2011年07月23日

佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」CD発売

 本ブログでこれまで2度にわたって取り上げてきた(2010年8月8日および8月15日の記事を参照)佐村河内守氏の交響曲第1番「HIROSHIMA」のCDが発売されました(日本コロムビア)。演奏は、大友直人氏の指揮による東京交響楽団で、今年の4月11〜12日にセッション録音されたものです。
http://columbia.jp/samuragochi/

 以前の記事で紹介したとおり、この交響曲は、被爆二世である佐村河内守氏が、聴力を完全に失い激しい耳鳴りによって肉体も精神も破壊されんばかりの苦しみを味わうという状況のなかで、まさに生命を削るようにして作曲されたものでした。

 そもそも交響曲(シンフォニー)とは、形式の面からいえば、管弦楽(オーケストラ)で演奏される多楽章――ひとつの楽曲がさらにいくつかの部分に分かれていて、それぞれの部分が他の部分から明確に区切られているとき、それらを楽章と呼びます――の音楽作品であるといえますが、その内容の面からいえば、人間が生きていくうえで突きつけられた問題を解決しようとして生じてくるところの葛藤(闘争)にともなう諸々の感情の動きを直接の対象として、一本の筋のとおった論理的な構築物として組み上げていった音楽作品のことであるということができます。このような闘争および勝利への展望という重たい内容を盛り込むために、多くの種類の楽器から構成されたオーケストラを使用して、複数の楽章をしっかりと関連させながら連ねていく(すなわち、それなりの時間をかけて音楽を進行させていく)という表現形式が必要とされたわけです。

 このような観点からすれば、この佐村河内守氏の交響曲第1番「HIROSHIMA」こそ、交響曲という表現形式でしか表現できない内容が盛り込まれた、真に交響曲の名に値する交響曲である、といえます。それを端的に示す作曲者の言葉が、昨年8月14日に京都コンサートホールで行われた全曲初演の際に配布されたプログラムのなかにありました。

「シンフォニーと名付ける以上、世界にとって最も重大な主題を激しい発作の合間を縫い、自らの血で祈りを込めて書き上げる音楽が、15分足らずの曲で良いはずがありません。
 原爆の絶対悪という『闇』と、平和への『祈り』の闘いの音楽に長大さは必要不可欠でした。」

 佐村河内守氏にとって、肉体も精神も破壊されてしまうほどの自らの病苦と原爆の絶対悪という「闇」を重ね合わせて作曲することは、文字どおり命を懸けた闘争にほかなりません。だからこそ、闘争の果てに勝利の光を展望する、交響曲という表現形式が絶対に必要だったわけです。決して、何となく形だけ交響曲にしてみました、というような音楽ではないのです。

 その意味で、この曲こそ真に交響曲らしい本格的な大交響曲であるといって間違いありません。ベートーヴェンからブルックナーやマーラー、ショスタコーヴィチへと連なってきた交響曲の系譜を、現代の日本において立派に継承したものであるといってもよいでしょう。

 曲の概要を簡単に紹介しておきましょう。

 この交響曲は、第1楽章「運命」(19:58)、第2楽章「絶望」(34:33)、第3楽章「希望」(26:53)の3つの楽章からなり(括弧内の数字は今回発売されたCDでのそれぞれの演奏時間)、全曲で80分を超える長大なものです。第1楽章で登場した主題が第2楽章、第3楽章にも(姿を変えつつ)登場するので、長大であるとはいえ、全曲をつうじてしっかりとした統一感があります。

 このCDについている長木誠司氏の解説文では、第1楽章は(展開部を欠いた)ソナタ形式(*)ととらえられるものの、第2楽章、第3楽章は明確な形式を持っていない、とされています。しかし、第1楽章がほとんど2つの主題の(展開を施しつつの)提示だけで終わってしまうこと、第2楽章、第3楽章で登場する主要な主題はこの第1楽章で提示されたものにほかならないことからすれば、第1楽章が提示部、第2楽章が展開部、第3楽章が再現部+結尾部(コーダ)として、この交響曲の全体がひとつの巨大なソナタ形式を構成しているとみることもできるのではないでしょうか。

 それはさておき、この交響曲全体の80分におよぶ音楽の流れからは、過酷な運命の宣告に直面して(第1楽章)、絶望の淵に立たされてしまったものの(第2楽章)、過酷な運命に立ち向かう決意が示されることによって希望の光が差し込む(第3楽章)、というきわめて明快なストーリー展開をみてとることができます。

 この曲の最大の聴きどころは、やはりなんといっても、この交響曲全体の結論部分というべき第3楽章の終結部(20:56〜)でしょう。大きく高揚した闘争的な音楽が静まった後で、一筋の光が差し込むような祈りの音楽が静かに始まり、これが次第に力強さを増して、鐘の音をともなった壮大な頂点を築くことで全曲を締めくくるのです。ここは、すべてを浄化するような非常に感動的な音楽となっており、聴く者の心を深く揺さぶるものとなっています。

 今回のCDの発売によって、この巨大な規模をもった交響曲を、容易に、しかもくり返し鑑賞できる条件が整ったことはまことに喜ばしいことです。これを機に、一人でも多くの人がこの素晴らしい交響曲を耳にすることを願わずにはおれません。

 なお、この佐村河内守氏の交響曲第1番「HIROSHIMA」の交響曲の歴史上での位置づけや、曲の構造についてのより詳細な分析などについては、稿をあらためて論じる機会をもちたいと考えています。

*ソナタ形式とは、簡単には、ひとつの楽章を構成する形式の一種であり、対照的な性格をもった2つの主題の絡み合いが軸となるものです。より具体的には、〈対照的な性格をもった2つの主題が登場する提示部〉〈この2つの主題がそれぞれ分解されたり組み合わされたりして大きく発展させられていく展開部〉〈この展開をふまえたうえで2つの主題がより調和的な形で再現される再現部〉の3つの部分から構成されることになります。

※ゴーストライター騒動を受け、2014年3月5日に以下の追記を行いましたので、ご参照下さい。
http://dialectic.seesaa.net/article/158838831.html

posted by kyoto.dialectic at 05:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
2/29白寿ホールにて佐村河内守弦楽作品集CD発売記念コンサートが開催されますね!!!
非常に楽しみです。
Posted by ヨシ at 2012年01月04日 17:21
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 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史