2014年03月25日

2014年2月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第3〜11章(10/10)

(10)参加者の感想の紹介

 前回までの3回にわたって,本例会で扱った3つの論点と,それぞれの論点についての討論過程を一つずつ,詳しく紹介してきました。

 最終回となる今回は,参加者の感想を紹介したいと思います。次の3月例会ではソクラテスからプラトンまでの範囲を扱う予定です。

 では,以下が参加したメンバーの感想です。

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 今回の例会では,タレスからソフィストに至るまで,つまりソクラテス以前の哲学について扱ったが,その流れがかなり明確に描けるようになった。これはまず1つの成果だと思う。

 ただ,我々は哲学史を理解するために哲学史を学ぶのではなくて,哲学の歴史を一身に辿り返して,自らの学問分野の確立の基礎となすためである。そのために重要な視点として,あくまでも学問は時代の学問だという視点があるが,これについて今回,哲学の祖とも呼べるパルメニデスが国家の指導者的存在であったこと,つまり国家の統括のために学問が必要であったと言えることが確認できたことは,非常に良かったと思う。

 そうした観点から見たとき,万物の根源を説いたタレス・アナクシマンドロス・アナクシメネスを比較すると,「際限のないもの」と説いたアナクシマンドロスは,一体どんな対象を反映した認識として,こう表現したのかということが問題になった。結論は出なかったけれども,こうした問いかけを今後の例会でもしっかりと持ってテキストを読むようにしたいと思う。

 また,今回の例会では,報告者が南郷学派やアダムスミスの論につなげて,哲学の発展過程を把握しようとしている点も印象的であった。このような学びこそが我々にとって必要な哲学の学びであると感じた。既習の論理に結びつけて哲学史を見ていくことも自らの課題として取り組んでいきたい。

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 今回の例会からいよいよ具体的な哲学の歴史に関する内容に入っていった。

 今回の例会ではまず,ソクラテス以前の哲学者について運動の原理をいかに把握したかという点を検討できたことが大きかった。つまり,前期イオニア哲学者たちが物質の実体と機能を一体的に把握した(分化させて捉えることができなかった)ことから始まり,物質の運動が否定されたエレア学派を通じて,否定の否定として運動自体が中心的に把握されたヘラクレイトスを経て,実体の機能としての運動の原理を愛と憎しみだと把握したエンペドクレス,さらに運動の原理を物質的な存在の外にある原理であるヌースとして把握したアナクサゴラスと進んでいって,最後にプロタゴラスによる人間精神の定立へと進んでいった流れを概観できた。

 また,こうしたソクラテス以前の哲学の流れを,現象的・感覚的な世界の多様性,変化性を捨象していく過程,現象的・感覚的な世界の多様性,変化性の説明を試みる過程,精神と自然を区別して精神を優位においていく過程という3つに分けて捉えた報告によって,この間の哲学の発展の概要を大きく把握できたことも大きな成果であった。

 何より,こうした哲学の流れを現実が突きつける諸々の問題を解決していく流れとして把握していく視点を再確認できたことが最大の成果であった。唯物論的な歴史の把握とは何かという問題に対する回答がこうした視点であって,『学城』誌上に掲載されている悠季真理先生の論文を再確認しながら古代ギリシャ哲学の全体像を把握していく必要があると感じた。

 最後に蛇足ながら,私の専門分野である言語学に関して,ソクラテス以前の哲学者たちが著した「詩」とは何かとして,パルメニデスの叙事詩やエンペドクレスの学説詩の成立過程について検討できた。端的には,当時の学者の認識としては,現在の捉え方からいう「詩」という形態でしか自らの認識を表現することができなかったということになる。アルタミラの洞窟壁画も同様の表現であって,事実を事実としてまずは把握し,それを事実として表現することが,人類の子どもの時代には困難であったのだと思う。

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 今回の例会では『西洋哲学史』の第三章からの具体的な哲学の内容に入った。今回の例会での自分の目標は,ソクラテス以前の哲学の流れを理解することだったが,読んだだけでは理解できなかった内容が討論によって理解できたことがよかった。具体的には,イオニアで誕生した初期の哲学から,前の哲学で明らかになった新たな問題を,次の哲学が解決するという形で哲学の全体が発展していくという流れが理解できた。また,担当者がレジュメをただの要約のような形ではなく,全体の流れを押さえてまとめ,コメントもつけていたため,より例会での討論の質があがったと思う。今回は例会前に自分なりの考えをしっかりまとめることができなかったが,これからは少しでも自分なりの考えを持って,討論に積極的に参加できるように工夫をして学んでいきたい。

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 今回は,ソクラテス以前の哲学の流れを扱ったわけだが,討論の過程を通じて,この歴史的時期における人類の学的認識の発展の流れが,「現象的・感覚的な世界の多様性,変化性を捨象していく過程」,「現象的・感覚的な世界の多様性,変化性の説明を試みる過程」,「精神と自然を区別して精神を優位においていく過程」という大きく3つの段階に分けて把握できること,また,第一の段階が具体から抽象へと「のぼっていく過程」であり,第二の段階が抽象から具体へと「おりていく過程」であることが浮き彫りになり,研究会としての共通認識になったことが非常に大きな成果であったといってよいと思う。このように,認識が発展していく必然的な過程という観点から学問(哲学)史の構造を浮き彫りにしていこうという問いかけが非常に重要であろう。

 個人的なこととしては,今回は,報告レジュメの担当に当たっていた。報告レジュメは,単にシュヴェーグラー『西洋哲学史』の該当部分をまとめたものにせず,時代的背景についてのまとめ,悠季真理論文についての補足的な言及を加えたほか,自身のコメントをそれなりの分量で書くように心がけた。シュヴェーグラーの文章を主体的に学び取る(自身の人生の課題に結び付けて把握する)という観点からすれば,まだまだ満足のいくレベルではないが,とりあえず,報告レジュメは単にテキストの該当部分をまとめればよいというものではない,ということを明確に示すことはできたのではないかと思う。次は,6月例会の報告担当となっているので,数段レベルの高い報告レジュメの作成を目指して,研鑽を積んでいきたい。また,今回の例会にあわせて,シュテーリヒ『西洋科学史』の古代ギリシャ科学までの部分について再読したが,非常に参考になった。今後も,併読していくようにしたい。

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 今回は,個人的には,指定されたテキストの範囲だけではなく,関連する『学城』論文をしっかり読み込んだうえで例会に臨むことができた点が,まずよかったと思う。しっかりと『学城』で説かれている内容を踏まえた上で哲学の歴史を学んでいかないと,単なる雑学になってしまうし,そのへんの哲学専攻の学生や研究者を超えることなど,とうていできないからである。

 また,組織のありかたという観点から見ると,レジュメ報告者がレジュメとはかくあるべし,というお手本を示してくれた点も非常に評価できると思う。上述の点と重複するが,われわれが主体的にテキストの内容を掴みとるためには,単にテキストを要約するだけではなく,しっかりとそれについてのコメント(自分なりの理解,評価,疑問など)をつけるべきだということを見事に示してくれたと思う。また,全体の流れを大雑把に論理的に括って把握する試みも,次回以降のレジュメの参考になったのは間違いない。

 実際の討論過程では,シュヴェーグラー『西洋哲学史』には触れられていない,当時の時代性と彼ら哲学者とされる人間の社会的地位を踏まえて,彼らの説を理解していこうとする姿勢を確認できた点もよかった。次回以降の範囲でも,可能な限り時代性と哲学者の社会的地位をきちんと踏まえていきたいと思う。


(了)
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 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言