2013年03月01日

2013年2月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』をどのように読んでいくべきか(1/10)

目次
(1)報告担当者から提示されたレジュメ
(2)南郷継正「武道哲学講義(U)」要約1
(3)南郷継正「武道哲学講義(U)」要約2
(4)南郷継正「武道哲学講義(U)」要約3
(5)加藤幸信「世界歴史とは何か」要約
(6)重ねての要約および提起された論点の紹介
(7)論点1:世界歴史を理解する鍵は地球の歴史にありの二重構造とは
(8)論点2:世界歴史を川に喩えるとどうなるか
(9)論点3:ヘーゲル『歴史哲学』の偉大性と問題点は何か
(10)参加者の感想の紹介

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1)報告担当者から提示されたレジュメ

 われわれ京都弁証法認識論研究会は,本年,ヘーゲルの『歴史哲学』を毎月の例会で読み進めていくことにしました。その大前提として,1月例会では世界史の流れの事実レベルの全体像を確認しました。それを受けて,2月例会では,ヘーゲル『歴史哲学』をどのように読んでいくべきなのかというテーマで討論しました。今年一年間の目的意識・問題意識を明確にする作業だったといってもいいかもしれません。

 その際,共通の土台として2つの論文を読んで臨むことにしていました。1つは,南郷継正先生の「武道哲学講義(U)」(『南郷継正 武道哲学 著作・講義全集 第5巻』所収)です。この論文では,自然の弁証法(性)から社会の弁証法(性)へ至る流れや,学問としての「世界歴史」とは何か,それに国家の原基形態とは何かが,くり返しを厭わずに説かれています。

 もう1つの論文は,加藤幸信「世界歴史とは何か」(『学城第6号』所収)です。これは,科学的な世界歴史の構築を目指していた故・加藤幸信先生が書かれた論文であり,科学的な世界歴史の序論というべき内容かと思います。きちんと世界歴史とはを概念規定した記念すべき論文といえるかもしれません。

 2月例会では,この2つの論文を参考に1人のメンバーがレジュメを報告し,それをもとに『歴史哲学』をどのように学んでいけばいいのかに関して,討論をしました。そこで今回は,報告されたレジュメを紹介したいと思います。そして次回以降,4回にわたって先の2つの論文の要約を掲載し,その後出された論点を紹介して,それぞれについてどのような討論がなされたのか,そしてどのような(一応の)結論に達したのかを紹介したいと思います。最後に,参加者の感想を掲載して,例会報告を終える予定です。



ヘーゲル『歴史哲学』をどのように読んでいくべきか

0.はじめに――本報告の目的

 われわれ京都弁証法認識論研究会がヘーゲル『歴史哲学』を学んでいくのは、この書の内容を理解することが直接の目的ではなく、そのことを媒介として、弁証法的唯物論の立場から世界歴史の流れにかんする論理的把握を成し遂げていくためである。本報告では、このような問題意識の上に立って、おもに南郷継正『武道哲学講義U』および加藤幸信「世界歴史とは何か」を参考にしながら、弁証法的唯物論の立場からヘーゲル『歴史哲学』をどのように読んでいくべきかを考えていくことにする。


1.世界歴史(人類の歴史)を理解する鍵は「生命の歴史」にある

 弁証法的唯物論(この世界は永遠に物質的に統一されており、物質それ自体が変化・発展していくのだという世界観)からすれば、世界歴史(人類の歴史)を理解するために、まずもって先行する自然の歴史、とりわけ「生命の歴史」について理解しておかなければならない。ここでは以下の二重構造が大事である。

(1)世界歴史は「生命の歴史」の続編である

 第一は、人類は、単細胞体からサル類までの生命体の(地球との相互浸透関係を通じた)進化・発展の過程を受け継いで誕生したのであるから、人類の人類たる所以を理解するためには、サル類までの生命体の歴史の理解が不可欠となる、ということである。人類の前段階であるサル類までの歴史は、地球の発展に受動的に合わせての地球との相互浸透であった。それに対して人類は、頭の中に目的という像を描き、地球をその目的に合わせて変革していく。これを個々ではなく集団的に行うのが社会的労働ということであり、人類はこの社会的労働という形で地球との相互浸透を行ってきたのである。

(2)世界歴史は「生命の歴史」と一般性において同一の構造を有する

 第二は、世界歴史(人類の歴史)と「生命の歴史」とは、地球との相互浸透という点で本質的には同一のものであるから、両者は一般的に見れば共通した構造をもつ、ということである。日本弁証法論理学研究会によって学問的に措定された「生命の歴史」からもっとも学ばなければならないのは、“Change of the place”の論理構造である。これは簡単には、生命体はけっして同じ場所では発展しなかった(できなかった)ということを意味する。この論理構造から、社会とても同じ場所ではけっして発展できないのだ、ということをわからなければならないのである。


2.弁証法的唯物論の立場からの世界歴史とはどういうものか

(1)学問としての世界歴史とは

 学とは一般論(本質論)に統括された論理の体系である。「世界歴史とは何か」という本質論(一般論)によって、世界歴史の流れ全体に一つの筋を貫き通してまとめあげたものこそ、学問としての世界歴史なのである。

(2)弁証法的唯物論から説く学問としての世界歴史とは

 弁証法的唯物論の立場から「世界歴史とは何か」(世界歴史の本質論)を規定するならば、「人類が社会的労働によって地球との相互浸透をはかり、自らの手で自らを発展させてきた道のりを、社会的生活およびその中核をなす文化に焦点をあてて説くもの」(加藤幸信)ということになる。社会的労働は国家的労働(国家の活動)として現象するが、(弁証法的唯物論の立場に立った)学問としての世界歴史は、個別の国家を超えて発展していく社会的労働の歴史を説くのである。ここで重要なのは、世界歴史を担う場所が次々と移動していったということである。社会的労働(社会的認識)は、異なる場所(大きな流れとしていえば、より自然的条件の厳しい場所へ)に移動し、新たな外界とのかかわりをもつことによってこそ、大きな発展をとげていくことが可能となる。ようするに、世界歴史は、異なる場所で生成・発展・衰退の正規分布的な過程をくり返しながら、地球との相互浸透のレベルをあげていくように展開してきたのである。


3.ヘーゲル『歴史哲学』とはどういうものか

(1) ヘーゲル『歴史哲学』の偉大性とは

 現今の世界歴史と称する書は、現象形態でしかない個々の国家の活動を追うばかりで、世界歴史の大きな流れを描いていない。これでは、学問としての形式を満たさない。そうしたなかで唯一ヘーゲル『歴史哲学』のみが、学問と称するに値する世界歴史となっている。ヘーゲルは、観念論の立場から「世界史とは、精神が本来もっているものの知識を精神自身で獲得していく過程の叙述である」と概念規定し、この本質論(一般論)から、世界歴史の流れ全体に一つの筋を貫き通してまとめあげたのである。ヘーゲルが描こうとしたのは、弁証法的唯物論の立場からすれば、文化の発展ということであり、決して諸々の国家の歴史を寄せ集めたものではない。

(2)ヘーゲル『歴史哲学』の問題点とは

 しかし、ヘーゲルは、観念論の立場(最初から認識、精神が存在しているという立場)であったから、社会的認識(精神)は社会的労働による外界との相互浸透によってこそ生成発展していくという世界歴史の最も重要な過程的構造を説くことができなかった。観念論者ヘーゲルにあっては、精神がそれ自体として予め定められたゴールに向かって発展していくことになるので、世界歴史を担う場所が次々と移動していくことの必然性を説くことができず、したがって、滅びるとは、栄えるとは、といった肝心なところを理論的に説くことができなかった。また、精神が発展していく道筋がそれ自体として定まっているという前提から、『哲学史』と『歴史哲学』とが別々に説かれてしまうことにもなったが、哲学と国家的生活とは本来一体のものであり、これを切り離してはまともに発展が説けなくなってしまうのである。


4.まとめ――ヘーゲル『歴史哲学』の読み方

 人類の歴史の正規分布図を描こうとして発展史観を形成しかかったところにヘーゲル『歴史哲学』の偉大性があった。しかし、観念論の立場(精神はもともと存在し、それ自体として予め定められたゴールに向かって発展していくという立場)に制約されて、世界歴史を担う場所が次々と移動していくこと(“Change of the place”)の必然性(滅びるとは、栄えるとは、といった肝心なところ)を理論的に解ききることができなかった(この論理についての過程的な像はあっても、はっきり言語化されていない)。したがって、日本弁証法論理学研究会によって究明された「生命の歴史」からヘーゲルの『歴史哲学』を読んでいくことによって、弁証法的唯物論の見地からこの論理を浮き彫りにしていかなければならないのである。

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 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
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 ・一会員による『学城』第10号の感想
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 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
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 ・古代ギリシャの経済思想を問う
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 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
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 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
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 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
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 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
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 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
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 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
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 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
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 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか