2012年01月01日

年頭言:「大和魂」創出を志して、2012年に何をなすべきか(1/13)

目次(予定)

はじめに
(1)激動の情勢に対応できる「大和魂」が求められている
(2)「大和魂」創出を志してわれわれは何をなすべきか

『西洋科学史』を軸に学問の歴史の流れの全体像をイメージする
(3)シュテーリヒ『西洋科学史』とはいかなる書か
(4)『西洋科学史』を社会の歴史とのつながりで学んでいくために
(5)自然科学の発展が認識論の成立にいかに寄与したか問うていく

学問の歴史の出発点となった古代ギリシャについての学びを深める
(6)なぜ古代ギリシャが重要なのか
(7)古代ギリシャの社会についての具体的なイメージをつくる
(8)古代ギリシャ哲学の“原典”に挑戦する

古典をその時代背景と著者の問題意識から読み解く
(9)アダム・スミス『国富論』に挑戦する
(10)ヘルバルト『一般教育学』に挑戦する
(11)フロイト『精神分析入門』に挑戦する

まとめ
(12)社会の歴史と精神の歴史を一体的に学ぶことが大切である
(13)若干の補足など

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1)激動の情勢に対応できる「大和魂」の創り直しが求められている

 読者のみなさん、2012年が明けました。昨年は、世界にとっても、またこの日本にとっても、大変な大きな出来事が相次いで起きた、まさに激動の一年となりました。

 そのなかでも、まず第一に思い起こさなければならない出来事は、何といっても東日本大震災でしょう。2011年3月11日、東北地方から関東地方にいたる東日本の広範囲を襲った激しい揺れと巨大な津波は、想像を絶するほどに悲惨な被害をもたらしたのでした。太平洋沿岸の多くの都市が壊滅し、死者・行方不明者は2万人をはるかに超えました。また、この地震と津波によって、東京電力福島第一原発では、メルトダウンに至る大事故が発生し、大量の放射性物質が周囲に漏れ出しました。これらの影響で、多くの人々が住む場所や働く場所を奪われ、生活基盤を根本的に破壊されてしまう結果になってしまったのです。その爪あとは、地震・津波の発生から9ヶ月あまりを経た現在も、深く深く残されたままです。

 この未曾有の国難ともいうべき事態は、われわれに、日本という国のこれまでのあり方を問い直すとともに、この日本をこれからどのような国として創り直していくべきかを問うていくという課題を、鋭く突きつけているものといえるでしょう。

 このことに関連して、武道哲学・武道科学の創始者である南郷継正先生は、昨年8月に発刊された学問誌『学城』第8号の巻頭言において、次のように説かれています。

こうした国家的危機から、日本がいかにすれば現実の大危機を克服し、そこからまともな復興をどうしたら果たせるかが、議論されている。しかしながらそれら一連の議論の大半は、残念なことに形として目に見えてくる経済的側面や技術的側面などに大きく偏ったものにとどまっているといえよう。
 だが、ここで忘れてならないことは、今後何十年にわたっての、日本という国を全体としてどう創り直していくべきかの教育の中身であろう。すなわちより根源的には、日本人としての精神、大和魂(ヤマトゴコロ)をいかに見事に創り直していくべきかということをも併せて問われねばならない。(日本弁証法論理学研究会編『学城』第8号、現代社)


 端的には、日本という国を全体として創り直していくためには、根源的には「日本人としての精神=大和魂(ヤマトゴコロ)」を見事に創り直していかなければならない、との提言です。それでは、この「日本人としての精神=大和魂(ヤマトゴコロ)」とは、具体的にはいかなる内実を持ったものだと考えればよいのでしょうか。

 南郷継正先生は、この「大和魂」という言葉について、『綜合看護』(現代社)の2011年4号に掲載された「看護学科・心理学科学生への“夢”講義(52)」において、「これを旧軍部や右翼の人たちそのものだけの強烈な言葉なのだ、と錯覚しないでほしい」「この『大和魂』という言葉の日本最古の原典は、『源氏物語』であり、かの紫式部がその中で用いていたのだと、あちこちの識者が説いていることからも是非に分かってほしい」と言及しておられます。

 それでは、『源氏物語』においては、「大和魂」という言葉は、どのような形で登場してくるのでしょうか。それは、「少女」の巻において、光源氏が息子・夕霧の教育方針について語る言葉のなかに登場してきます。光源氏は、「才を本としてこそ、大和魂の世に用ゐらるる方も強うはべらめ」というのですが、ここで「才」というのは、中国伝来の漢学を意味します。つまり、中国伝来の漢学である学問を基礎としてこそ日本人としての知恵を世の中のために役立てていくことができるだろう、というわけです。

 私たちはここで、この『源氏物語』が書かれたのが、平安時代中期の、いわゆる「国風文化」が花開いた時代であったことを想起しなければなりません。いうまでもなく、「国風文化」とは、当時の日本人(平安貴族)が、中国伝来の学問・文化を消化して日本の風土にあった独自のものにつくりかえることによって創出していったものでした。このような時代背景をふまえるならば、先の光源氏の言葉からは、中国伝来の学問をあくまで基礎的な教養にすぎず、それを日本の実情に合わせて政治や生活の場面で具体的に活かしていくことこそが大事なのだ、という思想を読み取ることができるでしょう。

 以上のようなこともふまえつつ、われわれ京都弁証法認識論研究会としては、この「大和魂」という言葉について、日本社会の現実が突きつけてくる諸々の問題を日本人自身が自分の力で解決していくための自前の「ものの見方・考え方」のことである、と受け止めています。現在の国家的危機の克服にとって何よりも必要とされるのは、このような「大和魂」の創り直しにほかならないのだといってよいでしょう。

 第二次世界大戦後の日本は、米ソの対決を軸とする東西冷戦構造をふまえたアメリカの世界戦略のなかで、おもにソ連・中国を意識した「反共の防波堤」としての役割を担わされてきました。こうした条件のもと、戦後日本は、外交・安保という国家の主体的な存亡にかかわる問題についての意志決定をすべてアメリカに依存しつつ、みずからは国内的な資源配分の問題に専念してきました。このことによって戦後日本は、経済的な復興と高度成長をなしとげ物質的な繁栄を手に入れることができた反面、政治の世界におけるリーダー不在という情況を招き、また個々の国民のレベルにおいても、日本という国家のあるべき姿・進むべき方向について主体的に判断するだけの姿勢・実力を失わせてしまった面があったことは否定できません。

 しかし、超大国たるアメリカの凋落の一方での中国など新興国の台頭に象徴されるように、世界情勢は大きく動いています。もはや、とりあえずアメリカに従っていればよい、という時代ではないことはあきらかです。世界情勢・東アジア情勢の激変をしっかりと受けとめながら、東日本大震災からの単なる物質重点主義ではない復興を図っていくために、まっとうな「大和魂」の創り直しこそ急務となっているのです。
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 ・『秘密諜報員ベートーヴェン』から何を学ぶか
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 ・三浦つとむ「マルクス・レーニン主義に関する本質的な質問」から学ぶ
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 ・2013年6月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』東洋の世界(後半)を読む
 ・一会員による2013年上半期の振り返り
 ・認知療法における問いの意義を問う
 ・カント歴史哲学へのアダム・スミスの影響を考える
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 ・2013年8月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第三部 ローマの世界を読む
 ・アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年3号の感想
 ・初任者に説く学級経営の基本
 ・カウンセリング上達過程における事例検討の意義
 ・文法家列伝:古代ギリシャ編
 ・ヒューム『政治論集』抄訳
 ・2013年9月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第四部 ゲルマンの世界を読む
 ・言語過程説から言語学史を問う
 ・2013年10月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』「第4部 ゲルマンの世界」第2篇を読む
 ・戦後日本の学力論の流れを概観する
 ・一会員による『育児の生理学』の感想
 ・文法家列伝:古代ローマ・中世編
 ・2013年11月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第4部 ゲルマンの世界 第3篇を読む
 ・古代ギリシャ経済の歴史を概観する
 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
 ・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
 ・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
 ・ヘーゲル『歴史哲学』を読む
 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
 ・世界歴史の流れを概観する
 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
 ・2014年2月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第3〜11章
 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する