に医学体系の構造の骨子を提示していたベルナール
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 17 ―

第18課 一般教養を土台とした専門課程の体系的学び

 (1) 「医学体系」の構造論の理論的つながりを示す
 (2) 「医学体系」を表象レベルで描く ―専門科目の学びを全体像に収斂するために
 (3) 病気には外界との相互浸透によって生理構造が歪んでいく過程がある
 (4) 自然的外界との相互浸透の歪み ―自然的外界そのものが歪んでいる現代
 (5) 社会的外界との相互浸透の歪み ―現代社会がもたらす生理構造の歪み
 (6) 病気への過程・回復への過程の究明は学的弁証法によって可能となった
 (7) 医師の診断・治療実践の大本となる常態論
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 18 ―

第19課 医師の実力養成に必須である基礎医学の学び

 (1) ワークショップにみたハワイ大学方式のPBL概要
 (2) 症状へのアプローチに長けた日本の学生と,基礎医学の実力のある台湾の学生
 (3) 基礎医学の実力なしには臨床問題解決の実力はつかない
 (4) 医師は常態論における人間の内部構造を熟知していなければならない
 (5) 人間の正常な内部構造を学ぶ解剖学と組織学
 (6) 受精卵が人間の体の構造を形づくる過程を学ぶ発生学
 (7) 基礎医学で学ぶのは人間という実体の構造と機能である
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 19 ―


posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 弁証法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/416120907
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック

<講義一覧>

 ・2010年5月例会の報告
 ・2010年6月例会の報告
 ・日本酒を楽しめる店の条件
 ・交響曲の歴史を社会的認識から問う
 ・初心者に説く日本酒を見る視点
 ・『寄席芸人伝』に見る教育論
 ・初学者に説く経済学の歴史の物語
 ・奥村宏『経済学は死んだのか』から考える経済学再生への道
 ・『秘密諜報員ベートーヴェン』から何を学ぶか
 ・時代を拓いた教師を評価する(1)――有田和正氏のユーモア教育の分析
 ・2010年7月例会報告
 ・弁証法から説く消費税増税不可避論の誤り
 ・佐村河内守『交響曲第一番』
 ・観念的二重化への道
 ・このブログの目的とは――毎日更新50日目を迎えて
 ・山登りの効用
 ・21世紀に誕生した真に交響曲の名に値する大交響曲――佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」全曲初演
 ・2010年8月例会報告
 ・各種の日本酒を体系的に説く
 ・「菅・小沢対決」の歴史的な意義を問う
 ・『もしドラ』をいかに読むべきか
 ・現代日本における「国家戦略」の不在を問う
 ・『寄席芸人伝』に学ぶ教師の実力養成の視点
 ・弁証法の学び方の具体を説く
 ・日本歴史の流れにおける荘園の存在意義を問う
 ・わかるとはどういうことか
 ・奥村宏『徹底検証 日本の財界』を手がかりに問う「財界とは何か」
 ・「小沢失脚」謀略を問う
 ・2010年11月例会報告
 ・男前はなぜ得か
 ・平安貴族の政権担当者としての実力を問う
 ・教育学構築につながる教育実践とは
 ・2010年12月例会報告
 ・「法人税5%減税」方針決定の過程的構造を解く
 ・ベートーヴェン「第九」の歴史的位置を問う
 ・年頭言:主体性確立のために「弁証法・認識論」の学びを
 ・法人税減税の必要性を問う
 ・2011年1月例会報告
 ・武士はどのように成立したか
 ・われわれはどのように論文を書いているか
 ・三浦つとむ生誕100年に寄せて
 ・2011年2月例会報告:南郷継正『武道哲学講義U』読書会
 ・TPPは日本に何をもたらすのか
 ・東日本大震災から国家における経済のあり方を問う
 ・『弁証法はどういう科学か』誤植の訂正について
 ・2011年3月例会報告:南郷継正『武道哲学講義V』読書会
 ・新人教師に説く「子ども同士のトラブルにどう対応するか」
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』誤植一覧
 ・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・新大学生に説く「文献・何をいかに読むべきか」
 ・2011年4月例会報告:南郷継正『武道哲学講義W』読書会
 ・三浦つとむ弁証法の歴史的意義を問う
 ・新人教師に説く学級経営の意義と方法
 ・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出
 ・横須賀壽子さんにお会いして
 ・続・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出
 ・学びにおける目的意識の重要性
 ・ブログ毎日更新1周年を迎えてその意義を問う
 ・2011年5・6月例会報告:南郷継正「武道哲学講義〔X〕」読書会
 ・心理療法における外在化の意義を問う
 ・佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」CD発売
 ・新人教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2011年7月例会報告:近藤成美「マルクス『国家論』の原点を問う」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む
 ・2011年8月例会報告:加納哲邦「学的国家論への序章」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論1三浦つとむの哲学不要論をめぐって
 ・一会員による『学城』第8号の感想
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論2 マルクス『経済学批判』「序言」をめぐって
 ・2011年9月例会報告:加藤幸信論文・村田洋一論文読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論3 マルクス「唯物論的歴史観」なるものの評価について
 ・三浦つとむさん宅を訪問して
 ・TPP―-オバマ大統領の歓心を買うために交渉参加するのか
 ・続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2011年10月例会報告:滋賀地酒の祭典参加
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論4不破哲三氏のエンゲルス批判について
 ・2011年11月例会報告:悠季真理「古代ギリシャの学問とは何か」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論5ケインズ経済学の歴史的意義について
 ・一会員による『綜合看護』2011年4号の感想
 ・『美味しんぼ』から何を学ぶべきか
 ・2011年12月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学、その学び方への招待」読書会
 ・年頭言:「大和魂」創出を志して、2012年に何をなすべきか
 ・消費税はどういう税金か
 ・心理療法におけるリフレーミングとは何か
 ・2012年1月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学,その学び方への招待」読書会
 ・バッハ「マタイ受難曲」の構造を解く
 ・2012年2月例会報告:科学史の全体像について
 ・『弁証法はどういう科学か』の要約をどのように行っているか
 ・一会員による『綜合看護』2012年1号の感想
 ・橋下教育基本条例案を問う
 ・吉本隆明さん逝去に寄せて
 ・2012年3月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第1章〜第4章
 ・科学者列伝:古代ギリシャ編
 ・2年目教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2012年4月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第5章〜第6章
 ・科学者列伝:ヘレニズム・ローマ・イスラム編
 ・簡約版・消費税はどういう税金か
 ・一会員による『新・頭脳の科学(上巻)』の感想
 ・新人教師のもつ若さの意義を説く
 ・2012年5月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第7章
 ・科学者列伝:西欧中世編
 ・アダム・スミス『道徳感情論』を読む
 ・2012年6月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第8章
 ・科学者列伝:近代科学の開始編
 ・ブログ更新2周年にあたって
 ・古代ギリシアにおける学問の誕生を問う
 ・一会員による『綜合看護』2012年2号の感想
 ・クセノフォン『オイコノミコス』を読む
 ・2012年7月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第9章
 ・科学者列伝:17世紀の科学編
 ・一会員による『新・頭脳の科学(下巻)』の感想
 ・消費税増税実施の是非を問う
 ・原田メソッドの教育学的意味を問う
 ・2012年8月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第10章
 ・科学者列伝:18世紀の科学編
 ・一会員による『綜合看護』2012年3号の感想
 ・経済学を誕生させた経済の発展とはどういうものだったのか
 ・2012年9月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・人類の歴史における論理的認識の創出・使用の過程を問う
 ・長縄跳びの取り組み
 ・国家の生成発展の過程を問う――滝村隆一『マルクス主義国家論』から学ぶ
 ・三浦つとむの言語過程説から言語の本質を問う
 ・2012年10月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・科学者列伝:19世紀の自然科学編
 ・古代から17世紀までの科学の歴史――シュテーリヒ『西洋科学史』要約で概観する
 ・2012年11月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章前半
 ・2012年12月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章後半
 ・科学者列伝:19世紀の精神科学編
 ・年頭言:混迷の時代が求める学問の確立をめざして
 ・科学はどのように発展してきたのか
 ・一会員による『学城』第9号の感想
 ・一会員による『綜合看護』2012年4号の感想
 ・2013年1月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』を読む前提としての世界歴史の全体像
 ・歴史観の歴史を問う
 ・2013年2月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』をどのように読んでいくべきか
 ・『三浦つとむ意志論集』を読む
 ・言語学の構築に向けてどのように研究を進めるのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年1号の感想
 ・改訂版・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・2013年3月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(前半)を読む
 ・3年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・2013年4月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(後半)を読む
 ・新自由主義における「自由」を問う
 ・2013年5月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第一部 東洋の世界(前半)を読む
 ・三浦つとむ「マルクス・レーニン主義に関する本質的な質問」から学ぶ
 ・言語は歴史的にどのように創出されたのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年2号の感想
 ・ヒュームの提起した問題にカント、スミスはどのように答えたか
 ・2013年6月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』東洋の世界(後半)を読む
 ・一会員による2013年上半期の振り返り
 ・認知療法における問いの意義を問う
 ・カント歴史哲学へのアダム・スミスの影響を考える
 ・2013年7月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界を読む
 ・2013年8月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第三部 ローマの世界を読む
 ・アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年3号の感想
 ・初任者に説く学級経営の基本
 ・カウンセリング上達過程における事例検討の意義
 ・文法家列伝:古代ギリシャ編
 ・ヒューム『政治論集』抄訳
 ・2013年9月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第四部 ゲルマンの世界を読む
 ・言語過程説から言語学史を問う
 ・2013年10月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』「第4部 ゲルマンの世界」第2篇を読む
 ・戦後日本の学力論の流れを概観する
 ・一会員による『育児の生理学』の感想
 ・文法家列伝:古代ローマ・中世編
 ・2013年11月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第4部 ゲルマンの世界 第3篇を読む
 ・古代ギリシャ経済の歴史を概観する
 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
 ・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
 ・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
 ・ヘーゲル『歴史哲学』を読む
 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
 ・世界歴史の流れを概観する
 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
 ・2014年2月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第3〜11章
 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか