2013年01月30日

一会員による『学城』第9号の感想(11/11)

(11)『学城』第9号の学びから「概念の労苦」としての世界歴史の学びへ

 『学城』第9号の感想を綴ってきた本連載も今回が最終回である。最後に、これまでの『学城』第9号への学びの重要な点を振り返って概括し、今後の学びへの決意を述べたいと思う。

 まず、『学城』第9号の全体を貫くキーワードはヘーゲルの説く「概念の労苦」であるとして、すべての論文についてこの「概念の労苦」がどのように表れているかに注目して読み進めていくことにした。「概念の労苦」とは、簡単には、学問形成の歴史を辿り返すことによって、対象から論理を導き出すことを重層的に繰り返し、最終的には世界についての本質論を把握して、そこから諸々の知見を体系的に統括していけるようになるまでの研鑽過程であった。ここに至るまでには、まず、「事実を事実としてしっかりと見てとる実力を養成」(p.2)する必要があり、また、「それらが本物の唯物論的事実なのかを問う力『問答=討論』力が必要」(同上)であり、基礎的三大学問をしっかり把持してかかる必要があるとのことであった。

 では、その基礎的三大学問たる弁証法、認識論、論理学、中でもとりわけ弁証法を学びとる過程はどうあるべきか。簡単には、古代ギリシャ時代におけるパルメニデス、ゼノンからソクラテス、プラトンを経てのアリストテレスの弁証法の実態、特のそれらの形成の歴史的実際と実体とをそれこそ歴史性を持って学びとることを通じて、ヘーゲルの学の一般性レベルでの学びを行いつつ、学問としての弁証法の学びの過程を持つことである。弁証法が歴史的に形成されてきた過程を自らの実力で辿り返してみることが必要であり、こうした研鑽過程を辿ることができた歴史上の数少ない一人であるヘーゲルへの学びが目標となるのであった。この過程においては、概念レベルの学びが重要であって、単に文字や言葉のレベルではダメであった。また、学びの過程というのは、相互浸透的な発展が必要であって、学びの対象たる時代の前時代の文化遺産を捨て去ることなく、止揚して継承していく努力が必要であった。ここは、上記の「問答=討論」力、すなわち集団力としての数年にもわたる研鑽を重ね合わせる必要があった。

 こうした理論的な実践というのは、あくまでも対象となる事実との格闘において高められていくものであるため、事実と理論とののぼり・おりの過程を繰り返し持つことが重要であった。この際特に注意が必要なのは、理論たる一般論を常に高く掲げて対象となる事実に問いかけることであった。一般論を何度も何度も確認し、具体的な実践を通してこの一般論の像を深化させていくのである。こうした実践を通じて、徐々にではあるが、弁証法の像も厚みと深みを増していくのであって、また今度は、この重層化し深化した弁証法でもって自らの学問を構築していく、という螺旋的な過程が重要であった。

 この螺旋的な発展過程ということに関しては、常に自らの学びを概括し、概括してはまた学んでいくという流れを創出することも重要であった。概括することの過程を詳細に立ち入ってみてみると、そこには理論的な実践としての概括と、それを1つの流れをもったまとまった論文として執筆する過程とが存在するのであり、論文の執筆時においても、これまでの学びの振り返りを簡単にでも行って、かつ、基本的な概念は何度も何度も繰り返し押さえていって、「そもそも」というところから説いていかなければならないのであった。

 最後に重要なことは、こうした「概念の労苦」、研鑽の過程を持つことの前提条件として、物質的な生活を全うできる土台として、自らの健康と安全という問題が存在するのであった。この問題をクリアするためには、病気とは何かを一般論から筋を通して考えていける実力を身につけるとともに、常に危機的状況を回避できるような頭と心と体のあり方を創っていく必要があるのであった。

 このようにみてくると、『学城』第9号では、健康的な生活を土台として、弁証法と自らの学問構築とを相互浸透的に、それらの歴史をも射程に入れて研鑽していく過程の内実が諸々に展開されていたのだと感じる。こうした研鑽を、集団力を駆使する形で把持し続けてこられたからこそ、日本弁証法論理学研究会は最終的には世界についての本質論を把握して物一般なるものの把握がなされていったのだと思う。こうして、「生命の歴史」という、弁証法的唯物論の見地から、宇宙の歴史、地球の歴史、生命の歴史について人類が蓄積してきた膨大な知見に見事に筋をとおしきった真の唯物論的歴史観が創出されたのだろう。

 ここで立ち戻って、我々京都弁証法認識論研究会の活動を展望してみると、今年は昨年の科学の歴史の学びを踏まえて、世界歴史の学びを行っていく予定である。具体的には、ヘーゲル『歴史哲学』を集団的に学んでいく予定である。以上の『学城』第9号への学びを踏まえるならば、まさにうってつけの目標である。なぜなら、「概念の労苦」という言葉を使ったヘーゲルへの学びであり、また歴史の筋を通しての学びだからである。この学びには、それこそ幾多の「概念の労苦」が待ち受けているものと思うが、しかし、この「概念の労苦」を厭うことなく継続していくことなしには、真の学問構築はありえないのである。

 私の専門である言語学の分野においても、「概念の労苦」は必須である。巷にあふれるどんな言語学の専門書においても、語の形式と内容、文の形式と内容といったところから論が展開されており、そもそも言語とは何か、といった概念規定は皆無に近い。よくても、言語学の対象はどういったものか、という、瀬江千史先生に言わせれば単なる「診断基準」でしかないような線引きしか行われていない現状である。

 こうした情況を踏まえ、自らの専門分野である言語学の構築のためにも、古代的学問史を体系性として構築するためにも、我々京都弁証法認識論研究会は、「問答=討論」力の養成過程をまともに把持しつつ、「概念の労苦」という歴史的文言を残したヘーゲルに世界歴史を学んでいくとの決意を述べて、『学城』第9号の感想を締め括りたいと思う。

(了)
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 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言