2014年08月31日

もう一人の自分を育てる心理療法(2/5)

(2)自分を客観的に見るセルフモニタリング

 本稿は,精神的な問題や精神障害に大きくかかわる観念的二重化という視点から,筆者が臨床上使うことが多い認知行動療法という治療法をとらえ返そうとする試みです。

 今回は,認知行動療法で前提的な技法とされている「セルフモニタリング」という技法を取り上げて,考察したいと思います。

 セルフモニタリングというのは,文字通り,自分で自分を観察するということです。認知行動療法においては,クライエント(認知行動療法を受けにきた人)が,自分で自分の状態をしっかり把握して,自分で問題の維持要因となる認知(ものごとの受け止め方,考え方)や行動を特定し,それを変えることによって,問題を解決したり症状を軽減したりしていこうとします。その際,自分をしっかり客観的に眺めることができている,ということが前提となります。その前提となる,自分で自分を客観的に眺める,自分で自分をしっかりと観察するということがセルフモニタリングと呼ばれる技法なのです。

 たとえば,うつ病に対する認知行動療法では,初期の段階で活動記録表というものを書いていただくことが多いのですが,これが典型的なセルフモニタリングのためのツールです。活動記録表というのは,毎日の活動内容を一時間単位くらいで記録していき,同時にその活動をした時の気分・感情も数値として書いていただくというものです。観察し測定する気分・感情は,そのクライエントに適したものを自由に選択すればいいのですが,最初は漠然と,「気分が悪い〜気分が良い」を「−5〜+5」くらいの数値で評価してもらってもいいでしょう。具体的には,以下のようなものになります。

6:00
7:00
8:00
9:00
10:00 起床 −4
11:00
12:00 食事 −3
13:00 テレビ −1
14:00 ゴロゴロ −2
15:00
16:00 部屋の掃除 +1
17:00 ゴロゴロ 0
18:00 テレビ 0
19:00 食事 0
20:00 シャワー +2
21:00 テレビを見ながらゴロゴロ −2
22:00
23:00
24:00 就寝(なかなか寝付けず) −3


 これはうつ病のクライエントのモデルケースですが,このように,一日の活動とそのときの気分を記録していき,1週間分を一枚の用紙にまとめるのが普通です。記録は何らかの活動をしたらすぐに書き込んでいくのが理想ですが,最低でも午前中に一回,夕方に一回,就寝前に一回と,1日3回くらいはこまめに振り返って記入していくことが求められます。

 さて,このモデルケースに沿って考察していきましょう。このような生活を送っているうつ病のクライエントは,「毎日,テレビを見ながらゴロゴロしているだけで,何もしていません」と語られることが多いです。しかし,セルフモニタリングの課題を出して,このような活動記録を書いていただくと,決して「何もしていない」わけではなく,食事もしているし部屋の掃除もしている,シャワーも浴びているということが明らかになります。すなわち,「何もしていない」というのは過度の一般化であり,確かにテレビをみたりゴロゴロしたりしている時間が多いとはいえ,確実に行っている行動を無視しているということに,自分自身で気づいていかれるわけです。

 「自分は何もしていない」「自分はテレビを見てゴロゴロすることしかできない」,こんなことばかり考えていたら,気分がますます落ち込んで,ますます鬱々としてくることになってしまいます。しかし,「自分にはできていることもある」とか「シャワーを浴びたら気分が良くなった」とかいうことに気がつけば,多少なりとも気分の落ち込みが改善する見込みが出てきます。シャワーの他にも,気分がよくなる活動を見つけていこう,という治療方針も出てきます。

 また,うつ病の方は不眠に悩まされているのが普通です。上記のような毎日を送っておられるクライエントが,「24時ごろに寝ようと思ってベッドに入るのですが,なかなか寝付けなくて」とおっしゃったとしたら,どうでしょうか。「うつ病の症状だからしかたがないな。薬をしっかり飲むようにお伝えしよう」と考えるでしょうか。このようなときにも,治療の方向性を示すものとして,活動記録表が使えます。上のような活動記録を見ると,何か気づかないでしょうか。そうです。朝10時という遅い時間に起床している上に,日中や夜21時以降に,ゴロゴロしている時間が非常に多いのです。これではいざ寝ようとしても眠れないだろうなということは,容易に理解できるはずです。したがって,治療の方向性としては,朝,可能であればもう少し早い時間に起きるとともに,ゴロゴロしてしまっている時間帯に,何か少しでも楽しいと思えるような活動をすることはできないか,相談して決めていく,ということになるわけです。

 このように,認知行動療法では,セルフモニタリングの課題を出して,それを通して直接に治療効果を狙ったり,媒介的に治療の方向性を探ったりしていくわけです。

 それでは,このようなセルフモニタリングを,認識論的に,観念的二重化の観点からとらえ返すと,どうなるでしょうか。端的には,自分を客観的に眺める立場への移行,ということになります。すなわち,冷静なもう一人の自分を創出して,そのもう一人の自分が,自分の行動や気分などを第三者として観察できるように訓練していくということです。ここで重要なのは「冷静な」という部分です。冷静に,できるだけリアルに,客観的に,自分自身を眺めることができるようになることが,うつ病の治療としては大切になってきます。

 どういうことかというと,先ほども例に挙げたように,うつ病患者は基本的に悲観的になっており,「自分は何もできない」のような思い込みでもって自分の活動をとらえがちです。「自分は何もできない」というような問いかけで自分の生活を振り返ってみると,本当にできない部分ばかりが反映してしまって,ますます「自分は何もできない」という過度の一般化を強化してしまい,その結果,ますます気分が落ち込んでいくという悪循環に陥ってしまいます。また,あいまいな記憶に頼っていると,適切な治療方針も立てられないことになります。

 そこで,できるだけ冷静に自分を眺められるようなもう一人の自分を育てていく必要があります。そのために有効な技法が,セルフモニタリングなのです。活動記録表を書くように指示されれば,一時間単位で,「何をしていたかな」と振り返ることになり,もう少し後で「自分は何もできない」という問いかけで振り返った時には漏れていた事実や,あいまいな記憶には残っていなかったような事実も,しっかりと確認でき,記録として残っていくことになります。このような記録もなしに,1週間ごとの面接場面で,1週間の出来事を振り返れば,たとえ的にいうとうつ病にとって都合のいい事実,すなわち本人にとってネガティブな事実だけが不公平にピックアップされて,頭の中によみがえるということになってしまいます。これは,まさにうつ病がそうしむけるのですから,しかたありません。これに対して,一時間ごとに振り返って活動記録表を書いていけば,客観的に自分の行動や気分を眺めざるをえなくなるのであり,アダム・スミスが言うところの「公平な観察者」が育ってきて,その立場から自分を観察することが可能となっていくのです。

 うつ病の方は,もともと悲観的な見方をする傾向が強かったにせよ,そうでなかったにせよ,うつ病と診断される状態になった現在では,自分に対してかなり悲観的な見方・考え方をされています。だから,セルフモニタリングを通して,客観的に自分のことを観察できるもう一人の自分を育てていくことが,治療的に働く(治療としての意味を持つ)ことになるわけです。

 さらに,客観的に自分を眺めて得たデータは,客観的なデータであり,それに基づいて治療方針を考えていくと,より適切な治療を行える可能性が高まってきます。何かを変化させようとする場合,その対象を客観的に把握できていればいるほど,思い通りに変化させることができる可能性は高まるものです。うつ病の治療でも同じことです。変えようとする対象,すなわち自分自身のことを,客観的に把握できていればいるほど,適切に治療できる可能性が高まっていくのです。逆にいえば,あやふやな記憶や思い込みに基づいて治療方針を判断していては,的外れな介入になる可能性が高いのです。このような媒介的な意味においても,セルフモニタリングは治療上不可欠であるということができるでしょう。
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 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言