2013年04月08日

改訂版・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」(13/13)

(13)京都弁証法認識論研究会でともに学ぼう

 前回は、本稿での論の流れをふり返りました。あらためて強調しておかなければならないのは、大学は文化の発展を担いうる実力を養成するために「学問の府」としてつくられた高等教育機関であり、そこで学ぶ学生には、社会のなかのそれぞれの専門領域で文化の発展を担っていけるだけの実力をつけていくために、自らのアタマのなかに専門領域にかかわっての体系的なイメージをしっかりと描きだせるようにしていくことが、社会的責任としてもとめられているのだ、ということです。大学生活のスタート地点にあるみなさんには、このような重い社会的・歴史的責任をしっかりと自覚した上で、これから4年間の大学生活をどうすごしていくべきなのか、真剣に考えてもらうことを、改めて強く希望しておきたいと思います。

 本稿でこれまで説いてきたことは、学問体系の構築が可能となるような実力の土台(基礎的な実力)となる「アタマの働き」をつくるための方法であったといえます。これは端的には、対象を論理的に把握していく実力ということであり、ただ単に知識を詰め込めばよいという受験勉強的な(そしてまた現在の多くの大学教員の先生方がやっている研究レベルの)アタマの働きとはまったく異質のものです。本稿で説いたような学びをしっかりと実践して、論理的に対象を把握していく実力をつくっていくことこそ、みなさんがどの学部に所属していようと、将来どのような専門領域にすすむつもりであっても、学生としての社会的責任をはたしていくための共通の土台となるのです。しっかりと実践してくださることを期待しています。

 なお、ここでつけくわえておきたいことがあります。それは、これからみなさんが受けなければならない大学の講義について、本稿ではかなり否定的なことを書いてしまったけれども、以上のようなことをしっかり実践していくという条件の下であれば、これらも一般教養の学びの一環としてしっかり活かしていくことが可能になるのだ、ということです。どういうことかといえば、「世界全体の姿を自分のアタマのなかに描き出してやるんだ!」との大志をしっかりと把持した上で、世界の部分的な姿を特定の観点から描いてくれるものと位置づけた上で、大学の講義に臨めばよいのだ、ということです。要するに、大学の講義に自分のアタマを支配させてしまうのではなくて、自分のアタマ(学問の構築という大志を把持したアタマです)で大学の講義を支配できるようになればよいわけです。大学の講義をある程度まじめに受けて単位をしっかりと取得していかなければ大学を卒業することなどできないわけですから、このことは決定的に重要です。

 さて、本稿を終えるにあたって、これまで説いてきたような学び方をしっかりと実践していく気になった新大学生のみなさんに、是非とも伝えておかなければならないことがあります。それは、わたしたち京都弁証法認識論研究会は、高い志を掲げて学ぶ意欲に燃えた新大学生のみなさんの参加を心から歓迎する、ということです。

 わたしたちの研究会は、いまから十数年ほど前、京都のある大学で、弁証法というものに興味をもった数人の学生が、三浦つとむさんの『弁証法はどういう科学か』の読書会をはじめたことにその起源があります。以来、『弁証法はどういう科学か』を中心とした三浦つとむさんの著作、あるいは三浦つとむさんの弁証法を武器として武道哲学・武道科学を創始された南郷継正先生の著作についての読書会を継続して開催してきました。また、その過程において、偶然の縁で、これ以上ない指導者の指導を仰ぐようになるという幸運にも恵まれました。

 現在は、シュテーリヒ『西洋科学史』やヘーゲル『歴史哲学』など学問史上の重要文献をテキストにした月1回の読書会を基本に、日常的なメールのやり取りも併用しながら、弁証法・認識論の学びを深めるために活発な討論をおこなっています。また、年に3、4回は、合宿形式(通常は2泊3日)による学習会をおこなっています。ここでは、指導者による直接の指導のもとに、時間の制約を気にせずに、徹底して討論を深めていきます。また、この合宿の際には、教育実践・教育学、経済学、心理学、言語学など、それぞれの専門分野についての成果の報告もおこない、弁証法・認識論の見地がしっかりと踏まえられているのか、他の専門分野とのつながりがきちんと意識されているのか、といった観点から集団的な検討をおこなっています。異なる専門分野の人と共通の土台で突っ込んだ討論ができるというのも、わたしたちの研究会の大きな魅力であり、非常に重要なメリットであるといえるでしょう。

 本稿の連載第10回で説いたとおりに、弁証法・認識論のまともな学びのためには、最低でも、ともに学んでいく仲間の存在、できればそれにくわえてまともな実力をもった指導者の存在が必要です。とはいえ、みなさんが自力でこのような環境を一から整えていくことは、なかなかに困難なことでしょう。わたしたちの研究会は、十数年かけて、このような条件を満たした環境をつくりだしてきました。学ぶ意欲に燃えた新大学生のみなさんに、これをおおいに活用してもらえるならば、私たちにとってこれほど嬉しいことはありません。わたしたち京都弁証法認識論研究会は、学ぶ意欲に燃えた新大学生のみなさんに、これ以上ないほどに素晴らしい学びの場を提供することができると自負しています。

 とはいえ、現実には、わたしたちが開催している読書会などに日常的に参加できるのは、京都市内およびその周辺地域で学ぶみなさんに限られるでしょう。しかし、京都から遠い地域にいるからといって、何も絶望することはありません。わたしたちの研究会のはじまりがそうであったように、学びに適した環境は、みずからの力でつくっていくことができるものです。本稿を読んで「自分は何としても弁証法・認識論をモノにしてやるぞ!」という気持ちになった新大学生のみなさんは、早速、本稿で紹介した基本的な文献の学びをスタートするとともに、大学生活のなかで得た信頼できる友人たちと夢を語らうなかで、その友人(たち)をあなた自身と同じように、弁証法・認識論を学ぶ気にさせてみてください。もしそれができるならば、それがあなた自身にとって、最高の学びの場となることでしょう。また、インターネットの発達した現在は、メールで瞬時に長文のやり取りもできますし、スカイプを使って討論することもできます。もしみなさんにその気があるならば、京都から離れた地にいても、わたしたちの研究会とともに学んでいくことは可能です。年に3、4回の合宿の際には、直接に顔をあわせての討論も可能となることでしょう。

 本稿を読んで、何としても弁証法・認識論をモノにしたい! という強い意欲をもたれた新大学生のみなさんは、是非とも連絡をください。日本文化の発展を担い人類の歴史の前進に寄与していくのだ、という高い志を共有して、ともに学んでいきましょう。

(了)
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 ・哲学の歴史の流れを概観する
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 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
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 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
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 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
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 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
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 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
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 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
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 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
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 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
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 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
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 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
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 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
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 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
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 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
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 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
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 ・文法家列伝:宮下眞二編
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 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
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 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言