2012年04月02日

科学者列伝:古代ギリシャ編(3/3)

(3)アリストテレス

 科学者列伝:古代ギリシャ編も今回で最後となります。古代ギリシャ編の最終回は,やはりアリストテレスを紹介しないわけにはいきません。南郷継正先生の著書に親しんでおられる読者であれば,アリストテレスの偉大性は,今さらいうまでもないでしょう。アリストテレスの業績は,膨大なものとなりますので,今回は,彼の生涯を中心に紹介したいと思います。

 まず,アリストテレスの生涯を簡単に紹介しておきます。アリストテレスは,紀元前384年に生まれ,紀元前322年に没したとされています。この時代は,ペロポネソス戦争に敗れたアテネが,その黄金時代から没落してしまった時代にあたります。このような衰退期に古代ギリシャの学問をまとめあげ,現象論レベルとはいえ,一大体系を創ったアリストテレスが生まれたのは,まさにヘーゲルがいうように「ミネルヴァの梟は黄昏に飛び立つ」ということでしょう。

 さて,アリストテレスの生涯については,ある百科事典に,以下のように記されています。

「古代ギリシアの哲学者。〈万学の祖〉と呼ばれるように数々の分野で後世に大きな影響を与えた。

[生涯]北東ギリシアのスタゲイラに生まれる。父はマケドニア王の侍医ニコマコス,母はファイスティス。前367年アテナイに上り,プラトンの学校アカデメイアで師の死まで20年間研究生活を送る。前347年プラトンの没後,同学のクセノクラテスらとともにアテナイを去り,小アジア西岸のアッソスで当地の支配者ヘルメイアスの知遇を受け,その姪(めい)ピュティアスと結婚する。前344年から2年間は対岸のレスボス島に移り,テオフラストスらと生物学研究にいそしむ。前342年マケドニア王フィリッポスに招かれ,王子アレクサンドロスの家庭教師として7年間をすごす。アレクサンドロスが王位継承して後,アジア遠征に出発する年の前年(前335),アリストテレスはマケドニア支配下になったアテナイに帰って,北東郊外のリュケイオン Lykeion に新しい学校を開く(ペリパトス学派)。ここには書物も多く収集され,後世の本格的な図書館の先駆ともなった。このリュケイオン校の学頭をつとめていた12年間は,研究・教育の両面で最も円熟した時期であったが,前323年アレクサンドロスがバビロンで急死すると,アテナイでは反マケドニアの機運が高まり,マケドニア側の人物と見られたアリストテレスは不敬神のかどで訴えられ,母の出身地のカルキスにのがれて翌年その地で病没した。」(『世界大百科事典』平凡社)

 この簡潔な記述のなかに,アリストテレスを論じるには不可欠の要素がいくつか盛り込まれていますので,順番に紹介していきたいと思います。

 まず,アリストテレスはマケドニアのスタゲイラ出身です。スタゲイラというのはギリシャの植民地でした。また,アリストテレスの家系は,マケドニアと密接な関係がありました。それは,アリストテレスの父親がマケドニア王アミントス2世の侍医であったということからも伺えます。このようなアリストテレスとマケドニアとの関係は,後々,彼の学問体系を創出する際に非常に重要になってきます。それは後ほど論じたいと思います。

 次に,アリストテレスは17歳の時に,プラトンのもとに弟子入りしています。アリストテレスは実に20年にもわたって,プラトンのアカデメイアで一般教養の研鑽に励んだのです。プラトンはアリストテレスの猛勉強ぶりに対して,「本読み奴隷」とか「学園の頭脳」とかいう言葉を使ったそうです。当時,プラトンほどの学者はおらず,その師との討論によって,アリストテレスの実力が徐々に培われていったのだと思われます。

 アリストテレスはプラトンの死後,アテネを離れてギリシャの各地を訪れました。特に小アジアでは,彼が一番好んでいたとされる生物学の研究に従事していたようです。

 その後,アミントス2世のあとを継いだフィリップ2世が,父親の侍医の息子であるアリストテレスを宮廷に呼び寄せました。14歳の王子,アレクサンダーの家庭教師をしてもらうためです。その要請によってアリストテレスはマケドニアに赴いたのです。ここで7年間,古代ギリシャの学問を体系化した偉大な哲学者が,東方遠征を成し遂げ,アケメネス朝ペルシア帝国を滅ぼして中央アジア,インド北西部にいたる広大な世界帝国を実現することになる偉大な英雄を教育することになったのです。

 この両偉人のつながりは,偶然とは思えません。おそらく,アリストテレスの実力を自分のものにしたアレクサンダーが,その実力のおかげでもって,古代としては考えられないくらいの大帝国の建設を可能にしたのでしょう。さらに,アリストテレスの方も,素質のある弟子であったアレクサンダーの野心や意気に感じて,教育に没頭した結果,自らの実力をこれまで以上に高める結果となったものと思われます。この奇跡的な邂逅による相互浸透によって,人類の歴史は大きく進展していくことになったのです。

 フィリップ2世の暗殺後,アレクサンダーが王位を継承した翌年,アリストテレスはマケドニアを去ってアテネに戻りました。彼は,アポロ・リュカイオスの神殿の近くに学校を開設しました。この学校は,所在地にちなんでリュケイオンと呼ばれました。また,アリストテレスは学校の庭を散歩しながら講義を行うこともあったため,リュケイオンは逍遙学園とも呼ばれました。

 リュケイオンで,アリストテレスは自身の学問研究と,弟子の教育に明け暮れました。彼の研究に大きな貢献をしたのが,アレクサンダー大王でした。アレクサンダー大王は,エジプト・ペルシャから中央アジアやインドに至るまで,遠征途上で集めた動植物をアリストテレスのもとに送り届けたのでした。当時としては最大範囲の「世界」から集められた素材をもとにして,アリストテレスは観察調査を進めました。特に動物学の分野で,彼は500種類以上の動物を帰納法によって分類したといわれています。この分類は,18世紀のリンネによる分類まで通用していました。彼は動物を大別して,脊椎動物と無脊椎動物に分け,さらに脊椎動物には胎生のものと卵生のものとがあり,無脊椎動物には完全な卵生のものと自然発生のものなどがあるとしました。このような分類は必ずしも正確なものではありませんでしたが,鯨やイルカが胎生であることなど,当時としては画期的な発見も数多くありました。現象論レベルの学問を体系化するにあたって,自分の目で見て確かめる,観察するということは,非常に大きな意義をもっています。当時にあって,そのことを可能にしたアレクサンダーの遠征と,アリストテレスとアレクサンダーの結びつきは,学問構築の上でも非常に重要だったといえるでしょう。

 リュケイオンで育てたアリストテレスの弟子としては,テオプラストスが有名です。テオプラストスは,アリストテレスが動物学の分野で成し遂げたような業績を,植物学で成し遂げました。また,『人さまざま』という人間の性格を扱った,心理学の古典も著しています。その業績は,科学史家のサートンをして,「古代ギリシャの全時代がテオプラストスの名で呼ばれたことであったろう,もしアリストテレスという人物さえいなかったならば」といわしめるほどの高みにありました。このようなテオプラストスの実力の高みは,まさにアリストテレスの教育の結晶であるといえるでしょう。すなわち,アリストテレスの教育があったからこそ,テオプラストスがそこまでの実力をつけることができたのだと思います。

 アリストテレスは,アレクサンダー大王とテオプラストスという,少なくとも二人の偉人を育て上げました。このことが逆に,アリストテレスの実力をさらなる高みへと導いていったと考えられます。ここに関わって,前回も紹介した瀬江千史・菅野幸子『新・頭脳の科学(上巻) アタマとココロの謎を解く』(現代社)では,次のように説かれています。

「かつて『看護学と医学(上巻)』の中で,看護学者薄井坦子が,科学的学問体系を創出し,また発展させているのは,学者であると同時に教育者であるからだということの構造を論じましたが,同じ論理構造が,南郷継正の場合にも存在します。こうしてみると,しっかりと事実に基づいた科学的学問体系を構築するには,教育者,それも相手を見事に育てなければ自分の誇りが許さないという,真の教育者であることが必須であると断言できるのです。」(p.35)

 現代の真に偉大な学者である薄井坦子先生,南郷継正先生の大先達として,アリストテレスも同じような教育者であったことが想像されます。まさしく,相手を見事に育て上げたからこそ,自らもそれに見合った見事な学者としての実力を養成することができたのだと考えられます。

 アリストテレスの理論のなかには,真空を否定したとか,宇宙空間を満たすエーテルの存在を仮定したとか,現代科学では間違いとされていることも数多く含まれています。しかし,時代性を考えれば仕方がない間違いも多かったでしょう。我々はアリストテレスの欠陥に目を向けるのではなく,その偉大性に着目し,アリストテレスの実力養成の過程を論理的に辿り直していく必要があると考えています。

(了)
posted by kyoto.dialectic at 07:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
3回に渡っての古代ギリシャの科学者の評価、とても興味深かったよ。

ただ、私としては是非とも「デモクリトス」にも注目してもらいたいと思うな。

彼を語るには資料はとても少ないが、あの時代にして彼の考え方が2000年経って正しいと評価された、その洞察力、本質を見抜く力は一筆すべきだろう。

それと、南郷氏自身も真空を否定していたと思うんだが?
Posted by 幻竜雲 at 2012年04月02日 07:51
毎回、ワクワクで読んでいます。
ありがとうございます。
Posted by 自由びと at 2012年04月02日 10:05
幻竜雲様、コメントありがとうございます。
この「科学者列伝」は、各時代の代表的学者をとりあえず3人ずつ紹介していこうという試みです。
3人という限られた人数ですから、どうしても重要人物をとりこぼしてしまうことが出てくると思います。
デモクリトスの原子論も、科学史上とても重要な意味を持つものだと思います。
これが近代になってどのように見直されていくのか、
問題意識を持って科学史をたどっていきたいと思います。
Posted by S・K(京都弁証法認識論研究会) at 2012年04月03日 17:15
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 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言