2011年11月29日

一会員による『綜合看護』2011年4号の感想(1/9)

〈目次〉

(1)神庭純子先生を模範として
(2)全てを過程としてとらえる
(3)技一般の上達過程の構造
(4)論理とは何か
(5)結果として生じる現象の内部にある原因
(6)問いかけ的認識形成の芽生えに至る過程
(7)サルが樹上生活から大地の生活へと移行した過程的構造
(8)新聞を読むことの重要性
(9)人間体としての成長にとっての仰向けの役割


(1)神庭純子先生を模範として

 2ヶ月ほど前に,本ブログに『学城』第8号の感想を書いた。これは,感想を書くという精神労働によって,より深く学ぶことが可能となり,さらには学んだことをしっかりと定着させたり,新たな発見をしたりすることにもつながると考えたからであった。今回は,同じねらいで『綜合看護』の感想を書きたいと思う。

 『綜合看護』は,南郷継正先生の全集も刊行している現代社の季刊誌である。毎年,2・5・8・11月の15日頃に発行される。昔はA5サイズで段組はなかったが,現在はB5サイズの2段組になっている。

 この雑誌には,かなり以前から,南郷継正先生のお弟子さんが論文を連載をされていた。それが,1999年からは南郷先生自らも連載を開始された。その南郷先生の連載論文は,今号で第52回目である。丸13年連載を続けられていることになる。

 さて,筆者は1998年から『綜合看護』を定期購読しはじめて,発行のたびにすぐさま読むように心がけてきた。それだけではなく,可能な限りバックナンバーを購入して,重要論文を読むように心掛けてきた。しかし,恥ずかしながら,1回読んで終わりとなっている論文もある。すなわち,『綜合看護』の連載論文に関しては,まだまだ学びが不十分であるとの自覚があるのである。

 もちろん,『綜合看護』に連載の論文が単行本化されれば,それもすぐに購入して読むようにはしている。ここに関連して,『“夢”講義』第4巻で南郷継正先生は,「体系化された書物と認識との相互浸透による学びの重層構造化とは」と題して,連載文を毎号毎号読む場合と,それが一冊の書物として現れた大論文となったものを読む場合の違いを説いておられる。そこでは,連載文はモザイク体的認識として合成されかねないと指摘した後,以下のように説かれている。

「しかし,一冊として合成された書物となった小論(連載の一つ一つ)は,必ず立体的に構成されたものになっています。これだけでも違うのに,読者の認識をもその書物によって直接に立体化されることになるからです。結果,自分の習得した書物の中身が重層構造化されている自分の実力となるのです。では,連載はダメなのかというと,とんでもありません。連載はその号,その号によってその号の重点をしっかりと読者に分かってもらえるように説かれているからです。だからよりよい方法とは,連載物を毎号毎号しっかりと読み続けて力を養い,その養った力によって一冊の書物となったものを,より立体性を持ってモノにできるという成果が得られるのです。」(南郷継正『“夢”講義』第4巻,pp.243-244)


 これを読めば,体系化された書物を読むことの意義とともに,それをより実りあるものとするための前提として,連載論文をしっかりと読むことの大事性も分からされる。すなわち,連載論文を毎号毎号しっかりと読み続けて力を養うという前提があってこそ,体系化された書物を読んだ際の自分の認識が,より立体的なものとして重層構造化されていく,ということであろう。

 さらに,上記の引用の直前では,神庭純子先生の小論「南郷継正『“夢”講義』は看護のための弁証法と認識論の基礎である――『“夢”講義』はその上達法を易しく説いている」(『学城』第5号所収)が大絶賛されている。

「何がよいのかを一言でいえば,私の連載してきているこの「“夢”講義」を「いかに読み,いかに学んだか,だけでなく,このように学んできたおかげで,どれほどの実力を培うことが可能となったか」について,『“夢”講義』第2巻をふまえながら,それを基礎にしながら,自らの1999年から2007年までの学びを,「“夢”講義」の連載の流れにしたがって,しっかりと説いてくれていることです。
 ……
 私は,これを読んだ時にあきれるくらいに感嘆しきり! でした。」(p.240)


 筆者と同じく1999年から「“夢”講義」に学ばれてきた神庭先生は,このようにしっかり学ばれたおかげで,すさまじいまでの学問的な実力を育てられたのであった。

 私もきちんと学んでくればよかったとの後悔があるが,遅ればせながら,きちんと学ぶための一つの方法として,神庭先生の小論を理想として,本稿を書いていくつもりである。

 では最後に,本稿で学ぶ対象となる4つ論文を,『綜合看護』編集部が毎回付けているリード文とともに紹介しておきたい。


神庭純子「初学者のための『看護覚え書』(31)」

前回は,教育・訓練によって看護者の認識と観察力を一つの技として創りあげる必要性を説いたが,今回は,看護技術の上達の過程において技の創出・使用は「技を創る」→「技を創りつつ使う」→「技を使いつつ創る」→「技を使う」という構造を持っていることを,図を使って説く。



瀬江千史・本田克也他「次世代を担う看護学生・医学生への医学概論教育 講座(35)」

前回は『新臨床内科学』の中の「消化性潰瘍」を取りあげ,初版,第8版,第9版の記載内容がどのように変わってきたのかを提示したが,今回はこの変遷がはたして進歩なのか,「病とは何か」の一般論から検証していく。初期研修医のための症例検討の第4回は「研修医の質問に答える」。



瀬江千史「看護のための生理学(40)」

単細胞から人間へと進化する過程で運動形態がどのように発展してきたか「生命の歴史」を論理的にみてみると,サルから人間への発展は特殊で重要な過程といえる。今回は,読者の質問に答える形で,なぜ認識の芽生えをもって大地に降り立ったサルだけが人間へと発展できたのかを説いていく。



南郷継正「なんごう つぐまさが説く看護学科・心理学科学生への“夢”講義(52)」

人間の正常な発達のためには,赤ん坊時代の人間へと発達していく,「仰向け」「寝返り」「這い這い」といった過程を無視してはならない。柔道の「立つ」「襟を掴む」にも「這い這い」の過程的構造が存在するが,引退した柔道の井上康生のその過程はどのようなものであったのだろうか。


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 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
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 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
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 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか