2014年04月09日

新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」(1/5)

目次

(1)新大学生として如何なる目標を立てるべきか
(2)そもそも学問とはどういうものか
(3)一般教養の学びがなぜ重要か
(4)弁証法・認識論とはどういうものか
(5)京都弁証法認識論研究会でともに学ぼう

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1)新大学生として如何なる目標を立てるべきか

 この春から新しく大学生活を始めることになったみなさん、おめでとうございます。長く苦しかった受験勉強からようやくにして解放され、これからスタートする学生生活に大きな期待を抱いていることでしょう。大学生として過ごすこれからの4年間は、みなさんの人生のなかでも例外的といってよいくらいに自由な時間に溢れたものとなります。自由な時間というのは、どのような過ごし方をしようが(どんなことをしようが、あるいは何もしなかろうが)、それは全てみなさんの勝手である、ということです。しかし、これは同時に、みなさんの大学生活4年間がどのような結果をもたらそうとも、それもまた全てみなさん自身の責任である! ということをも意味するのです。それだけに、大学生活を何らかの意義あるものとしていきたいならば、大学生活のスタート地点において、どのような目標を持ってどのように毎日を過ごしていくのか、しっかりと考えておくことが欠かせません。

 それでは、新大学生として、これからの大学生活に対してどういう目標を立てればよいのでしょうか。自分の人生は他の誰のものでもない自分自身のものなのですから、どういう目標を立てようと(あるいは立てなかろうと)自分の勝手だ! ということにもなりそうです。しかし、ここで考えてみなければならないのは、人間は決して一人だけで生きているのではない、ということです。自分の人生は他ならぬ自分自身のものとはいえ、他の人たちの人生から切り離されたものとして、孤立して存在しているわけではありません。ですから、自分がどのような目標を立てて人生を歩んでいくかということは、良かれ悪しかれ、多かれ少なかれ、他人の人生に影響を与えずにはおかないのです。逆に、自分の人生が、良かれ悪しかれ、多かれ少なかれ、他の人たちの人生からの影響を受けていることも、また確かなことでしょう。ぐっと大きな視点からいえば、自分の人生と他人の人生とは、歴史の大きな流れのなかでしっかりと絡み合っているのです。私たちは、人類全体として文化を発展させてきた、その歴史の流れのなかに生きているからこそ、私たちが人間としてしっかりと生きたければ、自らの人生を現代の社会的な関係のなかでしっかりと位置づけた上で、人類が歴史的に発展してきた流れをもしっかりと視野に入れて、その流れに合わせて生きるように努めていかなければならないのです。大学生活のスタート地点において目標を立てる際には、最低でも以上のようなことを踏まえて、「社会のなかでどのような役割を担って生きていきたいのか?」と問うていかなければならないわけです。

 しかし、「社会のなかでどのような役割を担って生きていきたいのか?」という問いは、なにも大学生に限らず、社会のなかで生きる全ての人間が考えなければならないレベルの問題であるもといえます。この抽象的なレベル(本質的なレベル)の問いに対する答えを「4年間の大学生活をどのように過ごしていくべきか?」という具体的なレベルの問いに対する答えと同一視するわけにはいきません。この2つの問いを媒介する(つなぐ)ためには、「大学は社会のなかで如何なる役割を担っているのか。また、大学に所属する学生は如何なる社会的責任を負っているのか」というように考えていく(アタマを働かせていく)ことが必要です。

 それでは、そもそも大学とは、社会のなかでいったどのような役割を担っている存在なのでしょうか。この問いに対して見事な解答を与えた書として、ここで是非とも紹介しておきたいのは、東京帝国大学(現東京大学)経済学部の教授であった河合栄治郎(1891年〜1944年)が著した『学生に与う』(現代教養文庫)です。著者の河合栄治郎は、戦前の日本を代表する戦闘的な自由主義知識人であり、理想主義(個々人の人格の成長に最高の価値を置き、社会の成員全ての人格の成長が実現される社会を理想とする思想)を掲げてマルクス主義と鋭く対立するとともに、軍国主義にも強く抵抗する姿勢を示していました。この『学生に与う』は、1939年に軍部の弾圧によって教壇を追われてしまった著者が、その翌年の3月、それまでの20年間に及ぶ教育実践の成果を全て注ぎ込んで一気呵成に書き下ろしたものであり、大学生活とはいったい如何なるものであるべきかを、学生たちに向かって熱く説ききったものです。大学生活をスタートさせるにあたっての必読の書として、新入生のみなさんに強く推薦しておきたいものです(残念ながら社会思想社の教養文庫版は絶版になっていますが、現在は文元社から教養ワイドコレクション版が出ています。また、電子版の購入も可能です)。

 さて、この書のなかで、河合栄治郎は、大学の社会的な位置、学生の社会的責任について、以下のように説いています。

「社会は文化の伝統を継承して、これを後代に伝えるものを必要とする。ここに文化というのは……要するに精神の自然への克服の所産であって、科学、哲学、宗教、芸術、道徳、法律、政治、経済等々の総合である。過去より伝承したこれらの文化を、現代に理解させ、消化させるのが教育の目的であり、小学から中学に至る教育もこれを目的とするのであるが、こうした初等教育、中等教育ではわずかに初歩的の程度にとどまるので、とうてい不充分たるを免れない。そこで教育の目的を完成せしめるためには、さらに高等の教育を必要とする、もとよりそれだけで教育の目的が達せられるのではないが、少なくともその基礎だけをおくことができるだろう。社会はただに文化を消化理解して、過去の文化を相続するだけで満足することはできない。そこで継承した文化をさらに発展させ、新たなる文化を創造させなければならない。社会が高等教育に俟つところはかくのごとき文化の発展と創造である。一言にしていえば、社会の必要とするものは、過去の文化を理解、消化し、さらにこれを発展、創造する主体たる人間を育成することである。学生は現に高等教育を修めつつあるものであるから、学生または卒業生は、以上のような使命を社会から託されて、文化を後世に継承せしめる任務を負担しているのである」(河合栄治郎『新版 学生に与う』社会思想社・現代教養文庫、pp.21-22)

「社会は、文化の相続と創造とを必要とする、これなくして社会の維持もできないし、いわんや社会の進歩もできないからである。ところで初等・中等の教育だけでは、この任務を負担するに足らないとすれば、社会は一群の成員をして、さらに高等の教育を修めさせねばならない。彼らと同年輩の青年が、現に労働に従事して社会の生産力を増しつつあり、さらにその方面の労働人口を増加することは、それだけ生産力を加えることにはなるが、それでは文化の維持と発展とが望まれない。ここにおいて一群の青年を労働から解放し、いかに生きるかの自然的生活の配慮から脱却せしめて、専心教育に没頭することにさせなければならない。」(同、p.23)

 以上を簡単にまとめてみましょう。まず、社会の維持・発展のためには、新しい世代に過去の文化遺産を継承し発展させていけるだけの実力をつけさせてやらなければなりません。これが教育の一般的な目的です。しかし、初等教育・中等教育だけでは単に文化を継承するレベルにとどまってしまいますから、新たな文化の発展・創造を担いうる実力をもった人間を育成するためには、高等教育というものが施されなければならないのです。このため、本来なら社会に出て充分に働いていけるだけの条件をもった青年の一部を、生活のための労働から解放して、高等教育に専念させる必要があるのだ、ということになるわけです。

 以上を踏まえて、大学の社会的な位置および学生の社会的責任について端的に述べるならば、過去の文化遺産を単に継承するだけでなく、それを発展させていけるだけの実力を養成するための高等教育機関として創出されたのが大学であり、文化の発展・創造を担いうるだけの実力を養成していくところにこそ学生の社会的な使命があるのだ、ということになるでしょう。後で詳しく説くことになりますが、この文化の発展・創造のために必須となるものこそ、学問にほかなりません。だからこそ大学は「学問の府」として創出されてきた歴史的過程をもっているのです。したがって、しっかりと学問することこそ学生の社会的責任なのであり、新学生が大学生活のスタートにあたって掲げるべき目標は、何よりもまず、徹底的に学問するということであるべきなのだというころになるわけなのです。

 それでは、人類文化の発展を担いうる実力を養成するためには、大学においていったい何をどのように学んでいけばよいのでしょうか。本稿では、新大学生のみなさんが直面する(直面しなければならない)この大きな問いに対して、一般的な(ここでは、すべての学生にとって役立つ、という意味です)答えを与えることを目的として、説いていくことにします。より具体的には、この春から新しく大学生活を始めた新入生のみなさんに対して、「そもそも学問とは何か?」ということをしっかりと踏まえつつ、大学で何をどのように学んでいけばよいのかを説いていくことにしたいと考えています。
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 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
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 ・文法家列伝:時枝誠記編
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 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
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 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
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 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
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 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
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 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
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 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う