2012年10月06日

人類の歴史における論理的認識の創出・使用の過程を問う(1/5)

〔目次〕
(1)人類はどのようにして論理を創出し使用してきたのか
(2)人類の歴史における経験から論理への過程をたどる
(3)人類の歴史における「影の王国」の成立への過程をたどる
(4)個人の認識における論理の創出から使用への過程を考える
(5)学問への道に大志が必須である根拠は論理の本質にある

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(1)人類はどのようにして論理を創出し使用してきたのか

 私たち人間は、毎日の生活のなかで、次から次へと大小さまざまな問題に直面させられます。「今夜の夕食は何にするか」「降水確率は40%だけれど傘をもって出かけたほうがよいか」といった日常生活の些細な問題から、仕事上の諸々の問題、さらには消費税増税の是非やTPP参加の是非など国家の命運にかかわる大問題など、私たちをとりまく現実の世界は、次から次へと私たちに問題を突きつけ、その解決をせまってくるのです。主体性とは、こうした諸々の問題に直面させられたとき、自分はどうすべきなのか、しっかりと自分で決断を下し、その結果についての責任はきっちり自分で引き受けようとする姿勢にほかなりません。

 それでは、私たち人間は、こうした諸々の問題の解決に向け何らかの決断を下していく上で、何を手がかりとしうるのでしょうか。

 まず考えられるのは、過去の経験です。自分自身の経験、あるいは他人の経験、さらには国家レベルの歴史的な経験をふりかえって、「あのときはそうだったから今度も……」というように考えて判断を下していくわけです。しかし、このように過去の経験を参考にするやり方には、大きな限界があります。それは端的には、まったく誰も経験したことのないような未知の大問題にたいしては、このようなやり方でまともに立ち向かっていくことはできないだろう、ということです。

 こうした経験の狭い枠組みを突破するためのものこそ、諸々の対象的事実(人間が対象とした事実)に共通して潜む性質(一般的な法則性)を把握した認識であるところの論理であり、そうした諸々の論理に筋をとおして体系化したところの学問にほかなりません。逆にいえば、学問とは、あくまでも現実の問題を解決してよりよい未来を拓くために創出されたものである、ということができるのです。

 武道哲学・武道科学の創始者である南郷継正先生は、この学問というものについて、次のように述べています。

「学問というものは現象として立ち現れてくるいろいろな事実を、ただ言葉(文字)として連ねて説いていくことではありません。それでは研究のレベルなのです。
 学問はそこから一歩深めて、連ねた事実のなかに潜む性質(共通性や一般性)を論理として把握することが、その第一歩となるのです。 つまり事実の共通性や一般性を、論理として把握する実力が必要とされるのです。」(『南郷継正 武道哲学 著作・講義全集 第二巻』p.70)

「学問というものは、現実の世界、現実に実体として存在しきている世界の構造を、知的にすなわち論理の世界・論理の体系化として現出させることにあるのですし、それを見事に果たすのが学問の世界なのです。
 現実の世界は政治家が治めていますが、学問の世界は学者が治めるものなのです。政治家のこの世界の直接の統括・統治にたいして、これを論理的統治・統括という形、すなわち学問化として学者が学問的世界の統一(体系化)を果たすべきなのです。それが学者の任務であり、その学問的統一(学問としての論理の体系化)のための第一の学問が哲学だったのです。
 しかしながら、学問の世界、すなわち論理の体系の世界、ヘーゲル流にいうならば、政治家が統括する、統治する現実の王国にたいして、全世界の学問化としての『論理(影)の王国』すなわち『学問の王国』は、そう簡単には治められるものではありませんでした。「学問(論理)の王国』レベルで『影の王国』(ヘーゲルの言葉)がなんとか、それがなった学者は僅かです。アリストテレスに、カント、ヘーゲルくらいのものでしょう。」(同、pp.108-109)


 つまり、南郷継正先生はここで、現実の世界と論理の世界(人間の頭脳のなかに現実の世界の反映をもとにして描かれた世界)とを対比させて、現実の世界が政治家によって統治・統括されているように、論理の世界は学者によって統治・統括されなければならないのであり、そのために学問としての論理の体系化が必要なのだ、と説いているわけです。

 学問はあくまでも現実の問題を解決するための手段である、という原点をふまえるならば、これは究極的には、論理の世界の統治・統括のレベルの高低が現実の世界の統治・統括のレベルを左右するのだ、と受けとめるべきでしょう。全世界の学問化としての「影の王国」について、少し角度を変えてたとえるならば、この現実の世界のどこに何があってそれぞれどのようにつながって(かかわりあって)いるのかということを、いわば一枚の世界地図のように頭脳のなかに描き出したものである、ということもできます。このような世界地図をしっかりと描き出すことができてこそ、道に迷うことなく、確実に目的地に到達することができるのだ、というわけです。これこそが、現実の問題を解決していくのに役立つという学問の機能にほかなりません。

 ここで私たちが絶対に忘れてはならないのは、「影の王国」としての学問は、決してもともと存在していたものなどではない! ということです。学問は、現実の世界によって突きつけられてくる無数の問題を何とかして解決していこうという人類の苦闘の歴史をつうじて創出されていったものなのです。すなわち、人類の歴史の流れを視野に入れてみるならば、経験を参考にするという問題解決の手法の限界を突破するために諸々のレベルの論理が創出され、それらの論理が試行錯誤をともないながらさまざまに使用されていくなかで鍛え上げられつつ(論理の明確化・深化)それなりに整理され体系化されていき、やがて「影の王国」と呼べるほどのレベルのものに築き上げられていったのだ、という流れがあったことが想像できるわけです。

 個体発生は系統発生をくり返す、といいます。私たちが学問に志す場合、すなわち、(現実の世界が突きつけてくる大小さまざまなレベルの問題を的確に解決していくだけの実力を確立するために)自らの頭脳のなかに見事な「学問の王国」を建設していこうと志す場合、より確実な問題解決の方法をもとめて苦闘してきた人類の歴史から学ぶことが絶対に欠かせません。私たちが個人として「影の王国」の創出と使用を志すならば、人類の歴史における論理の創出と使用との二重の過程的構造をしっかりとふまえておく必要があるのだ、ということになるわけです。

 本稿では、学問を志す個人は人類の認識の発展史から学ぶべきである、という問題意識の上にたって、人類の歴史における論理の創出と使用の二重構造(人類はどのようにして論理を創出し使用してきたのか、の構造)をふまえつつ、学問を志す個人がどのような過程で論理を創出し使用していくべきなのかということについて、考えていくことにしましょう。
posted by kyoto.dialectic at 07:01| Comment(1) | TrackBack(0) | 認識論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

今回も、なんか〜ワクワクしています。宜しくお願いします。
かなり遅過ぎかもしれませんが…私も「影の王国」の創出と使用を志します。

>私たちが個人として「影の王国」の創出と使用を志すならば、人類の歴史における論理の創出と使用との二重の過程的構造をしっかりとふまえておく必要があるのだ、ということになるわけです。


Posted by 自由びと at 2012年10月06日 13:44
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 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
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 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
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 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
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 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
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 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
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 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
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 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
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 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
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 ・一会員による『学城』第13号の感想
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 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
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 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
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 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
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 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
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 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて