2014年02月06日

2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について(2/10)

(2)加藤幸信「学問の発達の歴史」要約@

 前回は、京都弁証法認識論研究会の1月例会の場において、報告担当者から提示されたレジュメを紹介しました。今回から4回に渡って、今例会で扱ったテキストの要約(報告レジュメよりももう少しく詳しくまとめたもの)を紹介していくことにします。まず、今回から3回に分けて加藤幸信「学問の発達の歴史」(『綜合看護』1996年3号)の要約を紹介し、その次の回でシュヴェーグラー『西洋哲学史』(岩波文庫)の「第1章 哲学史の概念」「第2章 区分」の要約を紹介することにします。

 今回は、「学問の発達の歴史」のうち、「1、個体発生は系統発生を繰り返す」「2、「狭く深く」では学問になれない」の部分を要約したものを紹介します。ここでは、学問構築を目指す者がなぜ学問の歴史、それも哲学の歴史に学ばなければならないのかが確認されるとともに、人類の歴史上、如何なる過程で学問が成立させられたのかが説かれています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

加藤幸信「学問の発達の歴史」

〈目次〉
1、個体発生は系統発生を繰り返す
2、「狭く深く」では学問になれない
3、弁証法の誕生
4、学問の場はアテネへ
5、神学からベーコン、デカルトへ
6、哲学の完成に向けて



1、個体発生は系統発生を繰り返す

 社会学を専攻している私がなぜ学問の歴史を講義するのか。第一に、何を専攻しているにせよ、学問の構築を目指している以上は、学問の歴史を一身に繰り返す必要があるのであって、そのための当然の前提として、学問の歴史を理解しなければならないからである。ヘッケルの「個体発生は系統発生を繰り返す」は、生物学上の個体発生の問題にとどまらず、およそ歴史性を持つものすべてにあてはまる一大論理なのである。歴史上に名を残すような優れた哲学者で哲学の歴史を無視した人間はいない。なお、ここで学問の話といいながら哲学の話になるのは、歴史的に見て学問は哲学として誕生し、個別科学がそこから分化していったからである。学問を目指す以上は、その最高形態であり、世界そのものを対象とした哲学の歴史を学ぶことが不可欠なのである。個別科学だけでは、自分の対象とする分野を世界のなかにきちっと位置づけられなくなり、自分の分野が確定できないことになる。大きな視点から、つまり全体から見なければ、部分は分からないのであり、本来、哲学の歴史に学ばなければ、個別科学とは何かということさえ分からないのである。

 社会学者が学問の歴史について語る第二の理由は、学問は時代の学問であり、その時代的社会を無視しては語れないだけでなく、時代的社会の論理的統括としての性格をも持っているからである。国家が現実的な統括を行っているとすれば、学問はいわば論理的な統括としての意味合いを持っているのである。しかし、この論理的統括は、その時代的社会が獲得している学的成果が前提となるわけであるし、また学問を築き上げる人間も、時代的社会のいわば産物である。この意味で、学問の歴史を語る場合には、その時代的社会のあり方を無視して語るわけにはいかないのである。

 
2、「狭く深く」では学問になれない

 学問はまず古代ギリシャに始まる。世界史的に見ると、古代ギリシアの前に古代オリエント世界が大繁栄するのであるが、この世界では、技術は大発展を遂げるものの、学問特に哲学は結局生まれなかった。これは一つには、まだ技術が集大成されず学問レベルになれなかったからであろう。最初は「狭く深く」ではなく「広く浅く」でなければ、対象(世界)を一般的に把握することができなくなってしまうのである。もう一つには、ピラミッド建設、天体観測、測量など、技術があまりにも生活に密着しており、その意味で技術本位の世界だったということも考えられる。技術は実用性こそが命であり、学問とは関係があっても直接性はないのである。

 最初の学問は古代ギリシャの植民地であった小アジアのイオニアで始まる。ミレトスのタレス(BC624〜546ころ)が、万物の根源は水だという形で世界を把握したということで、哲学の創始者とされている。ではなぜイオニアで哲学が始まったのか。一番の原因は、交易で繁栄したイオニアに、人間とともに古代オリエントの技術や知識が集まってきたことであろう。新しい発展には新しい場所が必要である。イオニアは繁栄した都市だっただけに、宗教、神話の世界から抜け出して、自分の力で自分が納得できるような世界の起源を説くだけの、説こうとさせるだけの技術、知識が集まったのであろう。もう一つの原因は、イオニアが商業都市として繁栄していただけに、世界の起源を考えるだけのゆとりがあったということである。しかも、商業活動は、自分の判断一つで成功、不成功が決まりかねないだけに、成功するためには判断できるだけの主体性、判断を正確にするためのさまざまな知識と判断能力が要求されてくる。イオニアの哲学者たちが商人であったかどうかはともかく、社会として合理的な雰囲気はあったものと思われる。まともな哲学は、ヘーゲルが述べているとおり、時代の黄昏でなければ成立しない。社会の発展が一通り終わらなければ、哲学への試みは生まれても哲学は成立しないのである。イオニアの哲学も、イオニア諸国家の没落と共に起こったのだが、これはある意味ではオリエントのイオニアにおける黄昏だったのである。

 さて、世界そのものを把握しようという探究が始まったと述べたが、それでは世界そのものを把握しようとすれば哲学なのかといえば、必ずしもそうとはいえない。宗教や文学などの芸術も世界を説くからである。簡単には、同じように世界を説いても、説き方、説く過程が違う。タレスが最初の哲学者とされるのは、神話の世界から抜け出して合理的に世界を説こうとしたからである。タレスにおいては万物の特殊性が捨象されて、水という普遍性がその起源という形で把握された。だから、哲学の始まりだといえるのである。


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 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
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 ・一会員による『学城』第13号の感想
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 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
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 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
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 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言
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