2013年08月13日

2013年7月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界を読む(1/10)

○目次
(1)報告者から出されたレジュメ
(2)ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界の要約@
(3)ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界の要約A
(4)ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界の要約B
(5)ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界の要約C
(6)改めての要約と提示された論点の紹介
(7)論点1:ギリシアの神々とキリスト教の神との違いとは?
(8)論点2:古代ギリシアにおいて民主政体が一番適していたのは何故か?
(9)論点3:観念論的歴史観と唯物論的歴史観における古代ギリシアの位置づけは?
(10)参加者の感想
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(1)報告者から出されたレジュメ

 2013年7月の例会では、ヘーゲル『歴史哲学』(武市健人訳、岩波文庫)「第二部 西洋の世界」の「第一篇 ギリシアの世界」を扱いました。今回の例会報告では、まず例会で報告されたレジュメを紹介したあと、『歴史哲学』の当該部分の要約を4回に分けて掲載し、ついで、参加者から提起された論点について、どのように議論をしてどのような(一応の)結論に到達したのかを紹介していきます。最後に、この例会を受けての参加者の感想を紹介します。

 今回はまず、報告担当者から提示されたレジュメを紹介することにしましょう。

第一篇 ギリシア精神の諸要素
概観

 ギリシア世界は、精神の溌剌とした若々しさにおいて青年期にたとえられる。その歴史は大きく3つに区分することができる。第1期は現実的な個性の生成の時期であり、第2期は現実的個性の独立の時期であるとともに、外国に対する勝利によるその幸福の時期であり、第3期は後続の世界史の諸器官との遭遇によって起こされる沈滞と没落の時期である。

T、地理的要素と民族性
 ギリシアは全体が多くの小部分に分かたれているが、同時に海のために関係、結合が容易になっている。ここには、多種多様なギリシアの民族と、小刻みな差別と多面性が見られる。ギリシアの文化は独立の各個性を基にしており、個々人がそれぞれ自分の足で立つような状態から出発している。それらは法律と精神的な慣習という別の媒体によって統一されている。

 ギリシア史のはじめに見られるものは、土着の種族と、外来の種族との雑種混交である。この他人同士の関係の最初の克服ということが、ギリシア文化の第1期を形成する。ギリシア人はこの人倫生活の起源をいわゆる神話的な意識の形態にして保存し、それによって感謝の記念を表している。

U、最古の政治的要素
 開化民族がギリシアに植民し、土着民との混交が行われた。彼ら外来人は王宮を築き、農業と交易に安全を与えた。国王は個人的な権威でもって、国民をその威令に従わせた。しかし、この優劣は個人的功績によるものであるから、そこにはゆるやかな統一の紐帯が存在するだけであり、その地位も長続きしなかった。

 しかしトロヤ戦役において、ギリシア全軍は全く各人の自由意志によって結成された。この国民の団結は一時的だったが、以来、ギリシア民族の全発展と全文化の指導理念となった。

 その後、次第に王家が没落していった。もともと王家と民衆との間に人倫的結合はなかったのである。民衆が国事の決定を左右するようになったが、長い平和の間、人口の増加、都市の発展、富の蓄積が起こったものの、同時に窮乏と貧困が伴った。しかし貧民階級の者は、自尊の念から、窮乏した生活に甘んずることができず、他国に自由の天地を求め、そこで農業をすることにより自由市民としての生活を打ち立てるようになった。

V、ギリシア精神の基本的性格
イ、ギリシア文化の根本的要素と、その自然に対する関係

 ギリシアには国民的結合というような膨大な統一はなく、互いに分離し、独立していて、各人の内的精神と個人的勇気とに頼る。ギリシア人は自然に対しては自分の態度を取らずに、傍観的にそれに自分を委ねて、自然の偶然に従うのであり、したがって外界にはひたすら傾聴しようとする。一方で、この外界を精神的に理解して、自分のものとしようとし、これに対して勇気と自力でもって対し、その内的意味を明瞭な観念となし、意識の対象にまで高める。

 ギリシア人は自然や自然変化の解釈と説明、その中にある意義と意味の指摘を行った。これは主観的精神の働きである。

 ギリシア人の刺激となったものは外的な刺激と内的な刺激のみでない。外国からの伝承を挙げなければならない。ギリシア人は他から受容したものを基にして、それから精神的なものを作り出したのである。

ニ、ギリシア精神の総括と芸術
 ギリシア精神の根本的な特徴は、精神の自由が制約されたものであり、自然の刺激と離るべからざる関係をもっているという点にある。この精神の段階は、人間の没我の状態と、純粋な自己確実性としての無限な主観性との中間に位する。

 ギリシア精神は、自然的なものを変容させて精神的なものの表現とする。ギリシア的性格の中心点をなすのは美的個性であり、それらは芸術品として実現されることになるが、主観的芸術品、客観的芸術品、政治的芸術品の3つの形像に要約される。

第二篇 美的個性の諸形態〔ギリシア精神の第一期〕
第一章 主観的芸術品〔人間自身の諸形態〕

 人間は自然を征服するために他の自然物を持ちだして来て、それによって自然を自然そのものに当たらせる。つまり、この目的のために道具を発明する。また、人間は自然を装飾として使用する。

 装飾は、身体と離れがたく結びついているのだから、その身体をも改造しなければならない。そこから、身体を意志にふさわしい立派な器官にしようとする精神的関心が起こった。これがギリシア芸術の主観的な始まりである。ギリシア人は、その美しい姿態を大理石や絵画の中に客観的に表現するに先立って、まず自分自身をこの美しい姿態に作り上げた。

 人間はその器官の1つである声の中に、単なる感性的要素よりも以上の深い内容を入れ、また引き出すような要素を見いだした。歌謡が舞踊から独立すると、進んで観念と精神とによって作り出された、したがってすでに客観的芸術品の域にまで達しているような内容を要求するようになる。

第二章 客観的芸術品〔神々の世界の形態〕
1.ギリシアの神の本性

 ギリシアの歌謡の内容の根本は宗教的なものである。神的なものは、自然力を要素として含んでいるが、精神的な力に変容されている。他面では、絶対的に自由な精神ではなくて、いろいろの外的制約にまとわれる。自然の克服ということは、ギリシア神話の中ではその全体の枢軸をなすものであって、ゼウス族による巨人族の没落として物語れている。その中には東洋精神から西洋精神への推移が象徴されている。

2.特殊な神々
 新しい神々はその中に自然的要素を保存しており、自然力に対する一定の関係をもっている。しかし、ギリシア精神においては、この自然的なものから精神的なものへの推移が見られる。

 ギリシアの神々は主観であり、具体的な個性である。また、それぞれ特殊の性格である。一切の精神的、並びに人倫的内容が神々に属するものとせられたために、神々の上に立てられるところの統一は、必然的に抽象的なものとならざるをえない。

3.ギリシア宗教の偶然的要素
 ギリシアの神々のもっている偶然性と特殊性に関して、この偶然性の外的起源は地方色から来る。ギリシア人の生活が当初にとった散在の状態から、その偶然性と特殊性が由来したのである。特殊性の生ずる第二の源泉は自然宗教であって、これに関する叙述もギリシア神話の中に保存されている。

 ギリシアの宗教とキリスト教は、神がその姿をこの世界に表すとすれば、人間的形態のみだという点が共通している。しかし、キリスト教においては現象するということは神的なものの一契機にすぎないのに対して、ギリシアの宗教においては現象することが最高の在り方をなす。

第三章 政治的芸術品〔国家組織の形態〕
A、概説

 国家は主観的芸術品と客観的芸術品との二面を統一する。国家において、精神は生々とした普遍的精神であると同時に、また個々の個人の自覚的な精神でもある。このギリシアの精神とギリシアの国家にとっては民主政体が一番適していた。個人の自由はまだ主観が実体的なものである国家そのものに全く依存するというほどの抽象には達しないで、その自由の中では個人的意志が自由に躍動しており、個人的意志の特殊性が実体的なものの活動を担っているからである。

 民主政体において個人にとって本質的なことは、正義の実体、国家の繁栄、国民一般の福祉にある。ところが、それは風習〔人倫〕という形で、客観的意志の形態をとるものであるから、そこにはまだ道徳性〔主観的意志〕は存在しない。だから、共同体の利害が市民の意思と決断とに委ねられることができる。

 ソフィスト達によって、主観的反省と新しい教義、各人が自分の確信に従って行動しなければならないという教義がはじめて持ち込まれた。

B、ギリシア共和国の三要素
 ギリシアの共和国においては、さらに3つの点を挙げておかねばならない。まず神託である。自発的な決意のためには、根のしっかりした意志の主観性が発達していることが必要であるが、ギリシア人はまだこの意志の力と強さをもたなかったため、彼等は神託に伺いを立てた。

 続いて、奴隷制度である。ギリシアの民主政治にとって、市民が手仕事にたずさわる必要がないということ、したがって日常生活のための仕事を奴隷にやらせることが必要だった。

 最後に都市国家である。民主政体は、小国家のみに可能だった。一都市に共同生活をするところから、共通の教養、文化が生まれ、生きた民主政治が可能となった。

C、第一期から第二期への推移(ギリシア精神の第二期)
T ペルシア人との戦

 一般に、先行の世界史的民族との接触の時期は、その第二期に属するものと見ることができる。ギリシア人の世界史的接触はペルシア人との接触であり、ギリシアはこの接触において、その国威を発揚した。アジア的原理は根こそぎ掃蕩され、ギリシアの原理の中に含まれている一切のものが完全に花を開くことになったのである。ギリシア精神の必然的な本質的形態、その真価を代表したのはアテナイとスパルタであった。

U アテナイ
 アテナイでは、古い富裕な部族と貧乏な部族との間の対立は早くから現れていたが、そこから地域とこれに関連する生活様式とに基づく三つの党派が形成された。政治状態は貴族政治と民主政治の間を動揺していたが、ペリクレスの登場によって国家組織は民主的なものになった。

 アテナイには生きた自由があったとともに、慣習と精神的教養とを伴う生きた平等があった。この平等と並んで、性格と才能とのあらゆる不平等、個性のあらゆる差別が全く自由にみとめられていた。

V スパルタ
 スパルタは土着民を征服し奴隷にすることによって成立した。そこには国家のための生活があるだけであり、個人の活動、個人の自由というものは背後に押しのけられている。貨幣は禁止されたため、外国との貿易をなくす結果となった。商業を保護し助長する唯一の手段である海軍力ももたなかった。スパルタの政体は根本は民主的であるが、ほとんど貴族政治と寡頭政治とに近いものになっている。ラケダイモン人は、その精神をもっぱら国家の上にのみ集中したために、芸術と学問とは根を下ろさなかった。

 スパルタの人倫は国家一辺倒であるのに対して、アテナイでは教養ある意識に結びついており、何よりも美の創造に参与し、その上にまた真理の創造にも参与するところの無限の活動性に結びついたものであった。

 このギリシアの人倫関係は、まだ精神的自意識の最高の立場にあるものではない。そこには、無限性の形式、思惟の自己反省が欠けており、感性的な面から解放されていない。そこで、次の時代への進展と凋落とが始まるが、その源となったものは主観性の要素であり、道徳性、自分自身の反省、内面性の要素であった。

W ペロポネソス戦争
 堕落の原理は、まず外的な政治的展開―ギリシアの諸国家間の戦争、並びに各都市の内部における党派抗争―の中に現れた。この諸国家間の不和が一般的に決裂して、ついにペロポネソス戦争となって現れた。その結果、混乱に陥ったギリシアは、他の権威を渇望するようになった。
 しかし、ギリシア世界の没落の原理は自立自由のものとなりつつあるところの内面性にある点を明らかにしなければならない。元来、ギリシア人特有の具体的生命は人倫であり、すなわち宗教と国家とに捧げられた生活であった。だが、ソフィストをきっかけに、ソクラテスによって、内面性の原理、思想そのものの絶対的独立性の原理が喧伝されることになった。さらにプラトンによって宗教への否定的態度はいっそう強められた。

X マケドニア王国
 次に訪れる歴史の歩みは、権威を剥奪された神託に代わって登場する別の決定的な意志、すなわち現実的な実力をもつ王国の出現である。マケドニア王フィリッポスが、神託に代わってその地位を占めた。フィリッポスを継いだアレクサンドロスは、アリストテレスの教育により私念や粗暴や虚栄の観念などの雑念から解き放たれ、ギリシアをアジアにまで押し広げた。

第三篇 ギリシア精神の没落〔ギリシア精神の第三期〕
 アレクサンドロスの死後、幕下の将軍達は分立して内紛の戦を続けた。ギリシアの諸国家はそれでも命脈を保っていたが、真の独立から来る独立自尊の自己感情をもつことはできなかった。こうしたギリシア国家全体の分裂と解体の状勢を打ち砕く運命の役割を演じたものがローマ人だった。
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 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
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 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
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 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編