2014年05月08日

『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想(1/5)

(1)『育児の認識学』の学問史上の意義とは

 最近,育児に関わる残念なニュースが立て続けに報道されている。3月中旬に埼玉県富士見市で,ベビーシッターに預けていた2歳の赤ん坊が死亡する事件が起こった。近年,保育施設の不足を背景として,ベビーシッターの需要が増えており,被害にあった母親もインターネットのベビーシッター紹介サイトを通じて8か月の次男と一緒に預けていたという。

 また,児童虐待も増えているという。東京新聞の社説には,次のような記事が載っていた。

「児童虐待増加 まず,命を守りたい

2014年3月17日


 子どもへの虐待が増えている。頼るべき親の下で苦しむ子をどう見つけ,保護へとつなぐのか。虐待の影には親の苦境も潜む。児童相談所や警察など関係機関,地域のさらなる連携が望まれる。

 東京都葛飾区で一月末,二歳の女児が暴行されて死亡した事件で,無職の父親が逮捕された。女児の腹を踏み付け死亡させた疑いがもたれている。

 愛知県豊橋市ではトラック運転手の父親が,一昨年に双子姉妹を入院先の病室や自宅アパートなどで暴行し,死亡させたとして逮捕された。

 幼い子どもの体に残った四十カ所のあざ,頭蓋骨骨折の傷…。残酷な死亡事件はあふれる虐待ケースの氷山の一角である。

 昨年一年間に全国の警察が虐待の疑いがあるとして,児童相談所に通告した十八歳未満の子どもの数は初めて二万人を超え,過去最多を更新した。この十年間で二十倍を超える勢いである。

 児童虐待防止法では一般の人にとっても通告は義務と定められている。学校や病院だけでなく,「子どもの泣き声が聞こえる」と,住民からも通報が寄せられるようになった。虐待への関心の表れだろう。

 通告のケースは「心理的虐待」が半数以上を占める。子どもに直接心ない言葉をぶつけるのを目撃してのものだ。子どもの前で配偶者に暴力をふるう「面前DV」も急増し,虐待だという認識が広がりつつある。「身体的虐待」や「育児放棄」も前年より18〜8%増えた。

 大切なのは,児相や警察が関係機関と情報を共有し,子どもの安全を確かめ,救出や保護に連携を強めることだ。虐待を生まない支援や環境をどう整えていくかも考えたい。」


 この記事では,親の苦境もあって,児童虐待が増えてるとされている。「虐待を生まない支援や環境をどう整えていくかも考えたい」とも書かれている。

 ベビーシッター事件にしろ,児童虐待増加にしろ,近年はこうした育児の問題が増えてきている。当然,核家族化による育児方法の世代間伝達が阻まれていることや,保育所不足によって待機児童が非常に増加していることなどの,社会的な背景が存在していることは確かであろう。それにしても,まだ小学校にも入学していないような子どもがこのような事件や虐待によって傷害を負ったり,ましてや命をなくしたりすることは異常な事態であり,何としてでも解決していく必要があるといえるだろう。

 実は,このような育児にかかわる問題を根本的に解決することにつながる福音書が,15年ほど前に出版されている。それが本稿で感想を認める海保静子『育児の認識学』(現代社,1999年)である。育児に臨む親がこの書に学び実力をつければ,子どもの認識の発展について見通しが持て,心の余裕をもって育児にあたることができるであろう。そうすれば虐待も減るはずである。また,この書で説かれているようなあるべき実力を持った専門職としての保育士がしっかり養成されるような教育体制が整えられ,その専門性に見合った給料が支払われて保育の仕事をする人間が増え,現在問題になっているような待機児童の問題が解消されれば,母親は安心して子どもを保育園に預けられるようになるのではないだろうか。

 筆者にも昨年子どもができ,自らの育児実践に『育児の認識学』を生かしていきたいと考えて本書を読み返した次第である。実際に育児をしてこそ汲み取れる内容というものが,本書にはあると思われる。これまでの数か月にわたる育児実践の中でも,非常に役に立ったと感じるところが多々あるが,それはまた別稿で論じていきたい。

 『育児の認識学』は,このようにより見事な育児をすることができる可能性を秘めた内容を持っている。しかし,それだけにとどまらない。学問としての認識論を新たな段階に押し上げたという学問的な意義があると思う。

 著者の海保静子先生の師である南郷継正先生は,折に触れて,三浦つとむから学んできたと説いておられる。当然,弁証法だけではなく,認識論も三浦つとむからから学んできたはずである。では,三浦認識論と比較して,『育児の認識学』で説かれている内容は,どこがどう違うのであろうか。もっと言うと,三浦認識論がいかに発展させられているのであろうか。『育児の認識学』は学問史上,いかなる意義を有した書物なのであろうか。本稿では,この問題を一会員の感想として考察していきたいと思う。

 なお,『育児の認識学』の目次は以下である。これを眺めただけでも単なる育児書とは一線を画することを理解していただけるであろう。


『育児の認識学』目次

育児にまじめに取り組まれているお母さんに 南郷継正
医学の立場から推薦します 瀬江千史

まえがき

【 本 篇 】
 
第1編 認識論から説くこどもの発達の構造
 
 第1章 赤ちゃんの誕生時の認識
 
  第1節 専門外から説く保育論の誤り
  第2節 こどもにとってあそびとは何か
  第3節 唯物論から説く認識の誕生
  第4節 誕生時の認識
  第5節 認識は五感器官をとおして誕生する
  第6節 誕生時のお母さんと赤ちゃんの生理構造
 
 第2章 意志の芽ばえから意志の形成へ
 
  第1節 個性誕生の原点
  第2節 赤ちゃんの目がみえる ―観念論的見解を論ず
  第3節 感覚像から感情像への転化
  第4節 意志の芽ばえの認識論的展開
  第5節 内界および外界からの反映による感情像の形成過程
  第6節 不快感を消すために泣くことによる意志形成の過程
  第7節 母乳と人工乳による意志の形成過程の違い
  第8節 やりたいことの像の形成・明確化
 
 第3章 赤ちゃんの発育過程の認識論的解明
 
  第1節 お座りの認識論的意味
  第2節 人見知りへの過程を認識論から説く
  第3節 育て方の違いによる意志形成の違い
  第4節 人見知りの過程的構造
  第5節 赤ちゃんとおとなの像の違い
  第6節 寝がえり,ハイハイによる認識の発展
  第7節 立つこと,歩くことによる認識の発展
 
 第4章 こどもの認識の発展
 
  第1節 五感情像を豊かにするとは
  第2節 知識的像と五感情像の違い
  第3節 反抗期の認識論的解明
  第4節 自分の他人化による認識の発展
  第5節 社会的認識の形成過程
  第6節 お母さんのはたらきかけはどのようにあるべきか
 
第2編 認識論の基礎を説く
 
 第1章 認識とは何か
 
  第1節 認識とは何か
  第2節 認識論とは何か
  第3節 育児にとってなぜ認識論が必要か
  第4節 認識のあり方を像→絵として描く意味は何か
 
 第2章 観念的二重化とは何か
 
  第1節 しつけにかかわる1事例
  第2節 観念的二重化とは何か
  第3節 観念的二重化から事例を解く
 
【 理論的学習編 】
 
第1編 理論的な学びのための「認識論から説くこどもの発達の構造」
 
 第1章 理論的な学びのための「赤ちゃんの誕生時の認識」
 第2章 理論的な学びのための「意志の芽ばえから意志の形成へ」
 第3章 理論的な学びのための「赤ちゃんの発育過程の認識論的解明」
 第4章 理論的な学びのための「こどもの認識の発展」
 
第2編 理論的な学びのための「認識論の基礎を説く」
 
 第1章 理論的な学びのための「認識とは何か」
 第2章 理論的な学びのための「観念的二重化とは何か」

あとがき

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 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
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 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか