2011年10月24日

エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論3  マルクス「唯物論的歴史観」なるものの評価について(1/5)

目次
(1)マルクス「唯物論的歴史観」はヘーゲルを超えるものか
(2)マルクスはどのようにヘーゲルをのりこえたと考えたか
(3)マルクスは世界観の問題を歴史観の問題と混同している
(4)社会の歴史の究極の原動力は経済にあるといってよいか
(5)真の唯物論的歴史観の確立へ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1)マルクス「唯物論的歴史観」はヘーゲルを超えるものか

 「エンゲルス『空想から科学へ』を読む(7/19)」で確認したとおり、エンゲルスは、『空想から科学へ』の第2章において、次のように述べていました。

「これまでのすべての歴史は、原始状態を例外として、階級闘争の歴史であったこと、これらのたがいに闘争する社会の諸階級は、いつでもその時代の生産関係と交易関係、一口でいえば、経済的諸関係の産物であること、だから社会のそのときどきの経済的構造が現実の土台をかたちづくっており、それぞれの歴史的時期の法律的および政治的諸制度ならびに宗教的、哲学的、その他の見解からなる全体の上部構造は、結局、この土台から説明されるべきであるということである。ヘーゲルは歴史観を形而上学から解放し、それを弁証法的にした――しかし彼の歴史観は本質的に観念論的であった。いまや観念論はその最後の隠れ場所から、歴史観から追い出され、唯物論的歴史観があたえられ、これまでのように人間の存在をその意識から説明するのではなくて、人間の意識をその存在から説明する道が見いだされたのである。」(新日本出版社・科学的社会主義の古典選書版、p.59)

 「補論2:マルクス『経済学批判』「序言」をめぐって」においては、ここでエンゲルスが階級あるいは階級闘争ということに焦点を当てて唯物論的歴史観(唯物論的な歴史の見方)の基本を説いているのにたいして、同じく唯物論的歴史観の定式を述べたものとして名高いマルクス『経済学批判』の「序言」には「階級闘争」という語はおろか「階級」という語すら登場しないことに着目し、このマルクスの定式で描かれた「生産力と生産関係の矛盾」と階級闘争とは、いったいどのような関係にあるものととらえればよいのだろうか、という問題について、考えてきました。端的には、階級とは、生活の生産(生活資料の生産およびそれを消費することによる人間の生産との統一)における人間(人間集団)どうしの関係によって規定されるものにほかならず、階級闘争とは、生活資料の生産のあり方が人間の生産の正常な進行を妨るようになることによって、生活資料の生産のあり方そのものを変革しようとして生じてきた動きにほかならないのであり、こうした構造を階級あるいは階級闘争という語を使うことなしに説いたのがマルクス『経済学批判』「序言」なのだ、ということでした。

 この補論3では、この『空想から科学へ』第2章からの引用文の後半部分、すなわち、「ヘーゲルは歴史観を形而上学から解放し、それを弁証法的にした――しかし彼の歴史観は本質的に観念論的であった。いまや観念論はその最後の隠れ場所から、歴史観から追い出され、唯物論的歴史観があたえられ、これまでのように人間の存在をその意識から説明するのではなくて、人間の意識をその存在から説明する道が見いだされたのである」という部分について、検討をくわえていくことにしましょう。

 さて、マルクスの唯物論的歴史観とは、いったいどのようなものだったでしょうか。補論2において検討の対象としてとりあげた『経済学批判』の「序言」によれば、端的には、「経済的社会構成」の歴史を、生産力と生産関係――生産における人間と人間との関係でありその核心は階級対立関係だといってよいでしょう――の矛盾によって動かされてきたものとして把握するものである、といってよいでしょう。もう少しくわしくいえば、「経済的社会構成」の発展過程を、生産力が発展していくのにともなって古い生産関係が桎梏となり、発展した生産力に適合的な新しい生産関係におきかえられていく過程として把握したうえで、それが具体的には、アジア的、古代的、封建的、近代ブルジョア的という発展段階をたどってきたとするものです。

 しかし、ここで注意すべきなのは、このマルクスの唯物論的歴史観は、たんに経済の歴史の構造を解明するものとして構想されたものではない、ということです。これは、あくまでも、人類の歴史全体の構造を解明するものとして構想されたものにほかなりません。注目しなければならないのは、マルクスによる唯物論的歴史観の構想の直接的な動機として、ヘーゲルの観念論的歴史観をのりこえなければならないという強烈な対抗意識が存在していたのではないかと考えられることです。エンゲルスが「いまや観念論はその最後の隠れ場所から、歴史観から追い出され、唯物論的歴史観があたえられ、これまでのように人間の存在をその意識から説明するのではなくて、人間の意識をその存在から説明する道が見いだされたのである」としているのは、このようなヘーゲルへの対抗意識をふまえてのものにほかならないと考えられるわけです。

 しかし、本当にエンゲルスのいうように、マルクスの唯物論的歴史観はヘーゲルの観念論歴史観を見事にのりこえることができたものといってよいのでしょうか。観念論的な歴史観を克服して唯物論的な歴史観を打ち立てるとは、はたして、エンゲルスのいうように「人間の存在をその意識から説明するのではなくて、人間の意識をその存在から説明する」といったことで可能となるものなのでしょうか。本稿では、これらの問題について考えてみることにしましょう。
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