2013年03月16日

言語学の構築に向けてどのように研究を進めるのか(1/5)

〈目次〉(予定)

(1)言語学の構築にはどのような研究が必要か
(2)言語学の構築は対立物の統一として
(3)具体的な言語現象から言語を考察する
(4)大きな観点から言語の本質を問う
(5)言語学構築のための研究は弁証法・認識論の研鑽とともに


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(1)言語学の構築にはどのような研究が必要か

 2012年10月28日から10回にわたって本ブログに連載した小論「三浦つとむの言語過程説から言語の本質を問う」は、筆者の卒業論文を紹介しながら三浦つとむさんの言語過程説の特徴や言語の構造・本質について理解していただくことを目的としたものでした。

 もともと筆者が大学で言語学を専攻しようとした個人的な理由は、夏目漱石『こころ』にありました。どういうことかと言いますと、高校生だった頃、国語の授業で『こころ』の先生の遺書の部分を読んで非常に心を動かされたのです。ヨリ具体的には、先生が隣の部屋で寝ているはずのKの様子をのぞいてみたところ、もう息をしていないことが分かって慌てて自分の部屋に帰ろうと振り返った時、自分の部屋とKの部屋とを仕切る障子一面に広がる血しぶきに初めて気づいた場面の描写が、脳細胞に強烈で鮮明な像を描かせたのでした。実際にその場にいるかのような臨場感を言葉だけで伝える漱石という作家への興味とともに、言語が持つこうした力とは一体どういうものなのかという言語への関心が喚起されたのでした。

 大学に入学してからは、一般教養の授業でも可能な限り言語学の授業を選択しました。そうした中でも、絶滅寸前の少数民族の言語をしっかりと記録、保存しなければならない、英語の研究なんて100年後でもできる、言語の多様性の一端を担う言語をできるだけ幅広く後世に残すこと、絶滅危惧種の言語の研究こそ今やらなければならない最大の仕事である、と熱っぽく語っておられた先生の授業が最も興味深いものでした。しかし、その他の授業はおしなべてつまらないものでした。「それ」という指示詞は、文構造上のいかなる位置に配置された時、一体何を指し得るのか、といった講義に至っては、つまらないというより違和感を覚えたものでした。言語を言語のみで考察し、非常に長い文章の中の「それ」という言葉の位置をいろいろに変えてみて、この場合はこれを指し得るしあれもさし得るが、次のような場合にはこれしか指し得ない、などというパズル崩れの“操作”をして研究した気になっているのでした。

 そうした中で、偶然にも、対象→認識→表現という過程的構造の分析が言語を解明する上で非常に重要である、と説く三浦さんの言語過程説に出会ったのでした。現代の言語理論が認識論を把持せず、言語を言語のみから考察するという誤謬に陥っている中で、三浦さんの説く言語過程説は、私に言語の謎を解明するための大きな希望を与えてくれたのでした。こうした経緯から、卒業論文は三浦さんの言語過程説を取り上げ、中でも認識から表現へと至る過程的構造の理解なしでは到底解ききれない<抽象名詞>の「の」を扱うことにしたのです。

 この卒業論文に関しては、言語の問題を扱うためには対象→認識→表現という過程的構造の分析が重要であるとの一貫した観点から、一定の成果を出せたこと、具体的には、三浦さんの言語過程説を紹介できたこと、さらにこの理論を用いて具体的な言語を明確に取り扱うことができることを示せたこと、は評価できる内容だと思います。しかし、この卒業論文には、大きく欠けているものがあります。それは一体何なのでしょうか。

 まず指摘できることは、言語学構築に向かう動機の問題です。卒業論文を執筆した当時の問題意識は、上述のように非常に個人的なものでした。夏目漱石『こころ』に感動して、こうした心の動きを表現できる言語とは一体どういうものなのか、という問題意識を持ってそのまま卒業論文まで突き進んだのでした。しかし、こうした個人的な動機のみで言語学構築を志した場合、この個人的な動機に規定されて、構築する学問が大きくゆがんでしまいかねません。また、この個人的動機がなくなってしまったら、もう言語学の構築は必要ない、ということにもなってしまいます。人間は、決して一人の人間として生きているわけではなく、人類全体として社会を発展させてきた、その歴史の流れの中に生きているのであって、そうした人類の歴史という視点から言語学の構築を問い直す必要があるのです。

 では、そもそもなぜ言語学の構築なのでしょうか。それは、日本も含めた全世界が、かつてないほどに混迷の時代を迎える中で、真の学問を構築してその解決の指針を示そうとする大前提として、真の言語学が求められているからにほかなりません。そもそも言語というものは、機能面からみれば、精神的な交通を媒介するためのものであって、精神的な交通を基盤とした社会的認識の形成・発展、文化遺産の継承・発展を大本から支えるものです。こうした、文化遺産の継承・発展を支える要ともいえる言語に関する科学的な学の構築は、個別科学の発展を通じて文化や国家のさらなる発展に大きく貢献することになるのです。言語学の構築は、こうした文化遺産の正しい継承という観点から捉えられるべきものだと考えています。

 もう1つ、卒業論文に大きく欠けているものは、言語を出来上がったものとして捉えていて、人類が言語を創出した過程の考察が欠けている点です。確かに、言語を対象→認識→表現という過程的構造において捉えた点に関しては、言語の生成発展を捉えているともいえるのですが、これはあくまでも共時的な(一時点での)言語の生成発展です。ここで欠けていると指摘しているのは、言語の通時的な(歴史的な)生成発展、すなわち、言語は歴史的にどのように創出されたのか、その過程的構造及び必然性に関する考察についてです。ここに関しては、人類の労働が大きくかかわってくることになります。どういうことかと言えば、人類が社会的労働によって自然に働きかけ、自らの目的像を現実化していく「自然の人間化」を徐々に拡大していく中で、文化遺産と呼べるほどの認識を創出しこれを後世に伝えるためには、どうしても言語を創出しなければならなかったということです。端的には、「言語は人類の労働が誕生させた」(南郷継正『なんごうつぐまさが説く 看護学科・心理学科学生への“夢”講義(1)』現代社、p.120)ということです。

 では、言語学の構築は文化遺産のまっとうな継承のためにこそという動機を把持した上で、言語は歴史的にどのように創出されたのか、言語の創出過程における労働の役割はどのようなものなのか、という視点が欠けていた卒業論文を克服して言語学構築への道を歩むためには、一体どのように研究を進めればよいのでしょうか。本稿では、この問題について検討していきたいと考えています。この際重要なことは、三浦さんの言語過程説をしっかり継承し発展させる必要があるということです。学問構築過程においては、先人の到達した成果の上に立って、さらにこれを高みにもっていく仕事が求められます。それゆえ、三浦さんの到達した成果を批判的に継承しながら言語学構築を目指す必要があると考えられます。こうした視点を把持した上で、上述の卒業論文に欠けたるものをいかに克服していくのかということも合わせながら検討をすすめていきたいと思います。
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 ・古代ギリシャ経済の歴史を概観する
 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
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 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
 ・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
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 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
 ・世界歴史の流れを概観する
 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
 ・2014年2月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第3〜11章
 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う