2012年09月08日

科学者列伝:18世紀の科学編(3/3)

(3)ラプラス

 科学者列伝シリーズの「18世紀の科学編」も今回で終わりです。最終回では,フランスの天文学者・数学者であるピエール・シモン・ラプラスを紹介したいと思います。

 ラプラスといえば,哲学をかじった人は「カント・ラプラスの星雲説」によって,数学を専攻していた人は「ラプラス変換」によって,その名を知っているでしょう。しかし,南郷継正先生に学んでいる我々としては,何よりも統計学者としてのラプラスにまず触れておきたいと思います。本田克也・浅野昌充・神庭純子『統計学という名の魔法の杖
看護のための弁証法的統計学入門』(現代社)の「本書に登場する統計学者概説」から引用します。

「ピエール・シモン・ラプラス(1749-1827)

 フランスに生まれた。現宇宙の天体の起源として,カントが史上初めて説いた「燃えさかる星雲の凝縮によって,現在の天体が生成した」という星雲学説を数学的に証明して,この学説に科学的基盤を与えた。また多くの分野で数学を駆使して特に天体力学に一紀元を画した。

 また確率という数学的分野を創始し,確率論の古典である『確率の哲学的試論』(1814)を著した。『確率の哲学的試論』の冒頭は「すべての事象は,たとえそれが小さいために自然の偉大な法則の結果であるとはみえないようなものでさえも,太陽の運行と同じく必然的にこの法則から生じている」という言葉で始まっている。天文学の分野では『天体力学』全5巻を著し,第二のニュートンといわれた。

 統計学の分野では中心極限定理(統計学用語解説参照)を発見して正規分布を数学的に証明したとされている。」(p.254)


 最後の部分で「正規分布を数学的に証明したとされる」と書かれています。これは,通説ではそのように理解されている,という意味です。というのは,『統計学という名の魔法の杖』では,正規分布の発見者はラプラスではなくガウスであるとしているからです。

 それはともかく,ラプラスの発見した「中心極限定理」とは何でしょうか。同書の「統計学の基礎的用語解説」から引用します。

「中心極限定理(ラプラスの魔法;central limit theorem)

 いかなる対象から集めたデータでも,その平均値をとって分布の中心を求めていくと,もとの母集団の平均値に限りなく近づいていくという定理。これはデータ数を増やすほどに,その平均値の分布は限りなく元の母集団の平均値(中心)に集中して分布する性質があり,その標準偏差は標本数の平方根に反比例して小さくなることが示された。

 発見者ラプラスに因んで,本書ではこの定理を「ラプラスの魔法」と命名した。」(p.249)


 この中心極限定理のおかげで,少ないデータに統計学を適用することができるようになったのです。詳しくはぜひ,『統計学という名の魔法の杖』をお読みください。では,中心極限定理の発見という統計学史上の画期的な業績をあげたラプラスは,どのような生涯を送ったのでしょうか。

 ラプラスは,1749年,北フランスのノルマンディーの農家に生まれました。生家は貧しかったのですが,富豪の隣家の援助を受けて,同地方の陸軍の学校に学ぶことができました。18歳になった時,紹介状を持ってダランベールを訪ねましたが,会ってもらえなかったそうです。そこで,数学についての論文を送付したところ,その優秀さにほれ込んだダランベールの援助を受けることができるようになったと伝えられています。ダランベールのおかげで,パリに出て,陸軍学校の数学教授に任命されました。

 ラプラスははじめ,ラボアジエと協力して,多くの物質の比熱を測定しました。1780年に二人は,化合物を元素に分解するときに必要な熱量が,その元素から化合物が生成するときに放出される熱量と一致することを示しました。これは熱化学の始まりであり,約60年後のエネルギー保存の法則の誕生を暗示するものと評価することができます。

 この後,ラプラスは研究の主力を太陽系惑星の三体問題と一般安定性の問題に向けました。三体問題とは,三つの天体の相互作用を数学的に説く課題のことです。ここに関して,シュテーリヒは以下のように述べています。

「木星や土星などの惑星運動には確かに不規則性が観測されるが,長い時間を通じてみればこれも実は周期運動を示すことを,ラプラスは数学的に証明した。……こうしてラプラスは,自分でも明言する通り,“長らく万有引力論の例外であるかのように思われていた不規則性を,今やもっとも特徴的な証拠に”してしまった。ラプラスは,太陽系が安定であること,平衡状態にあることを立証したのである。」(シュテーリヒ『西洋科学史V』p.198)


 すなわち,ニュートンは,惑星は太陽の影響だけを受けるということを一般的な前提にしていたのですが,その前提からすれば「例外であるかのように思われていた不規則性」を惑星の運動は示します。その惑星の不規則性をラプラスは,三体問題を数学的に解ききることによって,万有引力論の最も確実な証拠へと転換したのです。このようにしてラプラスは,惑星天文学に関して,ニュートンの研究を完成させたのです。このため「第二のニュートン」とか「フランスのニュートン」と呼ばれることがあるわけです。

 1796年に『宇宙の体系』という一般向けに描いた天文学書を著しました。この書の巻末に書いた注釈で,星雲説に触れています。そこでは,全ての惑星が太陽の周りを同一方向に,同一平面内で公転していることから,太陽は,初めは回転している巨大な星雲か,気体の雲だったのではないかと提唱しています。そして,気体が収縮するにつれて回転が速くなり,外側にある気体の部分が遠心力によってちぎれて惑星が次々とできてきて,星雲の中心部が濃縮したものが現在の太陽であると主張したのです。

 ラプラスの引力理論は,1799年から1825年にかけて出版された『天体力学』全5巻にまとめられています。この内容に目を通したナポレオンが,神についての記述がないことについて質問したのに対して,ラプラスは「そのような仮説は必要ありません」と答えたというエピソードが残っています。

 1812年には『確率の解析的理論』を,1814年には『確率の哲学的試論』を出版して,確率という数学的分野を創始しました。これらの中でラプラスは,自然界のあらゆる力と物質の状態を完全に把握した知的存在が実在すれば,その知的存在にとって,宇宙の中で何一つとして不確実なものはなく,未来を完全な正確さで予見できると主張しました。この知的存在は「ラプラスの悪魔」と呼ばれています。ラプラスの悪魔がいれば,神の存在は不要になるということで,先に紹介したナポレオンに対する言葉になったのでした。

 ラプラスはラボアジエと違って,うまくフランス革命を乗り切り,常に高い地位にいました。ナポレオンのもとでは内務大臣,宮中顧問となりながら,ルイ18世が王位につき,ナポレオンが失脚した後も,侯爵に任ぜられました。1785年には科学アカデミーの会員になっていましたが,1816年には,最も地位の高い,フランス学士院の会員に任ぜられ,翌年にはその総裁にもなっています。晩年はパリ郊外のアルクイユに住み,毛管現象,音響学などの物理現象にも関心をもちましたが,この方面の彼の業績はあまり高く評価されてはいません。


(了)
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 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言