2012年10月05日

2012年9月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章(8/8)

(8)参加者の感想

今回は、参加者の感想を紹介します。

「今回の例会での議論をつうじて、19世紀科学の思想的背景およびその基本的な考え方の特徴について、18世紀科学の思想的背景およびその基本的な考え方からの必然的な流れとして、つかむことができたように思う。重要なのは、18世紀の社会はどういう状況にあり、それが19世紀にかけてどのように変化していったのか、そのような社会状況の変化が人々の精神のあり方にどのような影響を与えたのか、という視点を明確に持っておくことであろう。

 18世紀は、新興階級が旧体制を打ち倒して新しい社会を築いていく時代であり、非常に前向きな、希望に満ちあふれた時代であった。このような社会状況を反映して、この世界は合理的であり、人間は理性によってその合理的秩序を間違いなく把握することができるのだという、理性主義(合理主義)が大きな力をもった。一方で、理性主義に対抗しつつ補完するような形で、感覚的な経験を重視する経験主義(その端的な現れが自然科学分野における実験の重視)も力をもっていた。

 しかし、19世紀に入るころから、市民革命によって築かれた社会は、当初期待されたような理想的なものではないことが鮮明になってきた。恐慌や失業の発生、階級対立の激化、さらには相次ぐ戦争や民族的な対立の激化など、社会の様々な分野で大きな問題が発生してきたのである。このような事態は、理性主義に大きな疑問符を突きつける(人間の理性の限界を痛感させる)ものとなったのであり、ここからロマン主義的な潮流が大きな力をもつようになってきた。こうした流れに対応して、科学の領域においては、理性主義的な要素が後退して、経験主義的な要素が大きな力をもってくるようになったのだろう。端的には、たとえ現実の自然が合理的な秩序をもっていたにしても理性によってその体系的な秩序を把握するのはそう簡単ではない、と思い知ったのだといってもよいと思う。ここから、細分化の傾向が生じてきたのだと考えることができる。

 ただ、こうした流れのなかで注目すべきなのは、ヘーゲルの存在だろう。シュテーリヒは、「理性と自然は別々にあらわれ、対立することがあるが、これらを一つの体系に統一しようというのが、ヘーゲルの大きな企図だった」と述べていた。体系化への諦め、学問の細分化の傾向が生じつつあるときに、そういう流れに抗して、たとえどんなに困難であったとしても全世界の体系的秩序把握を人間理性の力で成し遂げてみせてやろう、という大目標を公然と掲げたのがヘーゲルの偉大さだったのだろう。エネルギー保存則の発見、周期律の発見、進化論の提唱など、この世界の広範囲を貫くような一般的な法則性の発見は、こうしたヘーゲルの存在を抜きにしては、絶対に考えられないのだということを、しっかり押さえておかなければならないと思う。」


「三浦さんが『弁証法はどういう科学か』で説いていた19世紀科学の内実について,具体的に学ぶことができたように思う。少し長いが,三浦さんの文章を引用しておきたい。

「18世紀はおもにできあがった物ごとの科学であった自然科学も,19世紀にはいってから過程を扱うようになり,物ごとの起源,発展,それらの間のつながりについての科学に移っていきました。自然科学からうみだされた形而上学的な世界観は,自然科学そのものの前進によって個々の分野から崩されはじめ,それが全体に広がっていきました。マルクス学派の成立と相前後して,物理学は電磁気学の誕生からエネルギー転化の法則の確立,化学は無機物から有機物の合成,生物学は生物の単位としての細胞の発見と進化論の出現など,これまで絶対的な境界線と思われていたものを次々とうちやぶり,相互のつながりを確証し,ついに全自然が永遠の生成と消滅・絶え間のない転化・やむことのない運動と変化の中に存在するという新しい自然観に実証的に到達するにいたりました。これはギリシア人の世界観のヨリ高い段階における復活を意味しています。」(『弁証法はどういう科学か』p.70)

 エンゲルスに学んだ三浦さんのこの簡潔な文章の背景には,19世紀科学の具体的成果が存在している。シュテーリヒが「連続性」と呼んだその成果を,三浦さんはきちんと抽象化・論理化されていると改めて痛感した。

 興味深いと思ったのは,こういう「物ごとの起源,発展,それらの間のつながり」や「連続性」についての業績を上げた科学者は,ドイツ人が多いということである。エネルギー保存の法則の発見者として名を連ねるマイアー,ジュール,ヘルムホルツのうち,マイアーとヘルムホルツはドイツ人である。有機化学を基礎づけたリービヒや「無機物から有機物の合成」に成功したヴェーラーもドイツ人である。さらにあまり知られていないかもしれないが,元素の周期律を発見したメンデレーエフに影響を与え,その相互浸透によって周期律が発見されたといってもよいロタール・マイアー(エネルギー保存の法則の発見者とは別人)もドイツ人である。このあたりは,大哲学者ヘーゲルや,その影響下にあったといってもよいドイツの大学教育のあり方が,相当大きな影響を与えているものと思われる。次回の『学城』で小野康友論文において詳細が説かれるということなので,非常に楽しみである。」



「今回の議論を通して、18世紀から19世紀への科学史の流れについて、自然と理性の一致という時代から、両者の分離を経て、再び統一していこうとする否定の否定の動きに至ったのだと大まかに押さえることができた。その原動力として非常に大きな学びになったのは、当時の社会の動きとの連関である。18世紀は新しい階級が社会を築いていこうとする時代であり、非常に希望に満ちあふれていた。こうした社会的な気運を背景に、科学においても、自然を理性的に把握しうるという考えが強まっていた。しかし、19世紀に入って、思い描いていた社会を構築するどころか、様々な現実的な問題にぶつかると、科学においても、そう簡単に体系的な把握はできないという考えが強まるようになり、ロマン主義が流行していった。このように、科学も決して科学独自で発展しているわけではなく、あくまでも社会全体とのつながりの中で発展しているのだということを再確認できた。

 また、報告者のレジュメの作成の仕方という点についても、今回は学ぶところが多かった。今回、報告者はそれぞれの個別科学の内容の要約を行った上で、それを踏まえて全体の要約を行うという二重の作業を行っていた。また、その全体の要約に関しては、要約と同時にコメントを付け加えるという二重性が含まれていた。これまで『西洋科学史』を扱ってくるなかで、レジュメとしてのレベルが非常にアップしていることを感じた。

 次回は私が報告担当となっているが、こうした点をしっかりと受け継ぐとともに、さらにレベルアップしたレジュメ(例えば図を付け加えるなど)を作成し、研究会としての発展に資するものにしたいという決意を抱いた。」
posted by kyoto.dialectic at 06:30| Comment(1) | TrackBack(0) | 例会報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今回もありがとうございました。
以下の言葉が私の今の心に残っています。


>端的には、たとえ現実の自然が合理的な秩序をもっていたにしても理性によってその体系的な秩序を把握するのはそう簡単ではない、と思い知ったのだといってもよいと思う。
Posted by 自由びと at 2012年10月05日 22:37
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 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言