2014年02月24日

一会員による『学城』第10号の感想(10/10)

(10)弁証法的唯物論と唯物論的弁証法を目指した研鑽へ

 本稿は『学城』第10号の感想を認めることによって、その内実をヨリ深く把握していくことを目的として、これまで『学城』第10号に掲載されている8本の論文について順次取り上げて、その中で学ぶべきものを見てきたものである。

 ここでこれまでの流れを大事な点を中心に振り返っておこう。

 連載第1回では、『学城』第10号全体を貫くテーマとして、「指導統括」ということがあるのではないかと考えた。もう少し具体的に言えば、次世代の人材を育成するために、どのように「指導統括」を実践していくか、「指導統括」とは具体的に如何なることか、という問いに対する答がこの『学城』第10号では方法論として展開されているのではないか、と問題提起しておいた。この観点からそれぞれの論文を具体的に検討していったのである。

 浅野昌充先生の「生命の歴史」に関わる論文を紹介した連載第2回では、「物(一体性的物一般=物自体)」とはどういうことかについて検討していった。端的には、森羅万象の本源的存在である物質を、のっぺらぼうな単体として、極小の粒子として把握するのではなく、運動・変化し相互に絡み合い影響を与えあっている正規分布曲線の連鎖過程の複合体として捉え、この「物(一体性的物一般=物自体)」から全てを説いていく学的唯物論こそ、学問体系を根底から規定する指導的論理であると考えていったのであった。悠季真理先生の論文を取り上げた連載第3回では、唯物論の立場から真のアリストテレス像を構築していく過程を学んだ。学びと概括の繰り返しの上の繰り返しという学的方法論を貫く過程こそ、学問構築の中心であることを私自身の昨年1年間の学びも含めて確認した。また、組織の統括と哲学による学問体系の統括の関係についても触れた。

 連載第4回には、北嶋淳先生と志垣司先生による障害児教育に関する論文を取り上げ、一般論を把持しての教育実践の実際をみていった。特に人間とは何かという一般論に基づき、人間と人間との相互浸透の可能性について考え、また学問体系に学ぶことで現実の問題を解決していく指針が得られることを、学問の機能として検討した。連載第5回には、P江千史先生による「医学原論」講義の中身を確認していった。学問構築過程最大の難関である構造論構築過程を、事例を通して一緒に解明して頂ける指導方法に焦点を当てた。また、次回以降説いていかれる流れには必ず一般論から事実に問いかける必要があるのではないか、これは一般論が学問体系を統括しているからではないかと推測しておいた。

 小田康友先生と菅野幸子先生の医学教育改革に関する論文を取り上げたのは連載第6回である。ここでは、国家レベルで哲学の指導性を発揮させることによって精神的な復興をなし得た十九世紀ドイツの医学教育の中身を確認した。哲学の指導性のおかげで、一般性レベルでは見事な医学の教科書が創出されたこと、しかしその哲学の指導性が失われ、個別研究的業績のみならず、医学教育の近代化の道すら失われていったことに指導統括する哲学の重要性を再認識した。聖瞳子先生、高遠雅志先生、九條静先生、北条亮先生による症例検討論文を扱った連載第7回では、「何故」と問い続けることで事実の構造を論理的に把握すべく頭を働かせるという、科学的医学体系に基づく理論的医療実践の基本についてみていった。また、生きている人間の生理構造を生き生きとイメージするためには一般論が重要であることも学んだ。

 連載第8回には、本田克也先生、矢野志津枝先生、菅野幸子先生による法医学とは何かの入門編を取り上げ、一般論の重要性を検討していった。法医学というこれまで学問として構築されていない領域の一般論についても、人間が生活しているとはどういうことか、傷を負う、病むとはどういうことなのか、死に至る過程とはどういうことかという一般論をしっかり把持することで解明可能となっていく流れを概観した。そして連載第9回には、橘美伽先生の「小論」を踏まえた質問への回答に関する論文をみていく中で、認識とは何かを踏まえた観念的二重化の実力養成課程を押さえていった。指導者がしっかりと被指導者を統括して指導する前提としての観念的二重化のためには、しっかりと現実を反映し五感情像で考えていく、さらにその五感情像を豊かにしていく必要性があったのである。

 このように振り返ってみると、連載第1回でも軽く触れたように、「指導統括」には二重構造が存在することがはっきりと分かってくる。すなわち、浅野論文や本田他論文などで説かれていた学問としての一般論・本質論が対象的事実を「指導統括」する構造と、症例検討論文や橘論文などで説かれていた組織における指導者が被指導者を「指導統括」する構造との二重構造である。ではこの両者はどのような関係にあるだろうか。

 実は、南郷継正先生の「巻頭言に代えて」においてはこの両者は統一して説かれている。

「組織の指導者は、この自由な権力を行使する意志を持っていなければならない。その自由意志的権威確立への道そのものが、まず第一に真の著作をモノすることである。」(p.20)

 ここで説かれているのは、組織の指導者が組織を「指導統括」できるのは、「真の著作」すなわち学問としての本質論を把持していることによる、ということであろう。別の言葉でいえば、精神の世界における本質論の実体化が現実の世界の指導者である、と言えるのではないか。これは、前回の最後にも述べたように、組織の指導者が組織をしっかりと指導統括するためにこそ、学問における一般論による統括のあり方を学んでいく、という構造を説いたものではないか。

 逆に悠季論文では、組織の指導統括を行っていく過程で身についた実力が、学問の本質論を把持することにつながっていったことも述べられている。症例検討論文でも、一般論から物事をみていくという頭の働かせ方を獲得するためにこそ、組織において指導統括が、研修医に対する指導医の指導という形で展開されている構造が存在した。

 このように見てくれば、本質論による学的体系の統括と指導者による組織体系の総括は、相互浸透の関係にあることが分かってくる。すなわち、組織の指導を行うことは直接に本質論における学的体系の統括であって、また、組織の統括を通して獲得した実力は学的本質論構築のための確かな武器になるという関係があるのである。

 ここで再度確認しておかなければならないのは、「指導統括」の目的についてである。連載第1回目でも触れたが、「指導統括」は次世代を担う人材を育成するためにこそなすべきものである。これは後進への教育ということはもちろんであるが、自分自身への「指導統括」、すなわち主体的に教養を身につけるべく努力する過程をも含むものである。その身につけるべきものの中心が、弁証法的唯物論と唯物論的弁証法である。

「読者諸氏は学問としての科学をいかなる分野において研鑽しようとも、そこに必須たる弁証法的唯物論と唯物論的弁証法という学的二大概念の本当の姿(その実質的実態)を本稿に止まらず、『学城』全体に見ることができるのであるから、それを目指して研鑽していくことができる。」(p.43)

 これは我々京都弁証法認識論研究会への大いなる励ましの言葉として受け止めた。すなわち、ゼロから暗中模索する必要はなく、『学城』という偉大な道標が既に存在するのであるから、『学城』への学びを通して前号第9号で説かれた「概念の労苦」の過程を必死に歩み続け、「弁証法的唯物論と唯物論的弁証法という学的二大概念」の内実を鮮明に把握する努力をし続けることができるのである。この努力に失敗すれば、「読者は永遠に人類の歴史に自らの頭脳活動の成果を残せない」という、背筋も凍りついてしまうような哀れな結果になってしまうのである。

 今回『学城』第10号から学んだ「指導統括」という論理構造の中身を、我々京都弁証法認識論研究会でも討論を通じてしっかり確認し実践していくことで、真の学問構築に向けて研鑽の過程を創出し続けていく決意を表明して、本稿を終えることとする。

(了)
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 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言