2014年03月12日

現代の言語道具説批判――言語規範とは何か(2/5)

(2)言語は表現であり、言語規範は認識である

 前回は、言語道具説の実態と欠陥を明らかにするために、言語規範とは何か、その言語との区別と連関は如何なるものかを考察することが本稿の目的であると述べました。言語道具説の実態や欠陥を明らかにするためには、科学的言語理論である言語過程説との対比で検討していく必要があります。

 では言語過程説では、言語とは何か、言語規範とは何かをどのように説明するのでしょうか。このことを明らかにするために、現時点での筆者の実力によって規定した言語とは何かを以下に示し、この仮説的一般論を詳しく、分かりやすく解説する形で言語とは何か、言語規範とは何かについて説明していきたいと思います。では以下に、言語の仮説的一般論を提示します。

「言語とは、人間が精神的な交通を可能にするために、社会的認識に基づく音声や文字を用いて行う表現である。」

 前回も触れたように、言語の目的は「自らの思いやイメージを別の人間に伝えること」です。言語を媒介したこの過程を繰り返すことで、人類は相互の考えを高め合い、文化を築いていくとともにその文化遺産を継承してきているのです。この言語の目的を上記の言語の仮説的一般論では、「人間が精神的な交通を可能にするために」と表しているわけです。

 人間が思い描くアタマの中の思いやイメージというのは、そのままの形では他の人間に伝えることができません。人間の認識は精神的な存在であって、感覚的に捉えられるものではないのです。一方で、人間がその認識を形成する直接の基盤であるこの世界は、人間の感覚器官を通して認識することができる存在であって、つまりは物質的な存在です。

 それでは、人間が思い描くアタマの中の思いやイメージ、つまり認識を、他の人間に伝えるためにはどうすればいいのでしょうか。それはアタマの中の思いやイメージ、つまり認識を、物質的なあり方に写し出すことによって、です。直接把握することができない精神的な存在である認識を、人間の感覚器官で把握することのできる形態である物質的なあり方に反映させることで、媒介的に把握することができるようになるのです。この認識を物質化したものを表現と言います。

 人間の表現が成立する過程を見てみると、その前提としてのアタマの中の思いやイメージ、つまり認識がまず存在することになります。さらに、この認識の前提として、現実の世界である対象が存在します。現実の世界に存在する対象を、感覚器官を通して反映することで認識が成立するのです。この過程的構造を端的に示せば、対象→認識→表現という反映関係の複合体を内に含んだものとなり、こうしたものとして表現を理解する必要がある、と言うことになります。

 ここで言語の仮説的一般論に戻ると、「言語とは、人間が精神的な交通を可能にするために、社会的認識に基づく音声や文字を用いて行う表現である。」のうち、「言語とは、人間が精神的な交通を可能にするために行う表現である。」という部分の説明が以上の内容だと言うことになります。すなわち、アタマの中の思いやイメージ、つまり認識を他の人間に伝えるために、他の人間の感覚器官が捉えることのできる形態である物質的なあり方に、つまり音声や文字という形に表現したものこそ、言語だということです。

 もう一度確認しておくと、表現されて、物質化されて初めて言語であると言えるわけです。言語とは物質的な音声や文字自体であると考えるのが言語過程説における言語の捉え方です。

 では次に、言語規範とは何かという問題について考えてみたいと思います。

 先に挙げた言語の仮説的一般論である「言語とは、人間が精神的な交通を可能にするために、社会的認識に基づく音声や文字を用いて行う表現である。」のうち、まだ説明できていないのは、「社会的認識に基づく音声や文字」という部分です。「音声や文字」というのは、言語そのものです。これは上で説明した通りです。では、「社会的認識」とは何でしょうか。実はこれこそが言語規範のことなのです。この言語規範を理解するためには、一般的に規範とは何か、というところから説明すべきでしょう。

 規範というのは端的には、「観念的に対象化された意志」のことです。ここで「観念的に」というのは、アタマの中でという意味です。「対象化」というのは、対象の位置に置くという意味です。つまり「観念的に対象化された意志」とは、「こうしよう」という意志を、アタマの中で自分の外にあるものとして対象の位置に置くということです。少し具体的に考えていましょう。

 例えば、電車は時刻表というものに従って運行されていきます。この時刻表というものは、「何時にはA駅を出発して、何時にB駅に到着しよう」という意志を、観念的に対象化したものに基づいて作成されます。運転手は自分の意志で電車を運行してよいというわけにはいきません。必ず会社の意志に沿って運行しなければなりません。この会社の意志というものは、物質的に存在するものではなく、個々の具体的な運転手のアタマの中に自らの行動を規定するものとして、観念的な形で存在しています。これがすなわち規範というものです。ですから、電車の時刻表は、この規範を誰の目にも明らかな形に表現したものだということになります。

 自らの意志の他に、この観念的に対象化された意志が存在することにより、この規範に規定された形で自らの意志が働くことになるのです。乗客が予想以上に多く、A駅の出発時刻が少し遅れたとすると、次のB駅に規範どおりに到着するために、運転手は自らの意志を規範と調和させる形をとります。つまり、AB間の電車の運行速度を通常以上に速める形をとるのです。

 規範はこのように、自らの行動を規定する、あるいは自らに命令する役割を果たすものなのです。

 では言語規範とはどういうものでしょうか。それは、ある特定の認識の表現には特定の文字や音声を使わなければならないという、また逆に、ある特定の文字や音声を受け取ったら特定の認識を思い浮かべなければならないという、客観的な約束事だと言えます。これは目に見える形で存在するものではなく、人間のアタマの中に存在するものです。つまり認識の一種だということになります。

 しかしこの言語規範は、個人のアタマの中に存在するものであるとはいえ、個人が勝手に作り変えることができるものではありません。言語規範が「約束事」である以上、同じ社会で生活する人々の共有物として、社会的な性格を帯びているのです。また、言語規範が社会的な性質を持っているからこそ、言語の目的である「精神的な交通を可能にする」ことができるのです。

 このように、言語規範というものは人間のアタマの中にあるものであって、しかも社会的な産物であるのです。言語の仮説的一般論では、ここを捉えて「社会的認識」と言っているわけです。
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 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言