2014年10月05日

一会員による『学城』第11号の感想(12/12)

(12)原点の位置への戻りをくり返す正規分布図に従ったくり返しをなす

 本稿では,一会員による『学城』第11号の感想を認めてきた。特に,『学城』第11号全体を貫くテーマは「原点からの辿り返し」であるとして,「原点からの辿り返し」という観点から各論文を読み込み,今後の我々の研鑽の指針を引き出してきた。最終回にあたって,これまでの内容を要約しておきたい。今回は,各回ごとの要約ではなくて,学んだことを大きく総括する形で要約を行いたい。

 今回,『学城』第11号を「原点からの辿り返し」という観点から読み込んで学んだことは,大きく二つに分けられる。まず,スタート地点たる「原点」を押さえることと,そこからの「辿り返し」のプロセス・方法をしっかり理解して実践することである。

 まず,前者の「原点」を押さえるということについてである。ここでいう「原点」には二重性がある。第一に,個人としてのスタート地点ということであり,第二に,人類の学的認識のスタート地点ということである。では,個人としてのスタート地点=原点をなぜ押さえないといけないのか。それは,端的にいうと,自らの原点たる思想性・大志・使命といったものは,何度も何度もくり返しくり返し思い起こし,確認していかなければ,いつの間にか忘れ去ってしまって,当初志した方向とは全く別の道に進んでしまっているのに,そのことに気づかずに地獄への道を進んでしまうからである。玄和会の前衛部隊として創設された飛翔隊ですら,結成後10年でその原点たる思想性を忘れつつあったので,もう一度しっかりレポートを書いて,原点を押さえる必要があったのである。

 次に,人類の学的認識のスタート地点を押さえるとはどういうことであろうか。それは,我々学問体系の構築を志す者にとっては,しっかりと人類の学的認識の系統発生を辿り返す必要があるのであり,その人類の学的認識のスタート地点=原点たる,古代ギリシャの学問を押さえる必要があるということである。それでは,古代ギリシャの学問とはいかなるものであったのか。どのようにして人類の学的認識が誕生して,発展していったのであろうか。それは端的には,旧弁証法の実践であった。すなわち,対話・問答をくり返し,自分の認識=像を何とか相手に伝えるべく努力し,逆に相手の認識=像を受け取ろうとして,分からないところは質問し,納得できないところは反問し,ということをくり返すことによって,徐々に論理的に筋を通して考えることができる頭脳が創出されていったのが,古代ギリシャ時代であった。

 このような個人のスタート地点=原点と,人類の学問的認識のスタート地点=原点を押さえたうえで,そこから現在までの発展の流れを,何度も辿り返す必要があるのである。個人の発展の流れを原点から辿り返す方法としては,橋本論文のように,自身のこれまでのプロセスを自ら説くということが考えられる。また,北條論文にあったように,自らが書いてきた論文やレポート・日誌の類を読み返すという方法もあろう。こうして,自らが辿ってきた道を論理化すると直接に,もう一度今までの過程で培ってきた実力をより確かなものとしてものにすることによって,さらなる発展が可能となっていくのだと思う。

 人類の学問的認識のスタート地点=原点である古代ギリシャ時代から辿り返すとは,どのようなことであろうか。それは,我々も旧弁証法をしっかりと実践していくことであろう。すなわち,師や同志,そしてできることならば,弟子たちと,対話・問答をくり返していくことであろう。そうすることが「編集後記」で悠季真理先生が「読者諸氏には,本誌を通して,単に出来上がったそれぞれの学問分野の内実を学習するといったことではなく,各執筆者たちの学問構築へ向けての実践の過程とはいかなるものなのかをも読みとっていただけたらと願っている」(p.204)と説かれたことに応えることであろうと思われる。『学城』第11号では,いろいろな論文で,自らが行ってきた対話や問答の内容が具体的に再現されていた。このような対話・問答を,気が遠くなるほど継続していくことによって,ようやく論理的に筋を通して考えることができる頭脳が創出されるのであり,新弁証法=『弁証法はどういう科学か』を実力化できる前提が整うのだろう。

 『学城』第11号では,この旧弁証法を実践していくうえで,非常に示唆的な内容がいくつも説かれていた。まずは,相手の論に容易に納得しないソクラテス的頭脳を創っていくことが大切である,という点である。そして,ソクラテス的頭脳を発揮して,疑問に思ったり納得できなかったりしたところは,必ず相手に質問することである。これは,相手にしてみても,自分の論を,もう一度わかりやすく説き直すし,より筋の通った説明をしなければならないということになるのであるから,相手に対する協力でもある。

 また,実際に対話や問答の相手がいなくても,独りっきりの二人問答ができる。あることを問題化して,その問題について,もう一人の自分と頭の中で観念的に討論するのである。これによって,自分の説でもすぐに正しいと思い込むのではなく,容易に納得しないような頭脳を創り出すことができる。すなわち,自分のテーゼに対するアンチテーゼをあえて出し,そのアンチテーゼに対して,それを上回る論でもって再反駁していくことによって,自らの論の論理性をより高めていくことができるのである。

 もちろん,これは,頭の中で独りっきりの二人問答をするときだけでなく,「書くことは考えることである」を実践すべく,思索を言語化・文章化していくときにも留意すべき点である。すなわち,自分の説を一度提出して,それに対して想定される疑問や反論をあえて書く。そして,それに対して,さらなる反駁を丁寧に行っていくことによって,自らの論がより確かなものとなっていくと同時に,読者にも分かりやすいものとなっていくのである。

 自らの思索を言語化・文章化していくときには,特に論文を書いていくときには,もう一つ,留意すべきことがあった。それは,常に,論じている内容の原点から,または,論じている対象の原点たる一般論から説き返していくということであった。こうすることによって,発展の論理構造を踏まえた論の展開が可能となり,しっかりと自分の実力を向上させていくことができるのである。

 この発展の論理構造については,以前,本ブログで『綜合看護』2012年4号の感想を書いた時に,以下のように説いていた。自分の書いた文章を何度も読み返す意味でも引用したい。

「さて,今号の“夢”講義では,弁証法の学び方が正規分布図という観点から説かれている。すなわち,弁証法を学ぶ際には,必ず原点の位置へ戻ってそこから再び学び直すということをくり返す,正規分布図に従ったくり返しが必要だということである。これは何も弁証法の学び方だけでなく,武道にしても医学にしても,あらゆる上達過程に適用できる法則だといえる。

 まず核心的な部分を引用しておきたい。

「それで,当初の正規分布図の修練は少し上昇したら,元(原点)へ戻り,また少し上昇したら元へ戻りの繰り返しすらも,正規分布図として行うことが大切なのです。その初歩(原点)の立場への戻りを繰り返しながら徐々に頂点へと昇りつめ,その頂点の続行すらも初歩(原点)からの,つまり,元の位置への戻りを繰り返しながら修練を重ねることが大切なのです。」(p.91)


 これは,直接的には生命の歴史の発展過程の論理から導き出されたものであろう。カイメン段階の生命体は,しっかりと前段階である単細胞段階の発展のあり方を辿って実力をつけたのであり,次のクラゲ段階の生命体も,単細胞段階からカイメン段階までの発展のあり方を辿り直して,以前の段階の実力をしっかりと自らの実力と化したからこそのさらなる発展があったのであり,魚類段階も同様に,それまでの単細胞からカイメン,そしてクラゲ段階をしっかり辿り直すことによって,以前の段階を自らの実力と化したからこその魚類段階としての発展があったのである。同様に,両生類段階でも,哺乳類段階でも,サル段階でも,ヒト段階でも,人間でも,すべてそれまでの発展過程を原点から辿り直すことによってこそ,発展してこれたのである。生命の歴史を,一つの生命の発展過程=上達過程として捉えてみれば,まさしく原点の位置への戻りをくり返す正規分布図に従ったくり返しがなされてきたのだということができると思う。

 このように生命の発展から導き出した発展の論理構造は,あらゆる発展に適用することができるのだろう。発展し尽くして完熟してしまう前に,一度原点に戻って,そこからの発展を辿りに直す必要がある,ということだと理解した。」(一会員による『綜合看護』2012年4号の感想(5/5))


 このように,少し上ってはまた原点に戻り,そこからの過程を辿り返しながらまた少し上って,という形で,正規分布的な発展を重層的に積み重ねていくことこそが,真の発展のためには可能となるのである。したがって論文を書くときも,常に原点に戻ってそこから説き直すという作業が,学的認識能力を培っていくうえでは必須となる,ということだと思う。

 そして,実はこの発展の論理構造が,『学城』第11号を貫くテーマに大きく関わっていたのだと思う。個体発生的にも系統発生的にも,一歩前進したら常に原点にまで戻って,そこからの過程を辿り返してまた少し前進し,少し前進してはまた原点に戻ってまたそこからの過程を辿り返す,こういったことを何度も何度もくり返していって,ようやく,学問体系を創出することが可能となっていく頭脳を創出できるのだろう。

 したがって,我々も,以上のように『学城』第11号から学んだことを具体化し,それを踏まえた研鑽を行っていく必要がある。筆者の場合であれば,心理臨床を志した原点をしっかり,何度でも,確認しておく必要がある。もう一度認めておくならば,そもそも筆者は,大学入学時代に学中の学たる哲学に大いなる関心があり,世界全体を説きたいとの強烈な思いがあったのである。世界全体を説くには弁証法の学びだと信じて,学生時代は三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』を基本書として,南郷継正先生の著作に導かれながらひたすら弁証法を学んだ。しかし,何らかの専門領域を設定して,実践を通して学んでいかねばならないと思い,もっとも弁証法性に富んだ人間の認識を専門的対象として設定したのであった。人間の認識は,物質の発展の最高段階で誕生したものであるから,その物質の発展全体を押さえないことには,すなわち,世界全体を把握しないことには,新には理解できるはずもないものである。これは,当初の哲学を志向した筆者の傾向と合致するものであった。そして,人間の認識を極めるためにこそ,その実践領域として心理臨床を選択したのであった。このような自身の原点をしっかりと確認して,単なる一流の心理臨床家になることを目指すといったようなことがないように,自身の大志や思想性を常に確認してかかることが大切である。

 また,その原点から自分たちがどのような研鑽を行ってきたのかをしっかり辿り返すために,本ブログの小論や合宿レポート,個別指導のレポートなどを,読み返す作業も行っていかなければならない。書きっぱなしにするのではなく,そこで書いた内容をしっかりと自らの実力と化していかなければ,次なる発展はありえないのである。

 学問の歴史の系統発生を原点から辿り返すという意味では,何といっても会員同士の討論・問答をもっと活発にしていく必要がある。そのために,直接顔を合わせての議論の場を今まで以上に設定したい。具体的には,会員全員が集まれなくても,複数の会員が集える場を工夫していきたい。当面,共通するテーマの古典的著作を複数のメンバーで読み進め,それについて交流する場を週に1回ほどつくった。このような形態をできるだけ多く取り入れていきたい。

 また,空き時間に独りっきりの二人問答を実践したり,自分が文章を書くときは,自説に対して容易に納得せずに,あえて疑問・反論を書いて,さらにそれを上回る論で再反駁していくという流れで説いていくようにする。さらに,筆者の専門は認識論であるから,何かを説くときは常に,認識とは何か,観念的二重化とは何か,さらには人間とは何かといったような一般論=原点から説いていくことを心がけるようにする。

 このような研鑽を行ってこそ,旧弁証法の実力が培われていくのであり,学問体系を構築しうる頭脳が創出されていくのである。今回学んだことを決して忘れないように,本稿も何度も読み返し,やるといったことは実際にやれるように,毎月の学習目標の設定の中で具体化していったり,学習の振り返りの文章で実践していったりしていきたい。


(了)
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 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言