2011年11月01日

続・心理療法における外在化の意義を問う(1/5)

〈目次〉

(1)前稿に欠けたるものとは?
(2)モノ化=実体化してこそ本当に認識をコントロールできる
(3)外在化によって観念的二重化の能力を鍛える
(4)心理療法は社会的認識を創り出す
(5)認識論に基づく心理臨床が求められる


(1)前稿に欠けたるものとは?

 つい先日,「職場のメンタルヘルス対策義務化」として,次のようなニュースが流れていました。

「職場のメンタルヘルス対策義務化=臨時国会で法改正へ―厚労省

 小宮山洋子厚生労働相は24日,事業者に対し医師などによる従業員のメンタルヘルス(心の健康)チェックを義務付ける労働安全衛生法の改正案要綱を労働政策審議会に諮問した。労政審は同日の安全衛生分科会でこれを了承し,原案通り答申。改正案は今臨時国会に提出され,来年秋にも施行される見込みだ。

 厚労省は「東日本大震災を契機にメンタルヘルスが不調に陥る人の増加が懸念され,予防対策を充実させる必要がある」としている。

 仕事上のストレスが原因でうつ病などになる人が増えていることから,改正案は全従業員の精神状態の把握を事業者に義務化。検査結果は医師や保健師から従業員へ直接通知し,本人の同意を得ずに事業者に提供することを禁じる。

 従業員は希望すれば医師の面接指導を受けられる。事業者は面接指導を申し出た従業員に対し不利益な扱いをしてはならず,医師の意見を聞いた上で,必要であれば勤務時間の短縮や職場の配置転換などの改善策を取ることを求められる。」(時事通信 10月24日(月)22時20分配信)


 これは,うつ病などの予防対策として,職場でのメンタルヘルスチェックを義務付けるように国が動き出した,ということです。近年はうつ病患者が増加しており,年間3万を超えて高止まりしている自殺の大きなリスク要因としてうつ病が指摘されているだけに,国も積極的にうつ病予防の対策に乗り出さざるをえなくなった,ということかと思います。

 このような流れを受けて,本ブログで以前,うつ病の治療や予防に効果があるとされている心理療法である認知行動療法を取り上げて,その技法の1つである「外在化」(※)の意義を,「心理療法における外在化の意義を問う」と題して論じました。その内容を,連載第5回(最終回)を引用することで振り返ってみたいと思います。

「最初に,心理療法の技法である外在化とはどのようなものであるかを紹介しました。外在化とは,元々は当事者の内にあった心の問題を外に出すということでした。たとえば,認知行動療法においては,当事者の苦労や困りごとを,「状況」「認知」「気分」「身体」「行動」の悪循環として把握し,それを紙の上に描いて整理するという形で外在化を行いました。べてるの家では,幻聴を「幻聴さん」,特定の状況でふと浮かんでくるネガティブな認知(自動思考)を「マイナスのお客さん」などと呼んで,擬人化することによって外在化しているということを紹介しました。このような外在化によって,心の問題を当事者以外にも目に見えるようにすることができるだけでなく,当事者から問題を切り離すこともできるのでした。「当事者=問題」という直接的同一性としての見方から「当事者と問題」という媒介関係としての見方へとシフトし,援助者と当事者(と他のメンバー)がチームを組んで,外在化された問題に取り組む,という姿勢が自然と構築できるのでした。

 次に,以上のような外在化を構造に分け入って,認識論的に説きました。認識論的にいうならば,外在化は観念的な対象化のための一つの有力な手段である,ということができるのでした。そもそも対象化とは,「対象→認識→表現」という過程的構造の最初の部分にそのモノを設定することでした。認識の対象でなかったものを,認識の対象として置く,ということです。さらに観念的な対象化とは,頭の中だけで当事者の外部にあるものとして客観化することでした。これらを踏まえるならば,外在化とは,実際には当事者の心の中にしかない心の問題を,あたかも当事者の外部にあるものとして,当事者が認識できる位置に客観的に存在しているものとして置くための手段である,ということができるのでした。外在化とは,巻き込まれていた状態から距離をとってその状態を眺めるための手段である,といってもいいということも確認しました。

 最後に,このように外在化によって心の問題を観念的に対象化することにどのような意義があるのかを考察しました。まずは,心の問題を観念的に対象化することによって,心の問題から距離がとれ,冷静になれるのだ,ということを確認しました。これは,なにがなんだか分からないままに問題となっている認識=像によって苦しめられていたのが,その認識=像が小さくなったことによって影響力が弱まったということを意味するのでした。さらに,より決定的に重要なのは,対象化することによってこそコントロール可能性が生まれることだ,ということを述べました。そもそも人間は,対象としたものと取り組むことによってその対象についての認識が発展し,その対象について自由自在にコントロールできる可能性が高まっていく存在でした。心の問題に巻き込まれて,なにがなんだか分からない状態ではどうすることもできなかったのに,対象化してしまえば,試行錯誤レベルでの取り組みであってもそれをコントロールできる可能性が生まれてくる,ということでした。

 以上のように,外在化の意義を端的にまとめれば,心の問題を対象化することによって,思い通りにコントロールできる可能性が生まれてくる,ということになるわけです。」


 このような内容を説いた小論に対して,我々の指導者からコメントをいただきました。端的には,この小論には大きく欠けているものがある,という指摘でした。具体的にいうと,第一に,単なる対象化ではなく,モノ化=実体化してこそ本当に認識をコントロールできるようになる,という点が不足していること,第二に,外在化とは端的いえば観念的二重化の問題であるのに,観念的二重化の視点からの考察がないこと,第三に,セラピストとクライントと問題というように三者関係に言及しているのはいいとして,ここに関連すると考えられる社会的認識の問題に踏み込めていないこと,という3つの指摘でした。

 そこで本稿は,「続・心理療法における外在化の意義を問う」と題して,指導者から指摘された3点を順番に取り上げ,認識論的により深く構造に分け入って,心理療法における外在化の意義を考察してみたいと思います。

※前稿や本稿で扱っている「外在化」とは,主に認知行動療法で使われている技法をより抽象化して一般化した概念として用いています。認知行動療法でいわれている「外在化」とは,認知心理学で使われている「外在化」概念に近いものです。そこで,認知心理学における「外在化」とは何かを,以下に引用しておきますので,参考までにご覧ください。

「人間の認知(内的な知識や思考やイメージ),およびそれに伴う気分・感情や身体反応,つまり人間の内的な体験を,外的な装置(紙,ホワイトボード,コンピュータのモニターなど)に置いて,いつでも参照可能な状態にすること」(伊東絵美他編『事例でわかる心理学のうまい活かし方』(金剛出版,2011))


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 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
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 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
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 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
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 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
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 ・一会員による『学城』第12号の感想
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 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
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 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
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 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
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 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
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 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
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 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
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 ・新大学生に与える
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 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編