2014年01月21日

一会員による2013年の振り返りと2014年の展望(5/5)

(5)2014年は言語の本質をヨリ深く把握するための学びに取り組む年に

 本稿は、2013年の学びの過程を振り返り、2014年の展望を示すことを直接の目的として、アリストテレスの学びの過程を一身に繰り返す形式で小論を執筆することで、論理能力の向上、学問化可能な頭脳活動の創出を目指すものである。

 これまで、2013年の学びの過程を事実的に振り返り、2014年の学びの展望を具体的に示してきた。簡単には、2013年は言語学の一般論構築に向けて、言語の系統発生たる言語の歴史的創出過程、および言語研究の歴史を大雑把に把握するとともに、言語の個体発生たる個々の特定の言語表現の創出過程を言語過程説に学んでいったのであった。また、小論執筆過程、人間とは何かを分かるための学びの過程、および一般教養、弁証法、認識論の学びの過程を通じて、学問構築に必須のもろもろの学びを実践してきたのであった。これらの学びを踏まえて、2014年には、これらの学びを継承発展させるべく、具体的な小論執筆計画をもとに、学びの展望を示したのであった。

 ここで、これまでの学びの成果として、言語学の一般的な構造を以下に示しておきたい。これは現時点での筆者の実力をしっかりと確認するためのものでもある。

 言語とは、人間が精神的な交通を可能にするために、社会的認識に基づく音声や文字を用いて行う表現である。

 言語の歴史的な創出過程において、根本的な契機となったものは認識の誕生である。これまでの生命体は、本能による統括によって集団で生存を維持することが可能であった。ところが、個性的な認識を創出した人間は、共同体的集団でなければ生存を維持できない(地球環境に集団的に働きかけなければ生きていけない)にもかかわらず、共同体的集団では生存を維持できない(各々の自分勝手な行動が他者の生存を脅かしてしまう)存在となっていった。この矛盾を解決するための形態として創出されたのが、社会的認識による集団の統括であり、この社会的認識の形成を促したものこそ、言語規範と直接に生み出された言語であった。

 当初は、人間集団におけるリーダー的存在が行った表現は、1回きりの特殊性として、その時のリーダーの認識を表現するものでしかなかったが、この過程が繰り返されていくうちに、特定の認識を表現する際には、特定の種類の表現が行われるように、表現がゆるやかに固定化されていき、また、集団の他の成員もこのような種類の表現はこのような認識を表すのだという漠然とした理解をし始めると、このことをまたリーダーが受け取ることで、表現をヨリ固定化したものに収斂させていく、という流れが生じてきた。これが言語の原基形態である。ここから、特定の認識を特定の音声で表すいわば「もどき言語」(特定の認識と特定の音声の結びつきが緩やかに意識された表現)を、当初は集団のリーダーが創出したのであった。

 社会的認識による集団の統括、およびその社会的認識の形成を促す言語の創出によって、人間は集団で生命を維持することが可能となっていったのであった。

 こうして創出された言語は何よりも音声や文字自体であって、言語表現を規定する社会的認識=言語規範が言語であると考えるのは間違っている。

 言語は、対象→認識→表現という過程的構造を経て成立するものである。言語という表現は、対象を反映した認識をもとに生成された概念という普遍的な一般的な認識を直接の原型とするものである。これは生きた認識であって、対象化された・固定化された・認識である言語規範と対立する性質を持っている。別の言葉でこれを表現すれば、認識において概念が二重化するのである。表現のその時々に生成される概念は、既に出来上がっている言語規範を媒介して、言語として物質化されるのである。

 言語道具説では、対象化された・固定化された・認識である言語規範自体を言語とみなし、この既に出来上がっている頭の中の「言語」をパズルを組み合わせるようにつなぎ合わせることで表現が成立する、つまり、既に存在するバラバラな単語を如何に組み合わせるかが表現の根本作用であると捉えるから、「カタハメ」(個人意志による組み合わせ、小林英夫)が言語にとって本質的な活動だとする。その結果、その時々に対象を反映して成立した像を論理的に無視するわけである。

 言語は言語規範を媒介して表現される特殊な表現である。言語の直接の原型は超感性的な認識であるから、必然的に、超感性的認識を感性的なありかたに表現する必要が生じてきて、言語という表現独自の二重性が現れてくる。それは言語的表現と非言語的表現という二重性である。

 言語は種類という超感性的な側面で対象→認識→表現という過程的構造において一貫して反映関係を持っている。表現の段階における種類は、一定の枠内であれば感性的な側面の自由が許容される(「犬」と表現しようと「」と表現しようと「」と表現しようと言語的表現としては同じである!)から、言語表現の本質である種類としての表現(言語的表現)のほかに、感性的なありかたとしての表現(非言語的表現)が成立しうるのである。

 この両者は直接的同一性の関係にあり切り離すことはできない。歌唱のように、作詞と作曲と歌手の音声という3つの表現が媒介的に繋がっていて、切り離して別々にすることができる、ということはないのである。これは、超感性的な認識である概念を表現するために創出された形態が言語表現の二重性であって、両者は直接の関係にあるからである。

 言語研究の歴史において、言語の最小単位としての語をどのように分類するのか、様々に議論されてきた。言語が表わす対象によって、つまり経験的内容主義によって名詞的要素と動詞的要素に分類されたことに始まり、古代ギリシャ時代には概ね現代の通俗的な言語学の分類基準を確立していた。

 言語の対象を基準に分類できない場合は、語の形式(語形変化)を基準とした形式主義的分類も併用された。さらに、主語になる語、目的語になる語、単独で用いられる語(単独では用いられない語)、名詞を修飾する語といった語の機能を重視した分類も行われてきた。

 17世紀後半に至って、こうした平面的な分類基準ではなく、認識のありかたに基づく根本的な分類基準を確立し、細かな区別はその下位範疇で行うような画期的な品詞分類が登場した。ポール・ロワイヤル文法とロックの言語論である。日本でも19世紀前半、鈴木朖により同様の言語の二大分類がなされた。これは三浦つとむの客体的表現と主体的表現の分類に相当するもので、言語とほかの表現とを明確に隔てる特徴として、言語においては客体的表現と主体的表現とが分離する、ということが挙げられる。

 以上、これまでの学びの成果を言語の一般的な構造の展開として示した。但し、この展開はあくまでも仮説的なものである。その所以は、言語の直接の基盤である概念という認識について、表現される概念と言語規範としての概念との二重化の過程も含めて、明確に像を描くことができないからである。ここを踏まえて、「2014年は言語の本質をヨリ深く把握するための学びに取り組む年に」していきたいと考えている。

 前回示した2014年の学びは、全て科学的言語学の構築という目的に向かってなすべきものである。「言語とは、人間が精神的な交通を可能にするために、社会的認識に基づく音声や文字を用いて行う表現である。」という言語の仮説的一般論をヨリ高めていくために、全ての学びをここに収斂させていくために、常にこの仮説的一般論から言語を把握しようと努めて、その反作用として仮説的一般論をヨリ精査するよう取り組んでいく決意を述べて、本稿を終えることとする。

(了)
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 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言