2014年04月14日

2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章(1/10)

(1)報告者から提示されたレジュメ

 本年,わが京都弁証法認識論研究会は,ヘーゲル『歴史哲学』とセットで理解すべきヘーゲル『哲学史』を理解するための準備段階として,南郷継正先生も著書で推薦されているシュヴェーグラー『西洋哲学史』(岩波文庫)を一年かけて読破し,その内容を主体的に掴み取ることを例会の目標として掲げています。1月の例会では,主として哲学の歴史の全体像を確認しました。これを踏まえて2月の例会では、イオニア自然哲学者からソフィストまでの内容を扱いました。

 これを踏まえて3月例会では,シュヴェーグラー『西洋哲学史』の第12章から第14章まで,すなわち,ソクラテスからプラトンまでの内容を扱いました。本例会報告では,まず例会で報告されたレジュメを紹介したあと,扱った範囲の要約を4回に分けて掲載し,次に,参加者から提起された論点について,どのように議論をしてどのような(一応の)結論に到達したのかを紹介していきます。最後に,この例会を受けての参加者の感想を紹介したいと思います。

 今回はまず,報告担当者から提示されたレジュメを紹介することにします。


2014年3月例会
シュヴェーグラー『西洋哲学史』
第12章ソクラテス〜第14章プラトン

*時代背景の確認
・ソクラテス(BC470〜399)
・プラトン(BC427〜347)
(・アリストテレス(BC384〜322))

 アテネでは,BC594年のソロンの立法,BC508〜507年のクレイステネスの改革を経て,民主政治の基礎が確立する。BC500年から始まったペルシア戦争中のBC478年に,アテネはデロス同盟を結成,その盟主となる。ペルシア戦争に勝利したアテネでは,軍艦の漕ぎ手として活躍した無産市民の政治的発言権が増大し,民主化が徹底される。そして,BC443年〜429年のペリクレス時代に最盛期を迎える。

 しかし,最盛期は同時に没落の始まりであった。BC431年〜404年のペロポンネソス戦争に敗れたアテネでは,民主政治が混乱し,貧富の差が増大し市民が没落していく。扇動政治家(デマゴーゴス)が民会を牛耳るようになっていく。

【1】ソクラテスが数多くの対話を始める
 ソクラテスの哲学的思考は個人的な行状であって,彼の生活と教説とは分かつことができない。彼は会話の形で教授し,朝早くから夜遅くまで,老若の人々と人生の目的や使命について語り合いながら,彼らにその無知を自覚させて,彼らのうちに眠っている知識欲を目覚めさせるために働いた。ところが,彼は国家の認める神々を認めず新しい神を導き入れ,青年を腐敗させるものとして告訴された。死刑宣告を受けた彼は,脱獄の勧めを斥けて,毒杯をあおいだ。

 ソクラテス以前の哲学の本質的特性は自然研究であった。しかし,ソクラテスがあらゆる哲学的思考の出発点と見なしていたものは,自己認識すなわちデルフォイの「汝自らを知れ」であった。こうして初めて精神は自分の本質へ向かうこととなった。また,ソフィストたちが主観的反省によってあらゆる客観的規準を不可能にしようとしたことに反して,ソクラテスは,自由で客観的な思想こそあらゆるものの尺度であることを認識することによって,倫理的義務その他すべての倫理的行為は個人の意見や好みに由来するものではなく,精神の本質である正しい知に由来するものとしたのであった。

 ソクラテスのこの倫理的努力は,論理的には,概念の確定および概念形成の方法を前提していた。この方法の消極的側面は,ソクラテス的エイロネイアである。彼は相手から教えを乞うように見せかけながら質問を浴びせ,思いがけぬ結論を導き出し,相手を矛盾に巻き込むことによって,当人がもっていると思いながら,実際はもっていない知識を混乱させる。積極的側面は,助産術である。この助産術は,ソクラテスが相手にひっきりなしに質問し,質問しながら相手のもっている観念を分析して,当人が以前意識していなかった新しい思想を誘い出し,当人が新しい思想を生み出すのを助ける,という機能をもつものであった。これに用いられた主な手段が帰納の方法,表象を概念にまでもちきたす方法であった。

 ソクラテスの徳は知であるという命題から,その論理的帰結としてすべての徳の同一性が生じ,その実践的帰結として徳は教えることができるということが生じる。この三つの命題によってソクラテスは道徳論の学的取り扱いに最初の礎石をおいた。

*報告者コメント
 ソクラテスは文章が書けなかったのが原因で,哲学的な実力はそれほどなかったものの,数多くの問答をなして,それが弟子のプラトンに大きな影響を与えたと思われる。すなわち,プラトンが師の問答のあり方を振り返って,弁証の方法は学問の冠石であると規定するまでに達したのである。われわれも,当然に問答を開始することは非常に大切であるが,それにとどまることなく,問答の過程を反省し,それを文章化することによって,討論・論争のレベルにまで発展させていかなければならない。


【2】小ソクラテス学派はソクラテスを全的に継承できなかった
 ソクラテスを継ぐ学派はソクラテスを典型として理解していたが,それぞれが一面的であった。アンティステネスとキュニコス学派は徳の理想を無欲だけであるとした。アリスティッポスとキュレネ学派は快楽が人生の究極目標であり,最高善であるとした。エウクレイデスとメガラ学派はソクラテス的原理とエレア的原理を結合した。この三学派はそれぞれ,ストア,エピクロスの学説,懐疑論への過渡をなしている。全ソクラテスを理解し表現したのは,弟子たちのうちでプラトンだけであった。

*報告者コメント
 ここは,師の説を選り好みすることなく,全的に継承しようとしなければ,発展はありえないのだということを示す典型的な事実であろう。また,時代は変わっても,人間の発想は似かよったものであるということも示していると捉えることもできよう。


【3】プラトンは当時の成果をまとめて弁証法の重要性を指摘した
 プラトンの哲学は本質的に発展史である。修業時代のソクラテス的時期は,内容的には反ソフィスト的,倫理的であるが,師を模写するにとどまっている。絶対的な内容の確実性,善の客観的実在性を確立しようとする試みがこの時代の最高点である。遍歴時代に相当するヘラクレイトス=エレア的時期は,イデア説を提示し,ソクラテス哲学とエレア哲学との融和をはかっている時期である。プラトンはエレア的原理を弁証法的に発展させ,一が同時に多を自分のうちに含むものであり,有機的な総体でなければならないことを示そうとした。第三期はプラトンが帰郷し,アカデメイアの学頭として活動する時期である。ピュタゴラス主義の影響が増大し,心理学・倫理学・自然科学等の具体的領域へイデア論が適用されていく。

 プラトンの体系は,論理学(弁証法),自然学,倫理学の3つに区分される。弁証法とは,絶対に存在するものあるいはイデアにかんする学のことである。そして,イデアにかんする思考をプラトンは知識と呼んだ。プラトンはソクラテスに概念的認識の理念を負い,ヘラクレイトスによって感覚界の流動を認めるようになり,エレア説によって絶対的実在の世界を措定するようになった。『ソフィステス』で彼は,非有の実在性を確認し,有と非有との関係,すなわち概念一般について結合および分離の関係を研究している。その上で『パルメニデス』では,一は多なしには考えられず,多は一なしには考えられない,両者は必然的に前提しあい制約しあっているという根本思想を述べている。プラトンによると,眼に見える世界はイデアと質料との混合から生れるのであり,質料は形而上学的表現によれば「他」と呼ばれるが,弁証法的に考究すれば,論理的必然をもって非有であると同程度に有である。彼はこの困難に気づいていたから,質料について,比喩や象徴をもって語るにとどめざるをえなかった。プラトンは,それ自身は無前提で他のものの根拠をなしている最高のイデアを善のイデアであるとした。

 プラトンは自然研究にあてたただ一つの著作である『ティマイオス』において,デーミウルゴスがイデアの世界と物質界の萌芽を含んでいる塊を混合して,世界に秩序と運動を与える世界霊魂をつくったという宇宙発生論を説いている。彼の自然観は目的論的であって,世界を理性の似姿として理解する根本観念にこそ哲学的価値がある。プラトンは魂を理性的なものと欲求的なものとに区別し,両者を媒介する勇気をおいている。魂のうちには故郷であるイデアの世界へのあこがれが残っており,それは感性界のにごった映像によってひきおこされるイデアの記憶や美しいものにたいする熱情などのうちにあらわれる。

 プラトンの倫理学はイデア論の実際的適用である。プラトンのいう最高善,最高の目的とは,真実で理想的な存在へ自己を高めることである。プラトンにとって哲学は,魂がその真の本質へ帰ることであり,その中で失われたイデアの世界の認識を再び手に入れる。プラトンは,ソクラテスと同様に,徳が知識であり,教えうるものと信じている。彼の魂の三分説では,理性の徳が知恵であり,勇気の徳が勇敢であり,感性的欲求の徳が節制である。この三つの徳を結合し統一する徳が,公正であるとされる。プラトンは,完全な全体としての倫理生活は国家であり,国家のうちで国家によって,質料は完全に理性的に作りあげられるとしている。プラトンの『国家』の真の内容は,理念へ高められたギリシャの国家生活である。そこに一貫している根本性格は,国家生活すなわち普遍的なものへ個人をまったく委ね去っていることである。プラトンは絶対王政をすべての政体のうちの最良のものとし,哲人が統治者となるか,現存の統治者が深く真実に哲学するときのみ,国家はその目標を達成することができると説く。プラトンは三つの階級,すなわち,理性に対応する統治者,勇気に対応する防衛者,感覚的欲望に対応する生産者という三つの階級を想定した。

 プラトンは哲学を現実に観念論的に対立させた。これはより実在論的な物の見方によって補わなければならなかった。それはアリストテレスにはじまる。

*報告者コメント
 プラトンがギリシャ各地を遍歴して,「ソクラテス以前の哲学」と呼ばれる知見を吸収していった(つまり,当時の最先端の認識との相互浸透を図っていった)というのが興味深い。逆にいうと,師であるソクラテスには,そこまでの教養はなかったということではないか。

 また,プラトンはアカデメイアの学頭(弟子たちと問答を行い,弟子たちをしっかり指導・教育していく立場)となり,後には衰退するアテナイの存亡を賭けて,国政に対して全責任を負って助言を与える立場に立ったことが,学的認識の発展を促したということも,けっして忘れてはならない重要なポイントであろう。
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 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて