2013年08月14日

2013年7月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界を読む(2/10)

(2)ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界の要約@

 前回は、わが京都弁証法認識論研究会の7月例会の場において、報告担当者から提示されたレジュメを紹介しました。今回から4回に分けては、ヘーゲル『歴史哲学』(武市健人訳、岩波文庫)の今回扱った部分(「第二部 ギリシアの世界」)の内容を要約したものを、4回に分けて紹介していくことにします。
 今回はギリシア世界の概観とギリシア精神の諸要素についてです。ここでは世界史におけるギリシア世界の位置づけとともに、そのギリシア世界の歴史は大きく3つにわけることができることなどが説かれています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
〔概観〕
 精神の本当の出現と真の更正とはギリシアにおいてはじめて見られる。ギリシアの世界は青年期であり、その精神の溌剌とした若々しさは感性的な姿(肉体化した精神であり、また精神化した感性)をとって登場する。ここでは、国家、家族、法律、宗教が同時に個人の目的であり、したがってまた個人は、ただこれらの目的によってのみ個人なのである。ギリシアの生活は青年の事業であり、詩(ホメロスの描いたトロヤ戦争)の中の青年アキレウスによって開かれ、現実の青年アレクサンドロスによって結ばれた。

 われわれはギリシアの歴史を三つの時期に区分する。第一期は、自分独自の文化と外国の影響による文化を統一して現実的な個性を形成していく時期であり、第二期は、現実的個性の独立の時期であるとともに、外国に対する勝利によるその幸福の時期である。しかし、対外的な緊張の緩みは内部の分裂不和を正面に押し出し、芸術や学問における理想と現実との乖離として現れてくる。最後に第三期は、後続の世界史の諸器官との遭遇によって起こされる沈退と没落の時期である。


第一篇 ギリシア精神の諸要素
T、地理的要素と民族性
〔地理〕

 ギリシアにおいては精神の自然への没入は克服されているから、地理的関係が大きな役割を果たすことはない。その土地は海上に散在する土地(島々と半島)から出来ており、多種多様なギリシア民族とギリシア精神の流動性とにぴったりマッチしている。

〔民族性〕
 ギリシアの国民的統一の当初において注意しなければならない重要な契機は、種々雑多な異民族が雑居していたということであり、この関係の克服によってこそ、美わしく自由なギリシア精神が生まれたのであった。精神は自分自身の中にもつ他人関係によってはじめて、それが精神として存在し得るための力を獲得するのである。実際、ギリシア文化の端初が異邦人のギリシアへの到来と関係のあることは周知のことである。こうした人倫生活の起源は、いわゆる神話的な意識の形態において(神が諸々の文化を与えたとして)保存されている。

U、最古の政治的要素
〔外来人〕

 種々の国家の建設においては、ギリシア人よりも文化の進んでいた開化民族の植民があり、移住民と土着民との混交があった。これらの外国人は城郭を設け、王宮を築くことによって、ギリシアにちゃんとした中心地を作った。小国家の中心としてのこれらの城郭は、農業に非常な安全を与えるとともに、交易を略奪から守った。臣下の国王に対する服従は、圧制や族長制の関係に基づいたものでも、法制的な統治による法的な要求に基づくものでもなく、ただ国王の個人的権威(富、武器の程度、勇気の多寡、見識と知恵の優劣など)に基づいていた。そこには、ゆるやかな統一の結帯が存在するだけであり、国体はまだ君主政体にはなっていなかった。

〔トロヤ戦役〕
 こういう状態の中で、全ギリシアは挙げてトロヤ戦争という一大国民的事業に向かって団結することになり、ここにアジアとの深い関係が開かれたのである。遠征の結果はトロヤの占領と破壊にあり、これを永久に占有しようなどという意図は毛頭なかった。またこの国民的団結はひとえにこの一個の事業の遂行に向かってなされたのであり、それが永続的な政治的団結を招来することもなかった。しかし、トロヤ戦争をめぐってホメロスによって描かれた美わしい人間的な英雄像は、以来ギリシア民族の全発展と全文化の指導理念となったのである。

〔王家の没落〕
 トロヤ戦争後、王家は個人的な非道のために没落し、或いはまた自然にだんだん衰亡して行った。国民的な協同事業は行われず、各都市は孤立して無為の生活を送り、わずかに隣国と戦を交えることによってその存在を示すにすぎなかった。これらの都市は、この孤立の中にあって商業によって栄え発達を遂げたが、大きな富の蓄積には甚だしい窮乏と貧困とが伴っていた。本国において窮迫をなめた者達は他国に自由の天地を求めた。植民が市民の平等を或る程度まで維持するための手段となったのである。けれども、この手段は姑息な処置にすぎず、財産の懸隔に基づく根本的な不平等がすぐまた現れてきた。富が権勢を得るための手段として利用されるようになり、ギリシアの都市には僭主が擡頭するのである。


V、ギリシア精神の基本的性格
イ、ギリシア文化の根本的要素と、その自然に対する関係
 ギリシア文化の端初を検討して気づくのは、その土地の自然状態が住民に強烈な印象を及ぼすような性格的統一をもっていない、ということである。そこには国民的結合というような厖大な統一はなく、互いに分離し独立していて、ひとえに各人の内的精神と個人的勇気が頼られるようになる。ギリシア人は、自然に対しては、傍観的に自分を委ねて自然の偶然に従おうとする反面、この外界を精神的に理解して自分のものにしようともする。

ロ、精神的な自然解釈
 自然や自然変化の解釈と説明、その中にある意義と意味の指摘、これは主観的精神の働きであるが、ギリシア人はこれにマンテイアという名前をつけた。われわれはこれらを一般的に人間の自然に対する関係の仕方と解することができる。この言葉には、素材とその素材の意味を明らかにする解釈者との両義が含まれている。自然がギリシア人の問いに対して答えたということも、人間がその精神の中からして自然の問いに答えたという意味で真理をもつ。その直観は、これによって純粋に詩的なものとなる。というのは、精神は詩的直観の中で、自然の形象が表現している意味を創り出すのだからである。マンテイアは一般的にいえば詩であるが、それは勝手な空想ではなくて、精神的なものを自然的なものの中に作りこむところの想像であり、才たけた知恵をもつ想像である。

ハ、外来の伝承と密儀
〔外来の伝承について〕

 ギリシア人の刺激となったものとして、外国からの伝承(外国の文化、神々、礼拝)をも挙げなければならない。ギリシア人の芸術と宗教とが独立に発達したものか、それとも外国の影響によるものかという問題は、一面的な悟性では解決不可能である。なぜなら、ギリシア人がインドやシュリアやエジプトから、それらの観念を伝承したということが歴史的事実であると同時に、またギリシア思想が独自のものであって他国のものと縁のないものだということもまた歴史的事実だからである。ギリシア人は他から受容したものを基にして、それから精神的なものを作り出したのである。

〔密儀〕
 密儀は始源が古いだけで、ギリシア人の意識の中にすでに含まれていた以上の知恵を含んでいなかった。アテナイ人はみなこの密儀に入ったが、ソクラテスは入らなかった。彼は、学問や芸術は密儀から生まれるものではなく、知識は決して秘密の中にあるものではないということをハッキリ知っていたからである。

ニ、ギリシア精神の総括と芸術
〔総括〕

 ギリシア精神の根本的な特徴は、精神の自由が制約されたものであり、自然の刺激と離るべからざる関係をもっているという点にある。この精神の段階は、人間の没我の状態(アジア的原理であり、精神的なもの、神的なものも単に自然的な形でしか存在し得ない)と、純粋な自己確実性としての無限な主観性(自我がありとあらゆる存在の基盤だという思想)との中間に位する。人間の中の自然的な面、すなわち心情、性癖、情熱、気質が精神的に陶冶されて自由な個性となった結果、各個人の性格が普遍的な人倫の力に対して義務関係に立つのではなく、むしろ人倫的なものがそのまま個人的感覚、主観性の固有の存在であり、意欲であることになる。この点こそ、ギリシアの性格を美わしい個性となしている所以なのであって、精神は自然的なものを変容して自分の表現とすることによって、この美わしい個性を産出したのであった。

〔芸術〕
 ギリシア精神は、石という自然的なものを変容させて精神的なものの表現とする。エジプト精神においては自然的なものが精神的なものに屈服せず、相互の闘争が続いていたが、ギリシアの美においては、感性的なものは単に精神が自分を啓示するための記号、表現、蓋皮にすぎない。ギリシア精神は、こうして作り出した作品の中で、自分を自由なものとして意識する。ギリシア精神は、これらの直観と形像を神的なものとして崇拝するが、これは同時に自分の事業、自分の所産、自分の存在を尊崇することにほかならないのである。人間的なものは神的なものを媒介としてその栄誉を獲得する。

 このように、ギリシア的性格の中心点をなすのは美的個性なのであり、それは芸術品として実現されることになるのだが、それらは三つの形像に要約することができる。主観的芸術品(人間自身の形成)、客観的芸術品(神々の世界)、政治的芸術品(国家組織の様式とその中における個人の在り方)がそれである。
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 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
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 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
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 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
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 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
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 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言