2013年03月21日

一会員による『綜合看護』2013年1号の感想(1/5)

(1)『綜合看護』2013年1号の内容

 2月27日(水)の早朝,通勤電車でのことだった。いつものようにタブレットで主要新聞の社説を読み終えた私は,その日の仕事のことを考えていた。その日は,私が勤務する病院で,新たに採用する心理士の採用面接の日であった。2名の募集に対して10人ほどの応募があった。採用面接でどのようなことを質問しようか,優秀な人材が来てくれればいいが,などとぼんやりと考えていた。

 その流れで,TO DOリストを確認した私は,「『綜合看護』の感想文を書く」という項目が目に留まった。「そういえば,今回の『綜合看護』はまだ出ていないな」と思い,タブレットで現代社のホームページを確認した。「雑誌のご紹介」をクリックして,ページの下の方へスクロールした時,衝撃的な文字が飛び込んできた。

「※ 『綜合看護』 は、2013年11月号 (第48巻・第4号) で、終刊 (刊行終了)となります。」


 赤字でこのように書かれていたのである。『綜合看護』が終刊になる。思ってもみなかったことである。いや,よく振り返ってみると,実は10年以上前にそういった噂を玄和会関係者から聞いたことがあった。ちょうど南郷継正先生が連載を開始された時期で,「会員は『綜合看護』を2部ずつ購入しないと,南郷師範の連載が読めなくなるぞ」というような内容だった。ついにその時が来てしまったのだ。1つの大きな時代が終わるような,そんな印象を受けた。

 数日後に届いた『綜合看護』2013年1号には,目次の手前に黄色い用紙が挟み込まれており,「終刊のお知らせ」が認められていた。何とも悲しい気分になった。私にとっては大きな喪失体験である。大学1年生のころから弁証法・認識論を学び始めたが,その過程の中で,常に年4回発刊される『綜合看護』が存在していた。『綜合看護』の論文を読み,その内容について討論し,『綜合看護』で案内される新刊情報に胸を躍らせるのが,われわれの日常であった。それも今年で終わりである。海保静子先生の『育児の認識学』をはじめ,歴史に残る数多くの著作を生み出してきた『綜合看護』が終刊となるとは。

 しかし,このことをくよくよと考え続けても仕方がない。どうしようもないことは絶対に考え続けるべきではないのだ。われわれとしては残りの『綜合看護』にしっかり学ぶとともに,これまで『綜合看護』が遺してきた遺産をしっかりと継承するのみである。

 というわけで,今回も感想を認めていきたい。初回となる今回は,いつものように現代社の編集部による内容紹介を引用した後,私が仮につけた見出しを掲載することとする。次回からは,1つずつの論文についての感想を綴っていきたい。



神庭純子「初学者のための『看護覚え書』(36)」

今回は,ナイチンゲールが指摘する「世話をする人間の管理の心構え」を取り上げ,この「世話をする人間の管理の心構え」が,どのように子どもの健康な成長発展に影響を与えるのか,看護としてどのような支援・指導が求められるのか,をある家庭訪問の事例を用いて具体的に詳しく考えていく。

(1)前回の振り返り
(2)「管理の心構え」が求められる
(3)女児のためにずっと幼稚園にいる事例Aさん
(4)Aさんは育児書をまじめに読み懸命に頑張ってきた
(5)Aさんは子どもの恐れ・傷つきを恐れている
(6)夫への期待はAさん自身の課題にも重なる
(7)対話を通して気づきを促していく



瀬江千史・本田克也他「次世代を担う看護学生・医学生への医学概論教育 講座(40)」

詳細に分類された知見を単純なものへと統合したCDK(慢性腎臓病)の内容は論理ではなく,事実レベルの規定にすぎず,医学の体系化には何ら役に立たない。今回は,腎臓の論理をふまえた上で,「腎臓病とは何か」を導き出していく過程を,読者自身のアタマで辿れるように説いていく。

(1)これまでの流れ
(2)前回の振り返り
(3)全体のイメージの大切さを納得するための実験
(4)全体像を描いた上で個々の学びに入っていく
(5)腎臓病論は常態論と病態論の一般論から導ける
(6)選別なしに生命体が生きていくことは不可能
(7)哺乳類としての腎臓の特殊性
(8)人間の腎臓の特殊性と腎臓病への過程的構造


北条亮「Der Weg zur Wissenschaft(4)」

(1)医師は感情を露骨に出してはいけない
(2)同僚が上級医との関係に困った事例
(3)考えても仕方のないことは考えず気分を切り替える



瀬江千史「看護のための生理学(45)」

人間としての運動形態を培うためには,赤ん坊に「生命の歴史」の発展過程を論理的に辿らせなければならないことを説いてきたが,今回は,陸上の激変する環境で大脳を見事に発展させた両生類段階に論理的に匹敵するハイハイが,いかに人間の脳の発展にとって重要な段階であるかを説く。

(1)これまでの流れ
(2)寝返りのためには全身の筋肉・骨を鍛えなければならない
(3)母親の目的意識的な働きかけが大切である
(4)ベビーラックに寝かせると反映する外界が違ってくる
(5)意志の力を育てることが育児の大きな要である
(6)目的と意志を力強く形成しないとハイハイしようとしない
(7)ハイハイしないと大きな欠陥をはらむ
(8)ハイハイの段階は両生類段階に匹敵する



南郷継正「なんごう つぐまさが説く看護学科・心理学科学生への“夢”講義(57)」

頭脳活動の変化過程を持ち続け,しっかりと頭脳の実力向上を図るには,長期の連載ではなく,三年に一度くらいの作品を執筆することであるが,この三年区切りは非常な困難を伴う。南郷氏は偶然性でもって三年区切りなるものが上手に可能となった。その流れを武道空手の修練の場合で説く。

(1)思想・論理・体系の区切りが大切
(2)学術論文を書く厳しさ
(3)三年に一作品が頭脳の実力向上をもたらす
(4)長い連載では構造の立体性は深まらない
(5)皮膚と筋肉が武道空手らしくなるのに1年かかる
(6)武道空手の技法の構造は日本人の体系性にはなじまない
(7)武道空手は足技をしっかり用いるのが本領
(8)人間体は労働によって実力を培う
(9)いじめの不思議

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 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史