2013年07月20日

一会員による2013年上半期の振り返り(1/5)

〈目次〉

(1)2013年上半期は何を学び何が課題として残ったのか振り返る
(2)小論執筆における学び
(3)言語学史の学び
(4)人間とは何かを分かるための学び
(5)2013年上半期の学びを概括する


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(1)2013年上半期は何を学び何が課題として残ったのか振り返る

 昨年、2012年は、「人生における基礎を確立する年に」という目標設定のもと、人間とは何かを分かるための学びと、弁証法・認識論をものにするための学びを中心に行った。この学びの中で、自分の人生の目的も設定できた。それは、科学としての言語学の構築である。一回きりの生を受けた、自分自身の存在にかけてそれをやり遂げるんだ、どれほどの困難があろうとも何度でも起き上がってそれをやるのだと、しっかり決意しての出立であった。しかし、年の真ん中あたりに急に失速し、継続して取り組むこととしていた『弁証法はどういう科学か』の要約も中断し、結局中途半端で年を終えてしまった。また、年始に計画していた著作の学びも、せいぜい6割程しか達成できなかった。

 本年を迎えるにあたって、昨年の失敗を繰り返すわけにはいかないとの決意から検討を行い、その結果、長い1年間という期間の初めに計画を立て、終わりに反省するというやり方では、これはどうしても中だるみ、年の途中での失速を招きかねず、かつ、その緩みともいうべき状態を修正する機会もないままに、無意識的に惰性で日々を無駄に過ごすという結果になりかねないとの結論に達した。事実、昨年の結果がこのことを証明している。

 そこで本年初頭、これではダメだとして思い立ったのが、半年ごとに総括をするという方法である。さらに、この半年という期間も、それ相応の長さがあるから、そのさらに半分、四半期ごとの総括も必要ではないか、ここまできたら、いっそのこと、毎月毎月の総括も行った方がいいのではないか、と考えるようになった。当初の決意をしっかり貫徹するための実質的なやり方を創出する必要を感じたのである。

 ここで注意すべきは、毎月の総括を1年間、12回平面的に続ける、というわけではないことである。毎月の総括を1年間、12回続けることはもちろんのこと、これに加えて、四半期ごと(すなわち3ヵ月に1度)、半年ごと(6ヵ月に1度)の総括をも合わせて行う、という立体的な振り返りのことである。例えば、6月が終われば、その月の総括はもちろんのこと、第2四半期の総括を合わせて行うと共に、半年間の総括をも重ねて実施するのである。

 これは最近学んだ、正規分布を原点から何度も辿り返すという学び方の原則に従ったものである。ヨリ具体的には、少し学んだら、一度原点に立ち返ってまた学ぶ、さらにそこから順次学びを積み重ねて今までの到達点より一歩進めば、また原点に返って学び返す、という方法で、常に原点に戻ることを繰り返しての学びの重層化である。この学び方の方法論は、ヘーゲルのいわゆる「概念の労苦」に通じる、非常に厳しい道程ではあるが、学問の構築の唯一の道でもあることは、『学城』第9号から学んだ。

 この正規分布を原点から何度も辿り返すということは、2つの点で重要である。1つ目は、基礎的な事柄を何度も何度も学び返すことが可能となることである。我々京都弁証法認識論研究会では、年に3回ほど実施している合宿形式の勉強会でも、常に原点から学び返すことを意識的に取り入れている。弁証法に関しては、常にその教科書である三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』に立ち戻り、認識論に関しては、「認識とは、対象の脳細胞における反映である」という原点に立ち返り、基本を徹底して学んでいる。弁証法や認識論の基礎は、繰り返し学ぶ過程で、その歪みを補正するとともに、ヨリ分厚い像を形成する努力を重ねているのである。

 正規分布的な学びのもう1つの重要な点は、決して完成してしまわないということである。世界歴史の論理を繙くと、完成してしまった国家には必ず滅亡という運命が待ち受けている。常に別の場所に起こった、まだ若い、柔軟性に富んだ運動形態にある民族によって、新たな歴史が展開されていくのである。この新しい民族は、先の時代の古い、しかし自分たちよりは当初は発展していた民族の文化に、強烈な憧れをもつとともに、それをそれこそ必死の思いで吸収する過程を通じて、ヨリ高いレベルの文化を創造していったのである。この過程を観念的に辿ることなしには、個としての自らの脳細胞の発展はありえないのである。今までの自分を客観化し、それを乗り越えるべく、まさにゼロからやり直す覚悟で学び返す意義はここにあるのである。

 この学んでは概括し、概括してはまた学ぶという過程は、人類の系統発生の流れでは、アリストテレスが行った実践過程である。アリストテレスは、師や高弟のために、「本読み奴隷」としてそれまでの知見を総ざらいするとともに、それらの知見を一つに括って、それをヨリ高い視点から捉え返す、という学びの過程を長年にわたって持ったのである。学びと概括を繰り返すことで、アリストテレスは、のちに現象論レベルではあるが学問を構築可能にする頭脳を創出できたのである。私も個人として、このアリストテレスの学びと概括の繰り返しの過程を辿ることで、学問化可能な頭脳の創出、論理能力養成を目指すものである。

 私は、人生の目的である言語学の構築に向けて、2013年は、言語学の一般論構築に向けた学びに取り組むことを目標に設定した。本稿は、この今年の目標に照らして今年の上半期を振り返ってみることで、昨年の反省点である中だるみを解消し、加えて、学びと概括を重層的に繰り返すことで、学問構築を可能とする頭脳を創出したいと考えている。

 今回は、この半年間、私が実践してきた1カ月ごと、四半期ごと、半年ごとの振り返りを、さらにまとめ直したものを次回以降紹介していく。

 上半期の学びを大きく括ると、第1に小論を執筆する過程での学び、第2に言語学史の学び、第3に人間とは何かを分かるための学び、の3つに分けることができる。それぞれについて順に振り返っていくことにする。
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 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
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 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
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 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
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 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
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 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う