2013年12月17日

2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ(1/10)

目次
(1)報告者から出されたレジュメ
(2)ヘーゲル『歴史哲学』の要約@
(3)ヘーゲル『歴史哲学』の要約A
(4)ヘーゲル『歴史哲学』の要約B
(5)ヘーゲル『歴史哲学』の要約C
(6)改めての要約と論点の提示
(7)論点1:ヘーゲルの『歴史哲学』と『生命の歴史』にはどのような論理的共通点があるか
(8)論点2:ヘーゲルの『歴史哲学』の意義とは何か
(9)論点3:ヘーゲルの歴史哲学の限界はどこにあるのか
(10)参加者の感想

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1)報告者から出されたレジュメ

 2013年12月の例会では,これまで1年間かけて扱ってきたヘーゲル『歴史哲学』(武市健人訳、岩波文庫)のまとめを行いました。具体的には、レジュメ担当者が、ヘーゲルの歴史観の全体像を押さえ直すために、ヘーゲル『法の哲学』の世界史の部分について要約して報告し、それを踏まえながら論点を出し合って議論を行いました。

 この例会報告では,まず例会で報告されたレジュメを紹介した後,『歴史哲学』の全体の要約を4回に分けて掲載します。次に,参加者から提起された論点について,どのように議論をしてどのような(一応の)結論に到達したのかを紹介していきます。最後に,この例会を受けての参加者の感想を紹介する予定です。
 今回はまず,報告担当者から提示されたレジュメを紹介することにしましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
ヘーゲル『法の哲学』第3部倫理 第3章国家 C世界史の要約

【1】世界史とは

 世界史とは,精神の自由の概念からする理性の諸契機の必然的発展,したがって精神の自己意識と精神の自由との必然的発展であり,普遍的精神の展開であり現実化である。精神は,おのれを自らの意識の対象にし,おのれをおのれ自身に対して展開しながら把握する。精神がおのれをこのように把握することが精神の存在と原理であり,把握の完了が同時に精神の外化であり,精神の移行である。形式的にいえば,この把握を改めて把握しなおす精神,外化からおのれのうちへ帰ってゆく精神は,さきの最初の把握の立場にいたおのれに比べていっそう高い段階にいる精神である。

 もろもろの国家,民族,個人は,世界精神のこの仕事において,それぞれ特殊な一定の原理をになって出現する。これらは,世界精神の内的な仕事の無意識の道具であり,この仕事のなかで姿を消していく。それに対して,即自かつ対自的な精神は,おのれのすぐ次のより高い段階への移行を,準備し為し遂げるのである。


【2】世界史における民族

 世界史においては,世界精神の理念の必然的契機(現在,世界精神の段階であるところの契機)が,絶対的権利を得る。この契機において生きている民族とその行為が,おのれの目的を完遂して幸運と名声を得るのである。

 一つの民族には,直接的な自然的諸原理のうちの一つが帰属する。世界精神の理念の必然的契機が自然的原理として帰属している民族は,世界史のなかで,この時代にとって支配的民族である。世界精神の現在の発展段階の担い手であるという,この民族のこの絶対的権利を向こうにまわしては,他の諸民族の精神は無権利である。

 より高い原理の出現は,この支配的民族の原理を否定するものであるから,この民族の衰微,破滅として現われる。この時期は,より高い原理への精神の移行の前兆,したがって,ある別の民族への世界史の移行の前兆である。


【3】世界史における諸個人

 世界史的行為の尖端には,実体的なものを現実化する主体性としての諸個人が立っている。このような諸個人は,世界精神の実体的な所行と一体であるが,しかし世界精神の所行は彼ら自身にとっては客体でも目的でもなく,彼ら自身には隠されている。


【4】国家の形成

 民族は最初のうちはまだ国家ではない。理念一般が形式を備えたものとして民族のうちで実現されてはじめて国家状態へ移行できる。この形式がなければ,民族は客観性を欠いている。すなわち,思惟された諸規定としての法律を備えることによって自己に対しても他民族に対しても普遍的かつ普遍妥当的な現存在をもつことがない。

 婚姻と農業から出発して法律的諸規定および客観的諸制度へと歩み出ることは,理念の絶対的権利である。この権利が国家創設のための英雄の権利である。またここから,文明諸国民が,国家の実体的諸契機において自分たちより劣っている他国民を,未開人と見なし,彼らの独立性を形だけのものとして取り扱う,ということが生じる。だから,こういう状態のもとで生じる戦争や係争においては,それらが一定の実質的内容にかんして承認を求める闘争であるという契機こそが,それらに世界史に対するある意義を与える。


【5】世界史的治世の4つの原理

 民族精神は,おのれの真理と使命とを,絶対的普遍性である具体的理念=世界精神のうちにもつ。世界精神は精神であるから,おのれを絶対的に知り,おのれの意識を自然的直接性の形式から解放し,こうしておのれ自身に到達するところの精神活動の運動にほかならない。それゆえ世界精神の自己意識がおのれの解放の歩みにおいてとるところの形成態の原理は,4つである。

 第一の直接的示現においては,世界精神は実体的精神の形態を原理とする。これは同一性の形態であり,個別性は権限を認められていない。

 第二の原理はこの実体的精神を知ることであり,こうして世界精神は美しき倫理的個体性となる。

 第三の原理は,知るはたらきをする対自存在が,おのれのうちに沈潜して抽象的普遍性へ到達し,精神から見捨てられた客観性に対して無限に対立することである。

 第四の原理は,精神のこの対立が転化して,精神がおのれの内面性においておのれの真理と具体的本質とを受け取るとともに,客観性をおのれのすみかとしてそのなかで宥和していることである。また,無限な対立から復帰した精神がこのおのれの真理を,思想として,また法律的現実性の世界として,産み出しかつ知ることである。


【6】世界史的治世の4つの治世

 この4つの原理からして,世界史的治世には4つの治世がある。

 第一の治世は,東洋的治世であり,家父長的な自然的全体に基づくところの内的に未分化の実体的世界観である。この世界観においては,世俗的統治は神政政治であり,個体的人格性は埋没していて無権利である。

 第二のギリシア的治世は,ギリシア的治世である。ここでは,全体はもろもろの特殊的民族精神の形成する仲間集団からなっており,最終意志決定が対自的に存在する自己意識の主観性によってはまだなされず,自己意識より高くてその外にあるような威力によってなされている。また,欲求につきものの特殊性がまだ自由のうちへ取り入れられず,もっぱら奴隷身分へ押しつけられている。

 第三のローマ的治世では区別がとことんまで行なわれて,倫理的生活は人格的な私的自己意識と抽象的な普遍性との両極へ無限に引き裂かれる。ここにおいて,個々人はすべて私的人格に,形式的権利をもった同等の者になりさがり,これらの者を結びつけるのは,狂奔する抽象的恣意だけとなる。

 最後のゲルマン的治世では,神的本性と人間的本性との一体性の原理,客観的真理と自由との宥和が把握される。この宥和を完遂する任務がゆだねられるのがゲルマン民族の北方的原理である。初めは世俗の国と彼岸的世界=知性的な国とは対立している。知性的な国の内容は,まだ思惟されたものではなく,表象の未開性にくるまれており,現実的心情に対する精神的威力として,ふるまう。しかし,両者の厳しい闘争を通じて,真の宥和が客観的となり,この宥和が,国家を理性の似姿および理性の現実性へと展開する。
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 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
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 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
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 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む