2014年12月03日

一年間の育児を振り返る(1/5)

〈目次〉
(1)一年間の育児の中で何を学んだか
(2)子どもの実体の成長・発達
(3)子どもの認識の成長・発達
(4)親の認識の変化・発展
(5)育児は南郷学派の論理を再措定できる貴重な場である

――――――――――――――――――――

一年間の育児を振り返る(1/5)

(1)一年間の育児の中で何を学んだか

 近年,赤ちゃんの出生数が減っており,昨年も過去最少を更新したとして,次のようなニュースが報道された。

「出生数最少102万人,昨年,出生率は1.43,人口減少が加速。
2014/06/05 日本経済新聞 朝刊

 厚生労働省は4日,2013年の人口動態統計を発表した。赤ちゃんの出生数は前年から7400人減り,過去最少の102万9800人。死亡数は前年より1万2千人増え,最多の126万8400人となった。1人の女性が生涯に産む子供の数の推計値を示す合計特殊出生率(3面きょうのことば)は1・43と0・02ポイント上昇したものの,人口減少が加速していることが鮮明になった。(関連記事3面に)

 出生数は3年連続で過去最少を更新した。出産する世代と重なる15〜49歳の女性人口が2591万4千人と,22万1千人減ったことが大きい。

 出生数から死亡数を引いた自然減は23万8600人で過去最大。6年連続で最大値が続き,人口減少のスピードが増していることがうかがえる。

 平均初婚年齢は男性が30・9歳,女性が29・3歳だった。女性が第1子を産む年齢も30・4歳で,いずれも過去最高だった。晩婚化,晩産化の傾向が続いている。

 出生率は2年連続で上昇。05年の1・26を底に緩やかに改善している。人口構成比率の大きい団塊ジュニア(71〜74年生まれ)に連なる30歳代の女性の出産が多いためだ。」


 ここでは,合計特殊出生率は若干上昇したものの,出産する世代の女性人口が減った影響で,出生数が3年連続で過去最少を更新したことなどが報道されている。筆者の娘も昨年生まれたので,過去最少の102万9800人のうちの一人ということになる。

 娘誕生以来,約一年が経過した。乳幼児の痛ましい事故や事件もいくつも報道されている昨今,娘は大きな事故や問題もなく,無事に成長してくれた。そんな姿を見ると,親としてはうれしい限りである。しかし,現象的に問題がないように見えても,論理の光を当ててみると,非常に大きな問題が潜んでいるということも,なきにしもあらずである。人間を大きく統括するところの認識は,そもそも目に見えないものであるから,認識上の問題は,よほど論理的に捉える実力がない限り見抜けないものであるし,現象の背後にある構造上の問題も,これまたそれなりの論理能力がなければ見抜くことはできないから,油断はできない。たとえば,認識上の問題に関していえば,育て方によっては,においに敏感になりすぎたり,好き嫌いが激しくなってしまったりすることが瀬江千史『〔改訂版〕育児の生理学』(現代社)に説かれている。また,瀬江千史「看護のための生理学(43)」(『綜合看護』2012年3号)には,抱き方一つで首の座りやお座り,それに寝返り等が遅くなってしまうというような事例が説かれている。

 したがって,育児者たるものは,しっかりと育児と,育児の対象である赤ん坊とを論理的に捉えられるように訓練しなければならないといえるだろう。筆者はその一環として,半年前に,「半年間の育児を振り返る」と題して,それまでの自身の育児実践を振り返り,子どもの実体と認識の成長・発達,親の認識の変化・発展を,主として南郷継正先生らによって措定された認識論や「生命の歴史」を踏まえて,考察した文章を書いた。本稿は,その続編である。

 そもそも人間の成長にとって,赤ん坊の時ほど重大で重要な時期は他にないといえる。諺に「三つ子の魂百まで」とあるとおり,また,精神分析学を創始したフロイトが,幼少期の体験と成人期の精神病理の結びつきを強調したように,である。「半年間の育児を振り返る」の最後でも引用したように,瀬江千史先生は,この時期について以下のように説かれている。

「この時期の育て方の重要性は,たんに発達が急速であることによるのではなく,この時期の育てられ方が,それ以降の育ち方,すなわち「その人の人生」を決定してしまうところにあります。それはまさに「三つ子の魂百まで」の諺のとおりです。

 これを生理学的に説きますと,人間は成長しきって生まれてくるのではなく,成長の過程で生まれてくるからであり,「どのように成長させるか」で「どのような人間になるか」が決定し,いったんできあがってしまったものは,なかなか変えにくいからです。

 またこれを認識論的に説きますと,端的には,人間は外界を問いかけ的に反映するものだからです。つまり,人間は「その人らしい問いかけ」によって「その人らしい反映」をもつということをとおして,その人らしさが個性として花開き,結果として誰々という,なんの何某という個性をもった,しっかりとした個人に育っていくということです。」(『[改訂版]育児の生理学』p.271)


 ここで説かれているように,この時期の育て方がその後の人生を生理的にも認識的にも規定してしまうのであり,この時期の育て方によっていかなる個性にも育ちうる,という点で,非常に大切な時期といえるのである。

 過ぎてしまった一年間は取り戻せないが,この一年間の育児をしっかりと反省して,どのような気づきや学びがあったのかをしっかりとまとめておくことは,この後の育児にも活かせる点があるであろうし,弁証法・認識論の学びとしても大切であると考えている。

 そこで本稿では,これまで一年間の育児を振り返って,弁証法・認識論の観点から気づいたこと,学んだことをしっかりと認めていきたいと思う。前稿「半年間の育児を振り返る」では,まとめの部分で,育児ほど弁証法・認識論が学べるものは少ない,育児は弁証法・認識論の学びの宝庫である,と認めた。生まれてから半年の間に,系統発生でいえば単細胞段階から魚類,あるいは両生類段階までを機能として辿り返してしまうし,認識の発展も,「白紙」から急速に変化発展していくのであった。また親の側でも,その認識の変化・発展はすさまじく,これらを材料とすることによって,弁証法や認識論の生きた学びができることを説いた。

 今回も,前稿の形式に従って,「子どもの実体の成長・発達」「子どもの認識の成長・発達」「親の認識の変化・発展」という3つの側面に焦点を当てて,前稿からの認識の発展も踏まえて,順に説いていきたい。このような3つの側面を設定したのは,人間は実体と認識の統一体であり,子どもの成長・発達を見る際に,実体のみに目を奪われていては一面的だからであり,さらに育児の対象のみならず,その育児の対象たる子どもと相互浸透的に発展していく親の認識にも着目しなければ,育児の全体像を射程に入れたとはいえないからであった。本稿では,前稿で説いた生まれたばかりのころから半年までの期間にも必要に応じて触れながら,主として半年から一年の期間を中心に考察していくこととする。
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 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
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 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
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 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
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 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
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 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
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 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する