2011年09月29日

一会員による『学城』第8号の感想(2/10)

(2)自然科学の側面的援助を得てこそ認識論は成立する

 今回からは,『学城』第8号の論文を順に取り上げて,その感想を述べていきたい。

 今回は,南郷継正先生による巻頭論文を取り上げたい。今まで,南郷先生の論文が巻頭に置かれることはなかっただけに,特別の意義があるように思う。本論文のタイトル・リード文・目次は以下である。


南郷継正「南郷継正講義『マルキシズム認識論』 (ヨゼフ・ディーツゲン著)とは何か―ディーツゲンの哲学はなぜ認識論になってしまったのか―」

 ヨゼフ・ディーツゲン著『マルキシズム認識論』(原題「一社会主義者の認識論の領域への征入」石川準十郎訳 改造社)について講義したのは平成二年新春である。
 本書は,現在読みかえしても重要な内容を含んでいるので,あえてその講義を掲載することにした。講義の記録は聖 瞳子の手になるものであるが,それを本にして大幅に加筆してある。ここで一言,聖 瞳子に謝意を述べておきたい。
 なお,著作からの引用はすべて,講義本文にあわせる形で,現代の新漢字新仮名遣いに変え,改行してある。

 〈目 次〉
講義1 序―なぜ『マルキシズム認識論』なのか
講義2 第一章「造られたる精神は自然の内部に透入せず」について
            (以下,次号予定)
講義3 第一章「造られたる精神は自然の内部に透入せず」再び
講義4 第二章「絶対真理とその諸自然現象」について
講義5 ディーツゲンの絶対的真理と相対的真理とは
講義6 第二章 絶対真理とその諸自然現象について(続)
講義7 第三章 唯物論に対する唯物論について
講義8 第三章 唯物論に対する唯物論について(続)
講義9 第四章 ダーウィンとヘーゲルについて
講義10 第四章 ダーウィンとヘーゲルについて(続)


 本論文は,ディーツゲンの理論を唯物論哲学の立場から評価したものだと思う。マルクスもエンゲルスも,そして三浦つとむも,ディーツゲンの実力を正当に評価でいなかったからこそ,南郷継正先生自らがディーツゲン理論の意義と限界を説かれたのだと感じた。

 今回の論文で一番大切なのは,「哲学史上に登場してきた本物の認識論なるもの」(『学城』第8号,p.9)と南郷先生が説かれているところの認識論は,自然科学の側面的援助を得てようやく成立可能となった,という点ではないか。

 ここに関して,少し述べてみたい。ディーツゲンは『マルキシズム認識論』の序言で次のように説いている。

「私は,認識論とは我々の思惟器官はいかなる性情のものであるかという問題を取扱うものである,といった。我々は実に,それに通暁することによって同時にその使用に通暁するのである。一物の性情と使用とは『二つのもの』と呼ばれうるけれども,又それを一つのものに包括することもできるのである。
 私の考えによれば,バイオリンを弾くことを真に知っているところの者のみが,バイオリンの性情を真に知ることができる。彼のみが,何がその中にあるか,しかしてそのあるものを引きださんがためには何がなされねばならないか,を知るのである。」(p.13)


 ここでは,ディーツゲンの考える認識論とはどのようなものであるかが,バイオリンとの対比で説かれている。思惟器官は我々人間が生まれつきもっているものであるのに対して,バイオリンは我々人間が創り出したものであるから,話は若干ややこしくなるが,このバイオリンの喩えで説かれていることは,直接には,バイオリンがしっかり弾けないと,バイオリンの性情を真に知ることができない,ということである。たとえば,バイオリン初心者がバイオリンを弾いてひどい音を出している,その場面のみでは,バイオリンの性情は真に理解できない,ということである。それだけで判断を下してしまうと,うっかりすると,バイオリンとはひどい音を出す楽器である,などと勘違いしてしまいかねない。そうではなく,バイオリンの演奏に上達して,しっかりバイオリンが弾けるようになってはじめて,バイオリンとはこういうものであるというバイオリンの性情が分かるのだ,ということである。

 では,このバイオリンの喩えを通してディーツゲンが説きたかったことは何か。それは,上記の引用の当該部分の「バイオリン」を「思惟器官」に置き換えてみると分かってくる。

「私の考えによれば,思惟器官を使うことを真に知っているところの者のみが,思惟器官の性情を真に知ることができる。彼のみが,何がその中にあるか,しかしてそのあるものを引きださんがためには何がなされねばならないか,を知るのである。」


 では,この「思惟器官を使うことを真に知っているところの者」というのは,一体誰のことであろうか。これが当時までの自然科学の発展の成果を自分の実力と化した者ということになるのだと思う。19世紀までの自然科学者は,思惟器官を十分使いこなして,自然の謎の解明を十分に行ってきた。そういうレベルを実力化してはじめて,思惟器官とはどういうものなのかという性情が解明される(ための準備ができた)ということであろう。

 バイオリンの初心者レベルに対応するのは,古代や中世までのレベルでしか自然科学を実力化できていない人である。彼らはまだ十分に思惟器官という道具を使いこなせていないから,そのレベルでは,思惟器官とは何かを解明することは不可能なのであった。これでは,初心者が弾くひどい音を出しているバイオリンを対象にして,バイオリンとは何かを説くようなものである。こうして出された結論が「造られたる精神は自然の内部に透入せず」であろう。

 端的にいえば,道具の機能が十分に発揮されるレベルに至ってはじめて,すなわち,そのレベルまで充分に道具の使い方に通暁することによってはじめて,その道具についての真の理解が可能となる,ということである。

 さらに,その道具を真に理解できれば,今までいわば本能的に,無意識的に使っていたのが,自覚的に,意識的に使うことが可能となっていき,成果の予測をもって(結果を予定して)使用可能となるのである。

 この本能的・無意識的過程から自覚的・意識的過程へという発展が,最後の「武道哲学講義〔Z〕第2部」で説かれているヘーゲルのなしたことと重なるのではないだろうか。そこでは,自然・社会の運動を解明すると直接に,認識がそれを(無意識的・本能的に)解明した軌跡をも,つまり認識の運動をも,意識的に解明することが大切だと説かれているように思う。ここに関しては,「武道哲学講義〔Z〕第2部」の感想のところで再度考察したい。

 ともあれ,今回の論文で説かれていることは,思惟器官はいかなる性情のものであるかという問題を解明したければ,つまり認識論を構築したければ,人類が自らの思惟器官を使って自然を解明してきたそのプロセスをしっかり実力化して,自然科学の成果をわがものとした上で,そのプロセスをしっかりと振り返り論理化・理論化していくことが必要だ,ということではないか。このような意味で,認識論の成立には自然科学の側面的援助が必須だと説かれているものだと理解した。
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 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
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 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言