2012年09月07日

科学者列伝:18世紀の科学編(2/3)

(2)ラボアジエ

 今回は,「近代化学の父」と称されるラボアジエを紹介します。

 ラボアジエはなぜ,近代化学の父と呼ばれているのでしょうか。それには主に5つほどの理由があります。第一に,ラボアジエは正確な測定の重要性を認め,測定をくり返し実行して成功させ,それを他の化学者が採用するようにさせたからです。つまり,2世紀前に物理学においてガリレオがしたのと同じことを化学で実行したのです。第二に,彼は燃焼について,従来のフロギストン説に代わって明快な説を立てたからです。第三に,化学変化の前後で,物質全体の質量は増えもしないし減りもしないという「質量保存の法則」を示した点も挙げられます。さらに第四に,ラボアジエはすべての物質をその構成元素によって呼ぶという原則を打ち立てました。最後に,彼はフランス革命が起こった1789年に『化学要論』という教科書を発表し,自分の理論をまとめました。これが,ラボアジエが近代化学の父と呼ばれる第5の理由です。

 ではラボアジエの生涯を辿ってみましょう。

 ラボアジエは1743年にパリで生まれます。父親は裕福な弁護士であり,ラボアジエは十分な教育を受ける機会に恵まれました。父親は自分の跡を継いで法律家になってほしいと願っていたようですが,ある天文学講義を聴いてからは科学に関心を持つようになり,地質学をかじったのちに化学に方向転換しました。

 1760年代には,パリの街路の照明を改良するために働き,この問題に関する論文を書いて名をあげました。ほどなくして,フランス科学アカデミーの名誉ある学会員に25歳の若さで選ばれました。こうして化学者としてのスタートを切ったのです。

 1768年に,ラボアジエは研究の資金を手に入れるために,徴税会社に50万フランを投資しました。徴税会社というのは,政府に雇われた個人の会社で,割り当てられただけの税金を集めて政府に納める仕事をしていました。しかし,その額よりも多く取り立てれば,それは徴税請負人のものとなったため,ほとんどすべての徴税請負人が最後の一銭まで,厳しく取り立てていました。したがって,18世紀のフランスで,この徴税請負人ほど小作人や労働者・中産階級の人たちに嫌われた者は他にいないほどでした。ラボアジエはこの投資で一年に10万フランの利益をあげ,1771年には,会社の経営者の娘と結婚しました。彼女は腕の立つ画家で,ラボアジエの本のために挿絵を描いたり,彼が実験するときにノートをとるのを手伝ったりしてくれたということです。

 はじめのうち,ラボアジエは,18世紀の化学者が抱いていた古代化学思想=四元素説を打ち破っていきました。四元素説というのは,すべてのものが火と水と空気と土でできているという説です。この説を信じていた化学者たちは,水を長い時間熱すると,土に変わると考えていました。確かに,水を長い時間をかけて加熱し続けると,固形の沈殿物ができたのです。

 このことを確かめるために,ラボアジエは,加熱中に水蒸気を凝結してもとへ戻し,水が外部に逃げないように工夫した装置を使って,101日間水を加熱し続けました。そして,注意深い測定法を用いて,実験の前後での,水と容器の重さを測定したのです。すると,確かに沈殿物は現れましたが,水の重さは変化していなかったので,沈殿物は水から出たものとは考えられませんでした。フラスコの重さを測定すると,ちょうど沈殿物と同じ重さだけ減っていました。こうして,この沈殿物は水が変化してできたものではなく,ガラスが変化してできたものであることが分かったのです。

 ラボアジエは,先に触れた街路の照明に関する関心から,燃焼についても強い興味を示すようになりました。当時,燃焼に関しては約70年前にシュタールによって発表されたフロギストン説で説明されていました。フロギストン説というのは,物質の燃焼とは,物質が含んでいた負の重さを持つフロギストンが空気中に逃げだすことであるとする説です。ラボアジエは,酸素の発見者であるプリーストリーとは違って,フロギストン説を疑っていました。燃焼に際して物質がもとの重さよりも重くなるのは,空気中の何かが結合したためではないかと考えました。これを確かめるために,彼は実験を行いました。まず,一定量のスズを,空気とともに大きなフラスコに入れて密封し,質量を測りました。そして,全体をスズが金属灰になるまで十分加熱し,冷却後,再び質量を測りました。すると,前後で変化はなかったのです。次に,封を開けると,シュッと音がしてフラスコ内に空気が流入しました。これはフラスコ内が減圧になっていたことを示しています。この後フラスコの質量を測ると,若干ながら増えており,それは金属の質量の増加分と一致していました。こうしてラボアジエは,金属灰が金属と空気の化合物であり,金属がさびたり燃焼したりするのは,フロギストンが逃げることではなく,空気の一部が結合することであるということを証明したのです。

 また,彼は,化学変化にあずかる全ての物質を考慮すれば,質量の変化は決して起こらないと結論付けました。これが質量保存の法則の発見です。この法則は,19世紀において化学が発展していく上で非常に重要で有効なものとなりました。

 さらにラボアジエは,酸素の発見者プリーストリー(彼自身は「脱フロギストン空気」と呼んでいました)と交流します。そこで脱フロギストン空気の重要性を感じ取ったラボアジエは,純粋な脱フロギストン空気だけを使って燃焼の実験をしたり,逆に脱フロギストン空気のない状態で燃焼を試みたりしました。このような実験の結果,空気の約5分の1は「脱フロギストン空気」であり,燃焼とは可燃物と酸素(「脱フロギストン空気」をラボアジエはこう命名でしました)との結合であるという近代的な燃焼理論に到達しました。これは,これまでの考え方を180度転換させた,まさに「化学革命」と呼ばれるのにふさわしいものでした。

 1787年には,ラボアジエは他の化学者と協力して『化学物質の命名法』という本を出版します。この中で,化合物の命名に関する論理的な規則を示したのです。従来,化合物の名前はここの化学者の気まぐれでつけられていました。それゆえ,化学者同士のコミュニケーションがうまくとれないような状態だったのです。そこで,ラボアジエは名前によってその物質の成分が分かるようにしたのです。今日,私たちが使っている塩化ナトリウムとか塩素酸ナトリウムなどという名称は,ラボアジエの規則に沿ったものです。

 フランス革命の起こった1789年には,『化学要論』という,初めての近代的な化学の教科書を出版しました。ラボアジエは,この本で自分の仕事の総まとめをしています。この中で,当時知られていた全ての元素を載せた表がつけられています。この中には光と熱も載せられています。ラボアジエは,熱は「熱素」と呼ばれる重さのない流体からできていると信じていたのです。重さのない流体の一つであるフロギストンを一掃したラボアジエも,熱については間違った見解を持っており,以後50年の間,化学者に悪影響を及ぼしました。

 研究生活も終わりに近くなってから,ラボアジエは若きラプラスと共同で,生体組織の中で起こる変化について,燃焼熱を測定してかなり詳しい研究を行いました。ところが,この研究の継続は,フランス革命の影響で,永遠に閉ざされてしまいます。

 1789年に始まったフランス革命は,1792年には過激な革命派の天下となり,共和制が宣言されます。過激派から見れば,徴税機関は憎むべき旧制度の象徴であったため,徴税請負人をすべて捕えるようにという命令が下されます。そこでラボアジエも捕えられ,死刑が宣告されたのです。1794年5月8日に,人類史上最高の頭脳の持ち主の1人であったラボアジエは,ギロチンにかけられて殺されました。有名な数学者であるラグランジュは,「彼の頭を切り落とすのは瞬間的だけれども,それと同じ頭脳が出現するには100年以上を必要とするだろう」と嘆いたということです。
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 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言