2015年01月25日

『ビリギャル』から何を学ぶべきか(1/5)

1.『ビリギャル』から何を学ぶべきか

 最近、『ビリギャル』の略称で知られるようになった『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(株式会社KADOKAWA、2013年)が、話題になっています。日本出版販売株式会社が発表した2014年の年間ベストセラーにおいて、総合第4位、単行本ノンフィクション部門では、第2位を獲得しました。累計発行部数も55万部を越え、今年の5月には映画化が予定されています。

 『ビリギャル』は、高校2年にして学力は小学4年生レベル、偏差値30のギャル、さやかさん(もともとは聖徳太子を“せいとくたこ”と読んで「太った女子」だと発想するような状態でした)が、塾の経営者である坪田信貴氏の指導により、1年半で成績を大幅に向上させ、ついには慶應義塾大学合格に至った実話を扱ったものです。坪田氏自らが執筆しています。

 偏差値30から慶應義塾大学に入学するとは、どういうものなのでしょうか。ここについては、坪田氏が次のように解説しています。

「偏差値30というのは、全国で下位2%にいるという状態のことです。大学受験生は約70万人いますので、だいたい68万6千番目より下にいる状態と言えます。
 いっぽう、慶應義塾大学の合格可能性A(合格安全圏)判定には、偏差値70以上が要求されます。それは上位2%という意味ですので、1万4千番以内にいないといけません。
 つまり、さやかちゃんは1年半で67万人以上をごぼう抜きにしないといけなかったのです。
 当たり前ですが、普通に考えると、『不可能』以外のなにものでもありません。市民ランナーがオリンピックで金メダルを取ろうと言っているのに近いのです。」(本書p.117、以下ページ数のみの場合は同様)

 このように「不可能以外のなにものでもないこと」を坪田氏とさやかさんは成し遂げたということです。

 表紙の写真は金髪とミニスカでいかにもギャルといった感じの女子高生で、そこに“慶應義塾大学に現役合格した”というタイトルが掲げられており、多くの人の目に止まりました(ちなみにこのモデルはさやかさん本人ではありません)。

 この本には慶應義塾大学合格に至るまでのさやかさんの格闘レベルの勉強、坪田氏の指導と母親の非常に温かい支援、父親との確執などの様子が描かれています。最後には、すでに大人になりウェディングプランナーとして働いているさやかさん本人からの手紙もあり、読者の感動を誘うものになっています。実際にこれを読んで「前向きになった」という意見も多くあるようです。

 しかし、この本は単なる感動物語というだけでなく、いかにしてその感動を生み出したか、坪田氏自身の指導方法もかなり詳細に説明されています。そもそも本書執筆の動機として、坪田氏は次のように述べています。

「あなたには『自分にはゼッタイ無理』っていつしかあきらめてしまった夢がありませんか?この物語はそんな、ゼッタイ無理に挑んでみたある女の子のお話です。彼女は最初、周囲に言われました。
『お前にできるわけがない』
『恥ずかしいヤツだ』
『身のほどを知れ』
でも、僕は人間にとって一番大事なのはこの、ゼッタイ無理を克服した体験だと思っています。大丈夫。ちょっとしたコツを知るだけであなたにもそれができます。この奇跡はあなたにもきっと起こります。そのコツを知って欲しくて僕はこの物語を書きました。」

 つまりさやかさんが慶應義塾大学に合格してしまうような、そんな奇跡を起こすコツを知ってほしいという目的で書いたということです。これは現在、いわゆる落ちこぼれとされるような人に向けて、という意味もあれば、そういう落ちこぼれとされる人達を指導する立場の人に向けて、という意味もあるでしょう。実際、巻末には付録として「坪田氏人材育成のためのテクニック」が30ページほどつけられてもいます。

 落ちこぼれであった人間を(いわゆる)一流とされる大学に入学させた事実は非常に大きなものです。しかも坪田氏はそのプロフィールを見てみると、「これまでに1,300人以上の子どもたちを個別指導し、心理学を駆使した学習法により、多くの生徒の偏差値を短期間で急激に上げることで定評がある」とされています。こうした経験から導き出されたコツというものは重視すべきものだと言えるでしょう。

 しかし、「コツ」とはあくまでも個人の体験・経験の中で集約されてきたものにすぎません。坪田氏で言えば、高校生を対象とした大学合格という目的の下で行われる教育実践の範囲内でつかみとられてきたものにすぎません。したがって、そのコツを論理的に捉え返し、それは結局何をしていることになるのか、なぜそれが正しいのかという点を把握しておかなければ、つまり教育一般につながる論理として把握しておかなければなりません。そうでなければ、他の教育実践に役立てていけない、条件が異なれば役に立たないということにもなるからです。

 そこで本稿では、さやかさんを慶應義塾大学に合格させた坪田氏の指導とはどのようなものだったのかを明らかにし、これを教育学の観点から検討していきたいと思います。この作業を通して、教育一般に当てはまる論理を浮上させるとともに、教育者として、あるいは教育学者として学ぶべき点を明確にしたいと思います。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
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