2012年01月28日

心理療法におけるリフレーミングとは何か(1/5)

〈目次〉

(1)リフレーミングを認識論的に説くと
(2)認知療法におけるリフレーミング
(3)リフレーミングは観念的二重化の一種である
(4)リフレーミングできる根拠は現実の弁証法性にある
(5)リフレーミングは認識をコントロールするための技である


(1)リフレーミングを認識論的に説くと

 「ものは考えよう」という諺というか,格言があります。「ものごとは考え方しだいで,良くも悪くも感じられるものだ」というくらいの意味です。たとえば,こんな例を聞いたことがあるかもしれません。目の前に半分の水が入ったコップがあります。これを見て,ある人は「半分も水がある」と考えました。ところが別の人は「半分しか水がない」と考えました。この場合,前者は気分がポジティブになりますが,後者は気分がネガティブになってしまうことが予想できます。同じ「半分の水が入ったコップ」を眺めても,考え方しだいで,すなわち,それをどのように受け取るかによって,気分・感情が良くなったり悪くなったりするというわけです。

 別の例でも考えてみましょう。何か仕事で失敗したとします。この失敗に対して,「ああ,また失敗してしまった」とか「自分はなんてダメなんだ」とか考えると気分が落ち込みます。ところが,「やってしまったことはしかたがない」とか「“失敗は成功の基”というから,しっかり反省して同じ間違いをしないようにしよう」とか考えれば,それほどネガティブな気分にならないでしょう。

 このように,同じものごとを対象にしても,その受け取り方や考え方しだいで,良く感じられたり悪く感じられたりという経験をくり返していく中で,「ものは考えよう」という格言が創られてきたのです。「ものごとは考え方しだいで,良くも悪くも感じられるものだ」というのは,非常に素朴なレベルではありますが,認識の運動に潜む法則性を捉えたものといっていいでしょう。

 この「ものは考えよう」という認識の法則を心理療法(心理療法とは,薬を使わずに,コミュニケーションによって精神疾患を治療したり心の問題の解決を図ろうとしたりする働きかけのことです)に応用したものとして,「リフレーミング」という技法があります。これは簡単には,心理的な枠組み=フレーム(視点)を変化させることによってある体験や事物がもつ意味を変化させようとする技法のことです。

 このリフレーミングは,実にさまざまな種類の心理療法で使われています。『現代のエスプリ』(ぎょうせい)という心理系の月刊誌がありますが,その第523号は「リフレーミング:その理論と実際」と題して,認知行動療法,家族療法など心理療法のいくつかの流派の観点から見たリフレーミングについて特集されています。このような特集が組まれるということは,このリフレーミングという技法がたくさんの心理療法の流派において(多少の違いこそあれ)共通して使われている技法だということを示すものです。それほど幅広く使われているということは,それだけ役に立つ技法であることが認められているということでしょう。

 心理療法におけるリフレーミングという技法を大雑把に把握していただくために,ある入門書から引用したいと思います。

「リフレイミングは,心理的な枠組(フレイム=視点)が変わることで,ある体験や事物の持つ意味が変わることを言うが,家族療法はもとより,各種の個人療法においてもセラピーが効果的に進められるとき,セラピストが特にそれを意識しないときも,そこにはなんらかのリフレイミングのプロセスが行われていることは少なくない。

(中略)

 ……フレイムを変える要因には,〈意味〉と〈状況〉の二つがある。

 たとえば,[よく父に叱られるので,私は落ち込む]という訴えのとき,ここには〈父の叱責〉という感覚体験に対して,本人が何らかの否定的な意味づけをしている結果,落ち込んでしまうという反応が起きると考えるが,ここで同じ感覚体験が,たとえば「お父さんにとって,あなたは見込みがあり,そのために叱りがいを感じているのでしょう」と言うことで本人の反応が変わるとすれば,ここには,叱責の意味づけを本人が新しいものに変えた結果起こった変化と見ることができる。

 また,[私は神経質すぎる]という訴えのとき,過度に感じなくてもよい状況で,そのように反応することが負担になっているのであるが,ここでセラピストが「体の変化に無神経なため手遅れになる患者が,よく後悔するのは『ああ,もっと体のことに神経質になるべきだった!』ということなのですよ」と言うことで,クライエントの反応が変わった場合,そこには細心の注意深さや,未来への危険予知能力が必要な別の状況を示唆することで,〈神経質〉という心の働きが,そのまま本人にとって大事なものにもなったわけである。」(宮田敬一編『ブリーフセラピー入門』金剛出版,pp.75-76)

 要するに,リフレーミングとは,同じ対象を別の視点からとらえ返し,その対象についての意味づけを変えることによって,気分・感情をネガティブなものからポジティブなものへと変えることである,ということです。「ものは考えよう」がうまく応用されていることが分かるでしょう。

 実はこのリフレーミングは,たかだか100年くらいの歴史しか持たない心理療法の中で発見されたものではなく,ほぼ2000年前にあたる古代ローマ時代には哲学者の間で取り上げられていました。たとえば,奴隷出身の後期ストア派の哲学者であるエピクテトスは,次のように説いたと伝えられています。

「人は物事によって悩むのではなく,その受け取り方によって悩むのである。」


 また,最後の五賢帝として知られ,哲学者としても著名なマルクス・アウレリウス・アントニヌスは次のように述べています。

「君がなにか外的の理由で苦しむとすれば,君を悩ますのはそのこと自体ではなくて,それに関する君の判断なのだ。ところがその判断は君の考え一つでたちまち抹殺してしまうことができる。」(『自省録』第8章47)


 このように,古代ローマ時代の哲学者達も,同じ事物であっても,受け取り方や判断の仕方によって自分を悩ますことになるが,受け取り方や判断の仕方を変えれば,そのような悩みなどなくなってしまうと説いていたのです。

 本稿では,このようなリフレーミングについて,認識論的に説いていきたいと思います。そこでまずは,心理療法の一つである認知療法におけるリフレーミングについて,詳しく解説したいと思います。次いで,リフレーミングというのは,認識にどのような運動を生じさせることであるのか,なぜそれが心の問題(悩み)の解決に役に立つのか,といった問題を,認識論的に説きたいと考えています。そして最後に,リフレーミングという技法が成立する根拠・前提を考察することにします。

posted by kyoto.dialectic at 05:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 認識論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は現在、京都市で生活保護者のキャリア支援をしています。
これまでは補助的に認知療法を取り入れたりすることもありましたが、最近、リフレーミングが劇的な効果を生むことを確認しました。
また、個々人のキャリアに係る困難な事象の認識に、多様な側面と、側面と捉え得る現実的課題があり、それらが一つの価値観によって構成されていることなど、弁証法的な視点から解決を図って来ました。
今回、このブログに接して曖昧だったリフレーミング、認知療法、そして弁証法との関係が明確になりました。
ありがとうございます。
これらに関する図書や勉強会などございましたら是非、ご案内くださいますよう、お願いいたします。
Posted by 宮崎 茂樹 at 2016年09月19日 10:35
宮崎茂樹様

コメントありがとうございます。本ブログ記事で頭の中が整理できたのであれば、筆者としても嬉しいかぎりです。認知療法やリフレーミングに関わる図書や勉強会は、非常にたくさんあると思いますが、これらと弁証法との関係を論じたものは皆無だと思います。近いうちにわれわれの成果を世に問う予定ですので、その時はブログにてご案内いたします。今後ともよろしくお願いいたします。
Posted by 寄筆一元 at 2016年09月20日 10:49
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 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
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 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
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 ・心理職の国家資格化を問う
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 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
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 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
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 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
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 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
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 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
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 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
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 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
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 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
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 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
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 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
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 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて