2012年09月06日

科学者列伝:18世紀の科学編(1/3)

(1)アダム・スミス

 今回から、歴史に名を残す科学者を紹介する「科学者列伝」シリーズを3回にわたって掲載します。今回は、18世紀に活躍した3人の科学者を取り上げます。初回は、このシリーズで初となる社会科学の分野で活躍したアダム・スミスです。

 アダム・スミスは、1723年6月5日、スコットランド東海岸にある港町カーコーディに生れました。関税監督官であった父は、スミスが生れる前になくなっています。母マーガレット・ダグラスは、亡き夫と同じアダムという名前を一人息子につけ、生涯愛情を注ぎました。

 スミスの生れたスコットランドは、もともとイングランドとは別の国(ただし1603年にスコットランド国王がイングランド国王を兼ねて以降は、共通の国王の下に別個の議会が存在する「同君連合」を形成)だったのですが、1707年、スコットランド議会がイングランドとの合同条約を批准したことにより、正式にイングランドと合同してひとつの国家を形成することになります。

 当時のスコットランドは、イングランドと比べるとかなり経済の発展が遅れていました。国内的にみても、豊かな平地(南部)と貧しい高地(北部)という地域間格差を抱えていました。しかし、イングランドとの合邦を契機に、植民地アメリカとの貿易を含むイングランド市場に全面的に参加する道が拓かれたことによって、スコットランドは急速に経済的な発展をとげていくことになったのでした。

 経済的な繁栄は、自由で進歩的な社会の雰囲気をつくりだしていきます。諸産業の発展によって台頭してきたブルジョアジーが、旧来の封建的な体制をつくりかえていくための精神的な武器として、「自由」と「理性」とを掲げるようになっていくからです。こうした状況は、スミスが生きた18世紀のスコットランドにも当てはまりました。当時のスコットランドにおいては、商業化された社会における人間性や道徳のあり方について考察を深めていった「スコットランド啓蒙」と呼ばれる思想的な流れが存在していたのです。フランシス・ハチスンやデビッド・ヒュームなどが、こうした流れを代表する人物です。

 1737年、スミスは、スコットランド随一の商業都市グラスゴウのグラスゴウ大学に入学します。スミスはここで、道徳哲学教授のフランシス・ハチスンに学び、決定的な影響を受けることになります(ハチスンは、人間には何が善であるかを感知しうる「道徳感覚」が備わっているのだという論を展開していました)。

 スミスは、1740年にオックスフォード大学に入学しますが、その(グラスゴウ大学と比しての)保守主義的な傾向と停滞した雰囲気に幻滅、しだいに充実した蔵書数を誇る図書館に逃避するようになります。スミスが、ギリシャ・ローマ時代の古典から18世紀の英文学、仏文学にまで精通するようになったのは、この図書館のおかげだといわれています。

 スミスは1746年、故郷のカーコーディーに戻ります。きまった就職先があっての帰郷だったわけではないのですが、1748年の冬以来、エディンバラにおいて3回にわたって行われた修辞学と文学についての公開講義が高く評価されたことが、大学就職への道を拓きます。スミスは、1751年にグラスゴウ大学の論理学教授に、1752年には同大学の道徳哲学教授に就任することになったのでした。こうしたなか1750年ごろには、生涯をつうじての友人となるデイヴィッド・ヒューム(ヒュームのほうが12歳年上)と出会っています。また、当時のグラスゴウ大学には、蒸気機関を改良することで工業化への道を拓いたジェームズ・ワットが機械工として雇われていたというのも、非常に興味深い事実だといえるでしょう。スミスは、1757年には、ワットが大学構内で実験器具製造・修理店を開業することを手助けしたともいわれています。

 さて、グラスゴウ大学におけるスミスの道徳哲学講義は、自然神学・倫理学・法学・経済学の4部門から構成されていました。このうち、経済学に相当する部分がのちに『国富論』へとつながっていくわけですが、まず、倫理学に相当する部分をひとつの著作としてまとめたものが1759年に出版されます。これが有名な『道徳感情論』です(このほか法学にかんしては、1763年の講義録にもとづくものが岩波文庫から『法学講義』として出されています)。

 『道徳感情論』は、「利己的な存在であるはずの人間が、社会の秩序を保ち、よりよい社会へと発展させていくことができるのはなぜなのか」という問題にとりくんだ著作であるといってよいでしょう。スミスは、この問題にたいして、人間は利己的であると同時に同感の能力をも持つという矛盾した存在であり、現実の他者とかかわる経験を積み重ねていく過程をつうじて、胸中に「公平な観察者」を創出しそれを使用していくからにほかならないのだ、という解答をあたえたのでした。

 この『道徳感情論』は大成功を収めます。すぐにフランス語版、ドイツ語版が出版されるなどして、スミスの名声は世界的なものになりました。スミスは、この『道徳感情論』を読んでスミスの学識にほれ込んだチャールズ・タウンゼントという人物から、ぜひ第3代バクルー公爵ヘンリー・スコットの家庭教師としてフランス旅行に同行してほしい、と懇願されるようになります(当時のイギリスには、裕福な貴族の子弟が、その学業の終了時に大規模な国外旅行をおこなう習慣があったのです)。スミスは、この要求を受け入れて1763年には教授職を辞し、バクルー公に同行してフランスへ向かいます。スミスは、この旅行をつうじて、ヴォルテールやダランベール、テュルゴー、ケネーなど、フランスの知識人と親交をむすぶことになったのでした。

 その後、1766年にスコットランドに戻ったスミスは、畢生の名著『国富論』の執筆にとりかかり、1776年に出版します。経済学について「諸国民の富の原因と性質」を扱う学問であると規定したスミスは、『国富論』の冒頭で次のように述べています。

「国民の年々の労働は、その国民が年々消費する生活の必需品と便益品のすべてを本来的に供給する源であって、この必需品と便益品は、つねに、労働の直接の生産物であるか、またはその生産物によって他の国民から購入したものである」

 この言葉は、スミスにとっては、富とは金銀のことであり富の源泉は貿易収支の黒字であるという当時の支配的な経済思想(重商主義)を厳しく批判したものにほかなりませんでした。スミスは、このような考え方に反対して、富とは生活資料(人々の諸々の欲求を満たすモノ)のことにほかならず、富の源泉は年々の労働にほかならないのだ、という主張を掲げたのでした。その上で、富を増大させるためには、分業によって生産性を上げるとともに、生産的労働の雇用を増大させるための資本蓄積が必要となるのだとして、富(人々の諸々の欲求を満たすためのモノ)の源泉たる労働の合理的・適切な配分のあり方を研究したのです。

 『国富論』においてスミスは、重商主義思想にもとづいた国家の経済への介入が経済の自然な発展のあり方をゆがめていると批判し、人為的な介入をやめて自然な動きに任せてこそ富の真の増大がもたらされていくと主張しました。個々人の利己的な行動が「見えざる手」の導きによって社会全体の利益をもたらすという有名な主張も、この文脈のなかでなされています。しかしスミスはけっして個々人の利己的な行動を野放しで黙認していたわけではなく、あくまでも同感の原理によって規制される限りで(すなわち、個々の経済主体が「公平な観察者」の考えられる範囲内に自分の利己心を抑制していくという条件のもとでのみ)利己心を容認したのだと考えるべきでしょう。

 スミスは1778年にエディンバラの関税委員に任命され、亡くなるまで自身の2つの著作(『道徳感情論』と『国富論』)の改定増補作業に没頭しました。そして、1787年にはグラスゴー大学名誉学長に任命され、1790年7月17日、エディンバラにおいて、67歳で亡くなりました。スミスは、死に先立って、ジョセフ・ブラック(二酸化炭素の発見で知られる化学者です)およびジェイムズ・ハットン(火成論で知られる地質学者です)の2人を遺言執行人に指名し、みずからの遺稿のほとんどを焼却するように依頼したといわれています。
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 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
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 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
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 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
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 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
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 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
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 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
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 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
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 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
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 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
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 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
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 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
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 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
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 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史