2011年07月09日

2011年5・6月例会報告:南郷継正「武道哲学講義〔X〕」読書会(2/10)

(2)「武道哲学講義〔X〕」の要約1

 前回は,「武道哲学講義〔X〕」の概要を紹介しました。端的にいうと,「ヘーゲルは『哲学史』において,果たして何を説きたかったのか(本当は何を解くべきであったか)」を明らかにした講義であり,「哲学の歴史のための序論」としての内容が説かれているということでした。

 今回からは,4回にわたって,本講義の内容の要約を試みます。今回は,レジュメ担当者も含めて何人かが内容をまとめましたが,一番詳しく要約してくれたメンバーのものを紹介したいと思います。


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〔第一部〕

 本講義は、「学問への道」をよく理解出来るために、「哲学とは、或いは哲学史とは何なのかの入門編を説く」講義であり、そしてまた「学問を志す学徒へ、学問としての哲学の構造を説く」講義である。私の頭脳の中では、出隆『哲学以前』をより学問レベルで説くものとしてイメージしている。

 しかし、その出隆の心には、ただひたすら学問への憧憬が渦巻いていただけである。天下の東京大学の哲学の泰斗がこのレベルであっただけに、以後、日本の哲学界は当然のように落ちぶれていった。いわゆる大学の先生方が、歴史的には一歩の前進もないままに二十一世紀を迎えてしまったのは、頭脳活動の論理化かつ理論化を怠ったがために、結果として論理能力=学問としての能力が身につかなかったからである。

 大学の先生方に不足していたのは、学問とは何か、もっといえば哲学とは何かを知る(分かる)ために学修すなわち学問的修行である。これに対して私は、日本固有の精神上の文化である武道を、学問レベルすなわち哲学体系といえる程に高めて、それをいわば世界遺産として遺す志を立てて学問への道に出立した。そしてこれには、ヘーゲルすら敵わない筈の精神の最高位である「悟得=悟りの境地」こそが最適の学修であるとの確信を深め、やがて、それは武道・武術の修行に加えるに認識論(認識学)を極める事によってのみ到達可能であるとして、そこからさらに弁証法を応用しての認識論の学的高みを構築していく事になっていったのである。

 そもそも哲学上の実力を分かり易く説くならば、学問という学問の総てを統括可能な実力という事である。この哲学の過程史は、精神世界の構築としての文化の発達に深くかかわる。そもそも、人類が技術を発展させて大いなる精神的余暇なるものを持てるようになってこそ、世界を全体として見る事の実力をつけた人々、「世界とは何なのであろうか」を学問レベルから問う人々が出始めたのであった。有体には、古代ギリシャのポリス国家において、奴隷制の見事な発展のお陰をもって、上流階級では考える(思索する)ことをメインにすることが出来るようになっていったのである。

 人類の精神的歴史が構築した「哲学上の実力」を培っていくためには、まずもって世界観という言葉を理解しなければならない。哲学とは世界の総てを知ってこそ始まるものだからである。この世界観とは、本来は世界とはいかなるものか(世界は物で出来ているのか精神でできているのか)を問う事である。この論争は、やがて決着がついて、結果として、世界の創造(起源)の問題に限定されていく。すなわち、この世界(宇宙=森羅万象)は総て物質のようだが、この物の世界を創造したものは何なのであろうか、という問題である。「世界は何者かが創った」とすれば、それを創ったものは精神、観念しかない。このように、「観念が世界を創造した」というのが観念論である。これに対して、世界は物の連続性であって起源はない、というのが唯物論である。

 古代ギリシャ以来、観念論、唯物論のそれぞれの立場からの世界観的学説が多彩な出現を見たが、過去の時代は世界観を全うする程の精神的努力(論理を貫いていく努力)が不足していたために、彼等大学者達は、長い長い時代にわたっていささかも自らの主義に理論的に準じた学説の展開は出来なかった(可能ではなかった)。諸君が学問体系を創出する場合にも、学説の中に当然に生れ出る、観念論と唯物論が混ざり合っている箇所を、きっちりと理論的に分けきる事の可能な実力を培っていく努力を積み重ねていかなければならない。

 このような世界観についての理解が歪まないようにするためには、弁証法に関わっての或る言葉に触れておかねばならない。そもそも弁証法とは、端的には、世界(自然、社会、精神)の一般的運動を対象の法則性においてとらえ返したものであるが、その弁証法は実は世界観によって、本質・構造の理解の仕方が異なっていることを知っておく必要があるのである。「観念論的弁証法」とは、観念が万物を流転させているとするものであり、「唯物論的弁証法」とは、物自体が自身の本質として存在している運動によって変化・発展し続けていくものである、とするものである。ちなみに、「弁証法的唯物論」というのは、世界は物自体(物質)で統一されているが、その物自体(物質)は変化・発展し続けていくものだ、というものである。

 「哲学上の実力」の培いのためには、古代ギリシャからの哲学の過程史の理解も欠かせない。しかし、大哲学者であった筈の、かのヘーゲルですら、ここを説ききれていない。ヘーゲルは『哲学史』において、哲学史は「高貴な精神の系列であり、思惟的理性の英雄達の画廊である」とする自分の見解と、「哲学の歴史を阿呆の画廊とさえも呼ぶ」批判者の見解を並べておいて、後者の見解に必死になって反論しようとしているが、どういうわけか見事には反駁しきれてはいないのである。

 ヘーゲルは当時の有名な哲学者達が阿呆と断じる書(学説)の中に、高貴な精神(学問への探究心のレベルの高さ)と思惟的理性(その時代時代の学問的総活力の高さ)を見事に発見するだけの実力があったからこそ、それを見事と説くことができた。一方、その同じ諸々の学説を阿呆な画廊そのものであるとしか見てとる事が出来ず、その中に存在している幾つもの宝石類を発見不可能な哲学者達は、その宝石すらもガラクタだと断定して、捨て去るの愚を犯しているのである。


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 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
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 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
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 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
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 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言
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