2012年05月25日

科学者列伝:西欧中世編(1/3)

(1)アルベルトゥス・マグヌス

 科学史上に名を残す大科学者の生涯や業績,その問題意識や後世への影響等を説く「科学者列伝」シリーズ。今回から3回にわたって「西欧中世編」ということで説いていきたいと思います。西欧中世編では,近代科学の先駆者と考えられる科学者を紹介します。

 初回となる今回は,13世紀のドイツで活躍したアルベルトゥス・マグヌスを取り上げます。彼は,1200年ごろ,南ドイツで騎士の家に生まれます。パドヴァ大学に学び,その間,ドミニコ会に入ります。1245年にはパリ大学神学部の教授になり,ここでのちに中世最大の哲学者として知られることになるトマス・アクイナスが弟子となります。1248年に,ケルン大学の前身であるドミニコ会神学大学ストゥディウム・ゲネラーレ創設のためにケルンに移り住みます。この後,1260年から2年間,レーゲンスブルクの司教を務めたり,教皇庁所属の神学者として活躍した時期を除いて,主としてケルンで活動します。

 彼の本名はボルシュテート伯アルベルトといいますが,学問領域全般にわたる学識のゆえに大アルベルトゥスを意味する「アルベルトゥス・マグヌス」と呼ばれました。また,「万能博士」とも呼ばれています。当時は誇張した呼び名が流行ったようで,弟子のトマス・アクイナスは「天使博士」,論敵であり次回紹介するロジャー・ベーコンは「驚異博士」と呼ばれました。存命中すでに,アリストテレス,アヴィケンナ,アヴェロエスと並ぶ権威ある著作家とされていたようです。

 アルベルトゥス・マグヌスは,アヴェロエスのラテン語によるアリストテレスの注釈書に触発され,アリストテレスの自然学を学びました。そしてそれを基礎としながらも,動物学,植物学,鉱物学について鋭い観察力をもって広汎な研究を行いました。権威を否定して,個人の観察の重要性を強調したこと,自然をあるがままに観察することの大切さを説いたこと,これが科学史上におけるアルベルトゥス・マグヌスの意義であると考えられます。

 逆からいうと,当時は動植物に関して,自分の観察に基づかない,いんちききわまる観念が風靡していたのです。2世紀ごろから1000年ほどにわたって,聖書に出てくるものやでたらめで空想的な生物を扱った『フィジオログス(自然学者)』と題する本が流布していました。これは,動物では奇怪で空想的な哺乳動物,鳥類,爬虫類などが記載され,植物ではイチジク,ドクニンジンなどが扱われ,いくつかの鉱物も述べられているものでした。中世の動物に関わる本は,大部分がこの『フィジオログス』を典拠としていました。『西洋科学史』に引用されている『フィジオログス』のアリジゴクに関する記述を孫引きします。

「アリとライオンとから一つの動物が生まれ,これがアリ=ライオン(Ameisenlöwe――アリジゴク)と呼ばれる。この動物は,生まれるとじきに死んでしまう。食物の工面がつかないので,いや,むしろその能力がないので飢え死にするのである。これが事実であることは聖書が証明している通りであって,そこにはこういわれている。“アリジゴクは糧に飢えて死ぬべし”。……」(『西洋科学史U』pp.54-55)


 ここでは,聖書という絶対的な権威が事実を証明するものとされています。これに対して,アルベルトゥス・マグヌスは,次のように説いています。これも『西洋科学史』からの孫引きです。

「最初にいうが,この動物は多くの人たちのいうようにアリではない。なぜなら,この動物がダニと非常に似た形のものであることを,私はしばしば体験してきたし,同僚たちにも示したことがある。このものは半ば円錐形のくぼみを砂に掘ってひそんでおり,アリジゴクの口はこれの底にある。食物を求めにでたアリがこの穴を横ぎろうとすると,アリジゴクはこれを捕らえてのみこむ。私たちはこれを非常にしばしば観察したことがある。」(p.61)


 「私はしばしば体験してきた」とか「私たちは……しばしば観察した」とあるように,自分自身の体験・観察を根拠としています。これは,身のまわりの動植物をどうみるかという限りでは聖書という絶対的な権威を否定して,自然をあるがままに観察していることを意味しています。これは近代科学への,ごく小さいながらも非常に大切な第一歩ということができるかと思います。シュテーリヒも先の引用部分に続いて,次のように説いています。

「このような単純な記載は,今日の私たちにとってはたいした科学的業績とは思えないかもしれない。しかし,ありのままに観察し,過程を正確に記載する能力を人類が獲得してまだ日は浅いのであり,今日でさえまだこれを行なえない者のほうが,人類の大多数なのだ――交通事故を目撃した人たちの証言一つを考えてみてもわかることである。アルベルトゥスはそれを開拓した一人だった。」(pp.61-62)


 神の意図は何かと問いかけて自然を眺める場合,自然をありのままに観察することにはならないで,むしろ自然自体のあり方を無視してでも,聖書に根拠を求め,聖書を絶対視するような姿勢になってしまいます。このような問いかけ的認識が,中世全体を支配していました。そのような中にあっても,アルベルトゥス・マグヌスのように,権威=聖書を(ある意味では)否定して,あるがままの自然を観察して,自分の観察したことに基づいて自らの考えを述べていくというあり方が,人類の中に芽生え始めてきたのです。

 もちろん,アルベルトゥス・マグヌスがキリスト教を否定したということではありません。彼は信仰の世界に関してはプラトン主義を,理性の世界に関してはアリストテレス主義を採用し,信仰と理性をはっきりと分離させたといわれています。これは,信仰を否定したわけではなく,相反する矛盾した要素が,一人の人間の中に共存していた,ということでしょう。ニュートンですら,中世と近代の奇妙なジレンマを抱えていましたし,現代の科学者でも,完全に宗教的な要素を排除できている人,徹底的な唯物論の立場に立てている人が,どのくらいいるかは心許ないと思われます。

 それでも,アルベルトゥス・マグヌスが踏み出した一歩は,科学を宗教から独立させる初めの一歩となったと評価することはできるでしょう。権威に全的に依存することによって安らうという中世的指導理念が動揺し始め,科学的ルネサンスに向けての胎動がアルベルトゥス・マグヌスには見られるのです。そしてこの胎動は,次回に紹介するロジャー・ベーコンにおいていっそう顕著となります。
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 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
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 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
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 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
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 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
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 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
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 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
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 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
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 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
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 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
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 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
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