2013年12月13日

古代ギリシャ経済の歴史を概観する(2/5)

(2)ポリス社会形成までの過程を辿る

 本稿は、経済学の究極の原点ともいうべきプラトンやアリストテレスなどの著作をまともに読みこなしていくためには、現代資本主義経済とは大きく異なるものであったであろう古代ギリシャ経済の姿について、大雑把にでもイメージを描いておく必要がある、という問題意識から、古代ギリシャ経済の歴史について概観することを試みるものです。

 古代ギリシャ社会の中核をなしていたのは、よく知られているように、ポリスと呼ばれる共同体でした。今回は、このポリス社会がいかなる過程を経て形成されてきたのか、とくに物質的生活の生産・再生産のあり方に着目しながら、みておくことにしましょう。

 ギリシャは東地中海に位置し、エーゲ海を挟んで東に小アジア、また地中海を挟んで南方にエジプトやリビアといった国々と向かい合っています。つまり、ギリシャは古代オリエント世界の周縁部に位置していたわけです。こうした地理的条件に規定されて、古代ギリシャでは、古代オリエント世界からの文化的な影響の下に、独自の文化が形成されていくことになったのでした。

 その過程は、エーゲ海の島々に存在した貴重な鉱物資源――ミロス島の黒曜石(石器の材料となる)、シフノス島の銀や銅、パロス島の大理石など――を求めて、先進的な文化を携えた小アジアの人々が、これらの島々に渡来してきたことによってスタートしました。エーゲ海には、キュクラデス諸島をはじめ、数多くの小さな島々が点在していますから、当時の未発達な航海術のもとでも、海上交通を発展させることは容易だったのです。こうして、紀元前3000年頃までには、キュクラデス諸島を中心に、オリエントの諸地域とエーゲ海の島々を結ぶ広い交易のネットワークが形成されていたといわれています。ギリシャは、当初は、小アジアなどから渡ってきた人々に鉱物資源を提供するだけだったのですが、彼らから青銅器文化を吸収することにより、自らも自分たちの島々で産出する資源を利用して諸々の武器や農具を作りだせるようになっていきました。

 紀元前2000年頃以降になると、エーゲ海最大の島であるクレタ島がオリエントとの貿易の中心となります。クレタ島は、アジア、アフリカ、ヨーロッパの接点であり、交通の要衝というべき位置にあります。クレタがとりわけ深い関係を結んだのがエジプトでした。異民族ヒクソスの侵略に対抗しなければならなかったエジプトは、武器の材料となるシリアの鉱物資源(金、銀、銅)を欲していたのですが、クレタは、この鉱物資源の輸送を担ったのです。その過程でクレタは、造船技術、航海技術を高めていき、強力な海軍力を創出することで、東地中海に支配権を拡大していくことになったのでした(*)。海上支配の本拠地となるクレタ島においては、宗教的権威の強い王が周辺の諸小共同体を従属させるというオリエント的な貢納制が形成されていました。王の宮殿は、精神的生活の中心であると同時に物質的生活の中心だったのです。各地の小共同体の麦畑、果樹園(オリーブ、葡萄、無花果などを栽培)、放牧地(牛や羊)から、様々な物資が貢納という形で宮殿にもたらされ、専門の書記によって記録された上で、必要に応じて各地に配分されていったのです。オリエントとの交易も、あくまで王の独占であり、オリーブ油や葡萄酒、陶器などが重要な輸出品となっていました。

 紀元前1700年頃以降になると、ギリシャ本土のミュケナイへと文化の中心が移っていくことになります。ミュケナイを中心とするギリシャ本土の各地に小王国をつくっていた人々は、やがて海上へと進出してクレタやキュクラデス諸島の先進的な文化に接触し、彼らの文化を吸収しつつ、独自の新しい文化を築いていったのです。特徴的なのは、馬や戦車を操縦する技術、強固な城砦を建築する技術などが大いに発展したことです。ギリシャ本土や、彼らが進出した小アジア沿岸部は、他部族の共同体と陸続きでしたから、陸上における生活基盤をしっかりと防衛するための技術が求められたのです。彼らの小王国においても、オリエント諸国やクレタ島などと同様に、王が強い権限をもち、海外貿易は王の独占となっていました。とはいえ、共同体の力が必要とされたのは土地の占取と防衛のみで、山がちで大河川がないという地理的条件に規定されて、治水・灌漑のための大規模工事は行われませんでしたから、これら小王国がオリエントのような巨大な専制国家にまで発展することはなかったのです。王国内部では、盾や冑で武装し戦車に乗る貴族とそれ以外の平民とが分化し、農民たちは、抽籤によって配分された土地(クレーロスと呼ばれ、事実上の私有地になっていたともいわれます)を、共同体的な規制のもとに耕作していました。農耕には牛馬や鍬が使用されるようになっており、社会的分業の一分肢として手工業も形成されていました(鍛冶製品や陶磁器、装飾品などが重要な輸出品でした)。

 紀元前1200年頃になると、北方からドーリア系の諸部族が、ヒッタイトから学んだ鉄器製造の技術を携えて、南下してきました。この頃、地球規模での気候変動が生じていたようであり、寒冷化などによる食糧不足のために、北方の人々が新天地を求めて南下してきたのではないかと考えられています。しかし、北方の諸民族が南下してくれば、そこに今まで住んでいた人々は、自分たちの土地と生活を守るために戦わざるを得ません。負けた民族は、全滅させられるか奴隷とされるか、あるいは他の地域への移住を余儀なくされました。移住先では、またその土地の住民たちとの争いが避けられません。こうして、連鎖的に争いが繰り広げられていくようになり、結果として東地中海全体に及ぶような大変動につながっていったのです。この過程で、諸民族の文化の相互浸透が大きく促されながら、鉄器(武器および農具)の使用が普及していくことになりました。こうした大変動の結果として、ミュケナイの諸王国は滅んでいくことになります。強力な王国が周辺の小共同体を従える(貢納させる)という構造が崩され、個々の小共同体は新しい戦争指導者(バシレウス)を中心にまとまっていくことになったのです。これらの小共同体こそ、ポリスの原基形態となったものにほかなりません。

 北方からの諸民族は、もともと牧畜中心の生活を営んでいたのですが、先住民との混交をくり返していくことで、しだいに農耕的な生活を営むようになりました。結果として、これら小共同体は、外部との交易をあまり行わず、農耕(麦畑、および葡萄、オリーブ、無花果などの果樹園)を中心にした自給自足的な性格の強いものとなっていったのです。ギリシャの人々は、水で薄めた葡萄酒を好み(「一杯は健康のため、2杯は快楽、3杯は安眠のため」という言葉がありました)、主食となるパンは、葡萄酒に浸したり、あるいはオリーブ油につけたりして食べました。山羊の乳とチーズも好まれました。また、もともとは牛肉をよく食べましたが、しだいに魚も多く食べるようになり、とくに鰻が好まれるようになったともいわれています。このほか、豆のスープも好まれ、蜂蜜が貴重な調味料となっていたようです。

 さて、共同体内部の構造についてみてみると、貴族と平民の区別はあったものの、両者の地位の差はそれほど大きなものではありませんでした。王(バシレウス)や貴族が土地(**)を独占して平民にその土地を耕作させる、といった関係は存在しなかったのです。王や貴族も自ら農業労働を行いましたし、平民層も比較的均等に配分されたクレーロス(分割地)を所有し、経済的に独立した家族を構成していました。戦争捕虜は家内奴隷として使用されており、平民層も少数の家内奴隷を所有していたといわれています。このほか、農民のなかから、デミウルゴイと呼ばれる手工業者(大工、金工、革工、陶工のほか、医師、歌手、予言者なども含む)が分化していました。彼らは、特定の個人に奉仕するのではなく、あくまでも村落共同体全体に奉仕する村抱えの工匠でした。デミウルゴイには、身体に何らかの障害を抱えていて通常の農業労働のできない人がなったとされています(ギリシャ神話に登場する鍛冶の神ヘファイストスの足が不自由なのはこうした事情を反映しているとも思われますし、有名な詩人ホメロスも盲目でした)。

 このように、ポリスの原基形態というべき村落共同体は、クレーロスを所有する独立自営農民(貴族および平民)によって構成された団体としての性格をもっていたということができます。紀元前8世紀頃になると、人口がしだいに増加してきたことによって、増加した人口を支えうるだけの耕作地を確保することが大きな課題として浮上してくることになり、村落共同体どうしが、限られた土地をめぐって激しい争いを繰り広げることになっていきました。こうしたなかで、土地の防衛のために複数の村落共同体が統合されるという過程が進行していくことになります。具体的には、宗教的・政治的・軍事的な機能(神殿や行政機関、城砦など)を一箇所に集中させた上で、各村落の上層部分(甲冑で自ら武装できる戦士層)がその周辺に移住するようになっていったのでした。こうして形成された貴族的市民(農地所有者)=戦士の共同体こそ、ポリスにほかならなかったのです(***)。

(*)古代においては、交易と海賊行為とは紙一重でした。ギリシャ神話に登場するヘルメスが、商人の神でもあれば盗賊の神でもあるという二面性をもっている点にも、このことが象徴的に示されています。

(**)共同体の土地については、共有地(薪を採る森や、牛や羊を放牧するための牧草地)と個々の家族の私有地(クレーロスを実質的な私有地としたもの)との区別がしだいに明確になってきていました。このほか、神殿のための「切り取り地」がありました。

(***)これはいわばアテネ型のポリス形成過程というべきものであり、スパルタのように、ある村落共同体が他の村落共同体を征服して完全に従属させてしまう(まるごと奴隷としてしまう)という過程によって成立したポリスもありました。
posted by kyoto.dialectic at 06:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言