2013年12月27日

ヘルバルト教育学の全体像を概観する(1/5)

目次
1.ヘルバルトの歴史的意義とはどのようなものか
2.ヘルバルトは教育の目的を道徳性だと考えた
3.ヘルバルトは人間の精神活動を表象の運動・変化で説こうとした
4.ヘルバルトは教育の方法として教授と訓練の2本柱を立てた
5.ヘルバルトは教育学の大きな枠組みを構築した

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1)ヘルバルトの歴史的意義とはどのようなものか

 筆者は現代日本の教育に関わる問題を体系的に説ききるべく、自らの教育学構築を大きな目標として描いています。そのための作業の一貫として、今回から5回にわたって、ヘルバルトの教育学の全体像について概観していきたいと思います。

 教育学になじみのない人は、ヘルバルトという名を聞いてもピンと来ない方が多いと思います。また、教師をしている方でも、「あぁ、教員採用試験の時に出てきたな。」というぐらいの認識だと思います。

 では、ヘルバルトとは教育学の歴史において、どのような意義をもつ人物なのでしょうか。教育学の歴史を扱った概説書には、次のような説明がなされています。

「近世の教育思想史において、ルソーとペスタロッチの演じた役割はきわめて大きく、その後に展開したさまざまな教育思想の萌芽は、この二人の巨匠の手によってすでに準備されていたといってもけっして過言ではあるまい。これらの教育思想に体系を与えて、これを科学的教育学にまで発展させることは、十九世紀から二十世紀にいたるまでに出現した教育学者に課せられた課題であった。この課題と取り組んだ最初の学者、それがヘルバルト(J.F.Herbart,1776-1841)であった。」(皇至道『西洋教育通史』玉川大学出版部、1962年、p.131)

「ルソーやペスタロッチは確かにすぐれた教育思想家もしくは教育実践家であって、その豊かな体験を基礎にした思想は、多くの人々によって継承されるべき遺産となったが、しかしかれらは教育の問題をひとつの自律した学問として確立する必要があるという自覚にまでは未だ到達していなかった。加えて、従来から、教育に関する議論は長い間、技術的知識のレベルに終始した。学的構成のもっとも期待されたカントにおいてすら、そうだったことは、すでに述べたとおりである。こうした状態にあった教育に関する議論に一般性をもった科学的基礎づけを試み、科学的学問体系としての教育学を樹立しようと試みたのが、後年人びとによって、『科学的教育学の祖』と称されることになるヘルバルト(独 Hohan Friedlich Herbart, 1776-1841年)である。」(田中克佳編『教育史』川島書店、pp.116-117)

 このように、ヘルバルトは科学的教育学の祖だとされています。それまでは、「どのように教えるべきか」という技術面に関わる問いかけしかなかったものの、ヘルバルトにおいて、「教育はどうあるべきか」「教育とは何か」という本質レベルの問いが芽生えたのだと言えるでしょう。教育学らしい教育学の構築に初めて着手した人物であり、教育学を志す者としては、決して避けて通ることができない人物だと言えます。

 では、なぜヘルバルトにおいてこのような問いかけが生まれたのでしょうか。それはヘルバルトが生きた18世紀から19世紀という時代のドイツ社会のあり方が大きく関わっていると言えるでしょう。

 ローマ教皇からの過剰な搾取を受けていたドイツでは、教会の腐敗とともに反感を強めていき、ついにルターによる宗教改革が起こるに至りました。そこでルターは、真の信仰とは、教会のミサへの参加や金銭の寄進ではなく、あくまでも個人の内面の問題であり、聖書を最高の権威として、各自がこれを読み解き解釈することが前提になると主張しました。そこで、ルターはすべての人々が聖書を読めるように、民衆の子弟すべてに学校教育を与えるようにすべきだと提言しました。

 こうした流れの中で、18世紀の啓蒙専制君主たちは農民に対する教育にも力を入れるようになりました。例えば、フリードリヒ大王は1763年に「地方学事通則」を出し、すべての子弟が男女を問わず、読み書きに習熟し、キリスト教の要旨を理解することを求めました。ただし、これらの教育政策の意図は、あくまでも絶対王政における身分秩序を維持することを目的としており、読み書き以上の教育は求められていませんでした。つまり、一般庶民は確かに教育対象とはなったものの、その教育のあり方について研究されるような対象ではなかったのです。

 これに対して、絶対主義の身分秩序の打破を志す運動の中から、氾愛派と呼ばれる教育思想が生まれてきました。バゼドウ(1724-1790)を中心とした氾愛派は、宗派、人種、貧富などの区別なく、博愛の精神で人々の幸福の増進を目指し、教育のあり方を追求したのでした。

 このように上流階級の子どもだけではなく、すべての子どもがまっとうな教育の対象と見なされるようになることによって、まさに千差万別の子どもを相手に教育を行っていく必要性が生まれたのです。こうした仕事を効果的に行っていくために、千差万別の子どもたちに潜む共通性を把握しなければならないという問題意識が芽生えてきます。そうした共通性を掬い取って体系化した学問、つまり教育学を求められる時代だったのです。

 こうした社会的な背景を受けて、ヘルバルトの教育学は形成されたのです。これは現代の学校教育のあり方にも大きな影響を与えています。例えば、現在、学校教育で使われている「単元」という言葉や、1時間の授業の流れを区分けして考える(現在なら「導入」→「展開」→「まとめ」など)という発想は、実はヘルバルトやその後継者たちの主張に基づくものなのです。

 では、一体ヘルバルトの教育学とはどのようなものなのでしょうか。ヘルバルトには、代表的な著作として『世界の美的表現』『一般教育学』『教育学講義綱要』があります。『世界の美的表現』はシュタイゲル家での家庭教師経験や、ペスタロッチの実践を観察した上で著したものであり、初期のヘルバルトの教育学がスケッチされたものです。それがしっかりとした形として世に現れたのが『一般的教育学』であり、さらに、ケーニヒスベルグ大学での講義経験などを踏まえて、晩年に書かれたのが『教育学講義綱要』です。これらの著作を通して、ヘルバルトの教育学の全体像は大きく変化はしていません。これらを参照しながらその中身を概観した上で、科学的教育学の祖であるとはどのような意味なのかを明らかにしていきたいと思います。
posted by kyoto.dialectic at 08:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
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 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
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 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
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 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
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 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
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 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
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 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
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 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
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 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
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 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
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 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
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 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
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