2013年04月09日

2013年3月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(前半)を読む(1/10)

○目次
(1)報告者から出されたレジュメ
(2)ヘーゲル『歴史哲学』序論の要約1
(3)ヘーゲル『歴史哲学』序論の要約2
(4)ヘーゲル『歴史哲学』序論の要約3
(5)ヘーゲル『歴史哲学』序論の要約4
(6)改めての要約と論点の提示
(7)論点1:世界史的民族の政体の比較から政体の原理を把握することができないのは何故か
(8)論点2:ヘーゲルの歴史観はマルクス・エンゲルスにどのような影響を与えたか
(9)論点3:生命史観からヘーゲルの『歴史哲学』を読むと・・・
(10)参加者の感想の紹介


(1)報告者から出されたレジュメ

 今回の例会から、いよいよヘーゲルの『歴史哲学』を扱っていきました。

 今回は、報告者から出されたレジュメを紹介し、その後、扱った内容の要約を提示した後、出された論点についていかなる議論を行ったのか、最後に、参加したメンバーからの感想を紹介したいと思います。


ヘーゲル『歴史哲学』 序論 第1篇 一般的序論
【1】歴史考察の種類

 歴史考察には3種がある。根本的歴史は,自分で現に見て,また自分自身も一役買ったところの行為・事件・情勢といった外的現象を内的観念の中に移したものであり,反省的歴史は,時間の関係に拘束されない叙述,精神の面で時代を抜け出ているような歴史である。この講義の対象となる哲学的歴史=歴史哲学とは,歴史の思惟的考察にほかならない。

【2】世界史の理性観

哲学が提供する唯一の思想は,理性が世界を支配するということ,したがって世界史においてもまた一切は理性的に行われてきたという,単純な理性の思想である。

(A)原理としての理性の哲学史的考察

 理性が世界を支配しているとはじめていったのは,ギリシア人アナクサゴラスであった。アナクサゴラスの幼稚な点に不満をもって具体者と一般者の結合を遂行したのがソクラテスである。その後,神の摂理が世界を支配していると考えられるようになったが,その節理は認識不可能だと思われていた。しかしこれは偏見にすぎない。

(B)歴史の理念とその実現

 理性の規定(意味,役割)はどのようなものであるか。これは世界の究極目的が何であるかという問題と一致する。

(a)精神の本性の抽象的諸規定

 精神の実体,本質は自由である。精神は自分自身の許にあるもの(自分の内部に中心をもつもの)である。これこそまさに自由である。精神は自分自身の本性の評価であり,したがって同時に自分自身に返る活動性であり,その意味で自分を産み出し,自分を本来の自分とするところの活動性である。そこで,世界史とは,精神が本来もっているものの知識を精神自身で獲得して行く過程の叙述である,ということができる。世界史とは自由の意識の進歩を意味するのであって,この進歩をその必然性において認識するのが,われわれの任務なのである。

(b)理念の実現のための手段

 われわれが究極目的,精神の本性と呼んだものは単に一般的・抽象的なものにすぎないから,これが現実的なものになるためには人間の情熱が加わらなければならない。したがって,理念と人間の情熱という,2つの契機が,われわれの対象となってくる。一方は,世界史という大きな敷物の縦糸であり,他方はその横糸である。そしてこの両者の具体的な中間であり,結合であるものは,国家の中の人倫的自由である。

 世界史的個人とは,生産的理念の契機である普遍をその目的の中に蔵しているような,彼自身の個人的目的が世界精神の意志である実体的なものを同時に含むような人々をいう。彼らが偉人であるのは,彼らが必然的なことを意欲し実現したためである。理性が情熱を勝手に働かせながら,その際に損害を蒙ったり痛手を受けたりするのは(理性ではなくて)この情熱によって作り出されるものそのものだということを,われわれは理性の狡知と呼ぶ。特殊は普遍に比べると価値の低いものであるから,個人は犠牲に供され,捨て去られるのである。

 哲学が教えなければならない洞察は,現実の世界があるべき通りにあるのだということ,真実の善,普遍的な神的理性はまた自分自身を実現する力でもあるということである。

(c)理念の実現した形態

 理性の目的はいかなる形態で実現されるのか。それは,主観的意志と理性的意志の統一としての国家にほかならない。法,人倫,国家のみが,自由の積極的な現実であり,充足なのである。法律は精神の客観性であり,真の意志であるから,法律に服従する意志だけが自由なのである。人間の主観的意志が法律に服従することになると,自由と必然との対立は消える。

 人間は本性上生まれながらに自由であるが,社会と国家の中ではこの自然的な自由は制限せられざるを得ないとか,族長制こそが,法律的な面と人倫的,感情的な要素との結合によって,正義そのものがその内容上真実に行われることになるような関係であるとかいうのは,歴史の目的に関係する謬論である。

 国家という抽象体は,憲法によってはじめてその生命と現実性とを獲得する。憲法は,王国から始まり,貴族政体・民主政体という形をとったあと,君主政体に移行する。それぞれの政体は,民族の精神に適したものである。

 国家は,絶対的な究極目的としての自由の理念と,その手段となる主観的な面との統一である。国家は民族生活の他の諸々の具体的な面,すなわち芸術,法律,風習,宗教,学問の基礎であり,中心である。いっさいの精神的活動は,ただこの統一(自分の自由を意識すること)を,その目的とする。この意識的な統一の諸形態の頂点に位するのが宗教である。統一の第二の形態は芸術である。芸術の本領は神の像を表現するところにある。真なるものは思惟する精神の対象ともなる。ここに統一の第三の形態,すなわち哲学が登場する。哲学はそのかぎりにおいて最も高い,最も自由な,また最も知的な形態である。

 国家は宗教に基づく。国家は宗教から生まれたのであり,今でもまた何時でも,宗教から生まれるものである。その意味で,宗教の性格こそ国家と国家の憲法の性格の根底をなしている。

 一個の国民精神が,その本質性から見られて,宗教の中では神として表象され崇拝され,芸術の中では形像と直観の形で叙述され,哲学の中では認識され思想として概念的に把握されることになるのである。これら諸形態は,その実体,その内容と対象の根源的同一性のために,国家の精神と不可分の統一をなしている。一定の国家形態は,一定の宗教,一定の芸術,一定の哲学と不可分なのである。世界史は精神の神的,絶対的な過程をその最高の形態において叙述するものであり,精神がその真理,その自覚に到達するに要する段階の叙述である。そしてこの段階のそれぞれの形態が,すなわち世界史的な民族精神であり,その人倫的生活,その憲法,その芸術,宗教,哲学といった特殊の形態である。世界史はただ,この世界精神が漸次に真理の意識と意欲とに到達して行く過程を示すものにほかならない。



ヘーゲルの生涯と著作

 ヘーゲルの思想の発展段階は,彼が滞在した都市の名前をとって区分されることが多い。カントと違って,ヘーゲルは“Change of the place”を生涯にわたって実践したのかもしれない。

【1】シュツットガルト期(0〜18歳)
 1770年 誕生
 1773年 妹誕生
 1776年 弟誕生
 1777年 ギムナジウムに入学
 1783年 母死去
 1788年 ギムナジウム卒業

【2】チュービンゲン期(18〜23歳)
 1788年 チュービンゲン大学神学校入学
 1791年 ヘーゲルの記念帳に「一にして全(hen kai pan)」との書き込みあり
 1793年 神学校卒業

【3】ベルン期(23〜27歳)
 1793年 シュタイガー家の家庭教師

【4】フランクフルト期(27〜31歳)
 1797年 ゴーゲル家の家庭教師
 1799年 父死去 遺産を相続
 1800年 「キリスト教の精神とその運命」

【5】イエナ期(31〜38歳):体系形成期
 1801年 シェリングの勧めでイエナへ
      『フィヒテとシェリングの哲学体系の差異』出版
      「惑星の軌道について」 イエナ大学の私講師
 1802年 「ドイツ憲法論」
      「懐疑論と哲学との関係」
      「信と知」
      「自然法の学的取り扱いについて」
 1803年 『人倫の体系』
 1805年 ゲーテの推挙でイエナ大学員外教授
      『哲学史』講義開始(1830年まで9回)
      バンベルクの書店と『精神現象学』の出版契約
 1806年 『精神現象学』印刷開始
      「世界精神が街を偵察騎行にでかけるのを見た」と書く
 1807年 『精神現象学』序論を書店に送る
      庶子ルートヴィヒ・フリードリヒ誕生
      イエナ大学閉鎖
      新聞編集者としてバンベルクへ
      『精神現象学』出版 シェリングに送る シェリングとの交友途絶える

【6】ニュルンベルク期(38〜46歳)
 1808年 ギムナジウムの校長に就任
      『哲学入門』の講義開始
 1811年 マリー・フォン・トゥーハーと結婚
 1812年 『大論理学』第1巻第1篇(有論)出版
      長女誕生 2ヶ月で死亡
      弟死去
 1813年 『大論理学』第1巻第2篇(本質論)出版
      長男カール・フリードリヒ誕生
 1814年 次男トマス・イマヌエル誕生
 1816年 『大論理学』第2巻(概念論)出版

【7】ハイデルベルク期(46〜48歳)
 1816年 ハイデルベルク大学正教授に就任 就任演説
 1817年 『哲学的諸学のエンチュクロペディー』出版
      庶子ルートヴィヒの母の死に伴い,彼を引き取る
 1818年 『美学』の講義開始(1829年まで5回)

【8】ベルリン期(48〜61歳)
 1818年 ベルリン大学正教授に就任
 1820年 私講師ショーペンハウアーがヘーゲルに対抗して同時間帯に開講
 1821年 『法哲学・綱要』出版
      『宗教哲学』の講義開始(1831年まで4回)
 1822年 『歴史哲学』の講義開始(1831年まで5回)
 1827年 『哲学的諸学のエンチュクロペディー』第2版改訂版出版
 1829年 ベルリン大学総長に選出
 1830年 総長職を退任
 1831年 『哲学的諸学のエンチュクロペディー』第3版出版
      『精神現象学』新版について書店と契約
      激性コレラにて永眠
 1832年 妹,川に投身自殺
      『大論理学』第1巻第1篇(有論)改訂版出版

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 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
 ・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
 ・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
 ・ヘーゲル『歴史哲学』を読む
 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
 ・世界歴史の流れを概観する
 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
 ・2014年2月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第3〜11章
 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
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 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
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 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
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 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて