2011年08月16日

2011年7月例会報告:近藤成美「マルクス『国家論』の原点を問う」読書会(2/9)

(2)「マルクス『国家論』の原点を問う」の要約1

 今回から「マルクス『国家論』の原点を問う」の要約を掲載します。この論文は『学城』に3期にわたって連載されました。それに合わせて、要約も3つにわけることとします。

 第1回目の連載では、問題提起がなされています。マルクスやエンゲルスは、空想的社会主義者に対し、社会の現実の科学的分析が必要だとして、唯物史観と剰余価値説を提唱し、資本主義から社会主義への移行を説きました。
 ところが、現実の社会では、空想的社会主義者が説いたような修正資本主義が繁栄することになりました。これはマルクス・エンゲルスの把握が間違っていたということを意味するのではないか、彼等は一体ヘーゲルから何を学び損なったのか、国家論に焦点を当てて説いていく、というものです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 20世紀は、ヨーロッパの帝国主義列強が覇権を競った第一次世界大戦と、その渦中における社会主義ロシアの誕生で始まった。社会主義ロシアは、科学的社会主義としてマルクス達が唱えたものをロシアに適用したものだった。エンゲルスは、資本主義体制内での社会主義的な改良・修正を唱えたサンシモンやフーリエやオーウェンらを偉大な先達として評価はしながらも、社会の現実の科学的分析を欠く「空想的社会主義」と批判し、自ら「科学的社会主義」と呼称した。

 エンゲルスは、資本主義の矛盾を克服し次に来るべき社会として構想する社会主義の理論を科学的なものにする為には、資本主義の科学的分析が必須であり、その鍵は大きく二つ、すなわち、一つは、科学的な歴史観である唯物史観(原語は「唯物論的な歴史の見方」である)、もう一つは、資本主義的生産の秘密を暴露した剰余価値学説(マルクス『資本論』がその集大成)である、という。

 このうち、唯物史観とは、人間の歴史は社会のその時々の経済的構造が土台を成していて、政治的な諸制度や哲学といったものは、究極的にはその土台から説明されるべきであり、したがって、社会や政治体制の変革、究極の原因は生産と交換の様式の変化、すなわちその時代の経済にある、というものである。

 次は資本主義批判である。辞書的な理解においては、資本主義という経済体制は、生産手段を所有する資本家と、労働力以外に売るものを持たない労働者の二階級からなり、利潤追求を第一義とする商品の無政府的生産、市場の価格機構による生産・消費の自動調整などをその特徴とする。これに対して、エンゲルスは、市場で生産と消費が自動調整されるなどというのはウソだと主張した。激しい競争の中で技術革新やコストの削減が第一義とされる資本主義的生産においては、生産力の増大は労働者の削減につながるが、余剰労働力がさらに賃金の切り下げに作用するという悪循環を起こし、失業者が加速度的に増大して国内市場が破壊されるに至り(安い商品があふれているのに、それを購入できる者がいなくなる)、この結果が恐慌の繰り返しとなって現れる、という指摘である。資本主義の発展は人口の大多数を困窮した労働者に転化させることによって、自らと社会を破滅から救うべく社会主義革命をなしとげることを強要される勢力(労働者階級)を創り出す。労働者階級による社会主義革命のみが資本主義の矛盾の解決であり(社会主義革命の必然性)、生産手段の社会的所有によって経済を安定的に発展させ、さらに豊かになることにより階級のない社会を創出し、そこには人間を抑圧する階級国家機関である国家は不要となる、と説いたのである(国家の死滅ないしは廃絶)。

 1917年のロシア革命によって、社会主義は単なる思想や運動ではなく、現実に存する社会体制となり、大恐慌から第二次世界大戦を経て東西冷戦へと、資本主義は社会主義との闘いを数十年にわたって続けることとなった。「科学的社会主義」の説明では、歴史の必然性は社会主義の上に輝いているはずであったが、実際には、資本主義の諸国家は、社会主義への対抗上、社会主義的施策の導入を、個々の企業ではなく国家規模で行うことによって経済の安定的発展を得ることに成功し、社会主義国家よりも労働者は豊かになっていった。

 いまや実際に繁栄しているのは、資本主義に社会主義的施策を取り入れた「修正資本主義」国家ばかりである。このことは、マルクス主義においては非難され続けてきた、ベルンシュタインなどの「修正社会主義」が「科学的」であったことを示している。エンゲルスは『空想から科学へ』で「社会主義を科学にするためには、まずそれを実在的な基盤の上にすえなければならない」と述べたが、イギリスに亡命していたベルンシュタインはこの言の通りに、当時のイギリス資本主義の発達――工場法や普通選挙法の成立などによりそれなりに洗練され、社会主義政党も議会に議席を持ち、労働者の地位も向上しつつあった――をつぶさに検討してマルクス・エンゲルスの理論の全面的・体系的な批判・改訂を試みたのである。なお、ロシア革命に関しては、正統マルクス主義者としてベルンシュタインの唱えたマルクス主義の修正と対立したカウツキーも、ロシアでまず起こるべき革命は社会主義革命ではないとして、資本主義的改革を進めようとしたケレンスキー内閣を倒したボルシェビキの独裁を激しく批判した。これはレーニンの激怒を買ったが、歴史的にみてロシア革命に関する彼の主張が正しかったことは、ここであらためて確認しておきたい。

 レーニンの打ち立てたロシアの社会主義政権が74年で自ら崩壊し歴史の徒花となる一方、ロシア革命を批判したカウツキーが社会民主党の理論的指導者であったドイツをはじめ先進諸国においてもマルクスたちの唱えた社会主義は実現しなかったという事実は、マルクスたちの考えた社会主義の必然性たる根拠そのものに問題があったと考えるべきである。彼らは資本主義の廃絶・国家の廃絶を目指し、その先に社会主義を想定した。しかし、彼らには「資本とはなにか」も「国家とはなにか」も、別言すれば、資本の体系も国家の体系も理解できていなかったのである。マルクスは資本の生み出す剰余価値を指摘したが、それを「搾取」として道徳的に非難するばかりで、肝心の剰余価値の必然性を説いてはいない。資本が剰余価値を生み出すことなしに社会の発展はない、ということすら、彼はきちんと展開していないのである。これがマルクスは「資本の体系」を知らない、という所以である。

 次に「国家の体系」とは何か、であるが、これについては眼を現代に転じてみよう。東西冷戦が終わり世界に平和が訪れるなどといったことは幻想であった。アメリカは膨大な財政・貿易の赤字を抱えて、戦費すら自力で賄えない状況のなか、戦争に突っ走っている。たしかに社会主義は崩壊したが、それで資本主義が勝ったとは必ずしも言えない。資本主義体制が歴史の究極の理想的姿であると思っているのは、アメリカ覇権主義の走狗たるネオコン(新保守主義派)の連中くらいであり、次の時代を見通せるような、あるべき社会の枠組みはいまだに見えてきてはいない。

 いまここで国家論を、それもマルクス、エンゲルス、レーニンなどの社会主義の立場から国家を問い直すのは、社会主義の復権などとご大層なことを言うためではなく、彼等だけがヘーゲルの国家論のまっとうな後継者たらんとしていたからである。なぜヘーゲルなのかといえば、〈国家とは何か〉を論理的=過程的・構造的に正面から説こうとしたのは、歴史上ヘーゲルをおいて他になかったからである。
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 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言